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短編集120(過去作品)

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 鬱陶しいという思いと、まわりから、過保護に見られてしまうギャップに悩んでいた。確かに親にとっては子供はいつまで経っても子供だという気持ちが抜けないのも分かる。しかし、限度というものを知らないように思えてならなかった。
 美恵子はハッキリとものをいう性格だったが、あくまで田坂に従順だった。少々無理なことを言っても逆らうことをしない。むしろ、無理なことを言われて、それを達成することに満足感を感じるような女であった。
 一度冗談で、
[Mっぽいところがあるんじゃないか?]
 と聞いたことがあったが、
「嫌だわ……」
 と小さな声で答え、顔は下を向いてしまった。その時の耳たぶは真っ赤になっていた。ちょっとした一言に、完全に反応していたのだ。
 それで、彼女にMっぽいところがあることがハッキリした。思っていることをハッキリ言う性格とは両極端で、それがギャップとなり、どうしても気になる存在になってしまう。もちろん、Mっぽい性格は田坂の前だけであって、他の人に分かるはずもないだろう。
――もし、分かるとすれば、その人は真性のS性を持った人なんだろうな――
 と勝手に思い込んでいた。
 今、葬儀のために親族者席に鎮座している彼女は、そのどちらにも見えないだろう。だが、田坂には彼女に対しての強い方の性格が見えていた。それはM性を感じさせる方である。
 喪服から見えるうなじが色っぽい。艶やかと言ってもいいだろう。
――こんなに美しい女だったんだ――
 子供っぽいところか、可愛いところが多く見られた美恵子だったが、今は完全に女としての魅力が熟しているように見える。葬儀という厳粛な場面だから余計にそう思ってしまうのかも知れないが、それだけではなさそうだ。
 彼女と別れた時のことが頭によみがえる。あれは、青天の霹靂だったが、後から思えば、最初から分かっていたことだったように思える。
 付き合いは本当に清純な付き合いだった。青春映画をそのまま演じているような雰囲気で、初めて唇を重ねたのでさえ、付き合い始めて三ヶ月目だった。
 そういえば、いつから付き合い始めたのかもハッキリしない。
「付き合ってほしい」
 とどちらかから告白したわけでもなく、気がつけば付き合うようになっていた。
――そんなことってあるんだろうか――
 必ず原因がなければ、物事は発展しないと思っている田坂にとって実に不思議な関係だった。それだけに、ずっと大切にしていきたいという気持ちが強く、
「ダメになるにしても、俺の方から別れを切り出すことはないだろうな」
 と常々思っていた。
 そして、その考えは当たっていた。ある日を境に、急に彼女が冷たくなったのだ。
 何が起こったのか分からない。付き合っている間は、
「彼女は俺のものだ」
 とまで自惚れていた。もちろん、相手にそんなことを自分が考えているなど思わせるようなことはない。
 別れを告げられたというよりも、彼女が田坂に冷たくなったのだ。それまでベッタリとした付き合いだったのが、次第に距離を置くようになり、見たこともないような冷たい視線を送る。
 次第に田坂を避けるようになり、連絡も次第に取れなくなってしまった。
 何がなんだか分からない。
「俺が何かしたのかい? 悪いところがあったら改めるよ」
 必死になって訴えるが、美恵子からの返事はなく、あまりしつこくしてしまうと、睨み返してくる。その目には、
「いい加減、放っておいてよ」
 と言わんばかりに睨んでくるのだ。
 結局理由も分からず、納得が行くはずもなく別れることになってしまった。なかなか立ち直りができない田坂は、それから半年ほど、完全に鬱状態になっていた。笑うことを忘れてしまったかのように笑わなくなったのだが、別に笑うことを忘れたわけではない。笑うことがその時の自分の気持ちにウソをついているようで嫌だったのだ。
 そんな彼女が、今未亡人として田坂の前に現れた。恐縮しているその姿は、別れた時に睨み返してきた雰囲気の延長線上に思える。
――あの目で正面から見られると萎縮してしまうかも知れない――
 そう思わせるほど、別れた時のイメージが頭の中に残っているのだ。
 厳かな葬儀が静かに進行していく。今まで葬儀に出席したことがない田坂はただ見守っているだけだが、斎場の人が取り仕切っているので、戸惑うこともなかった。
 しかし、美恵子を一目見てしまったことで、思いは柏田に対してというよりも、美恵子に対してのものが強くなっていた。死者に対する冒涜ではないかとも思ったが、どうしようもないことだった。
 時間とともに進行していく葬儀は焼香をはさみ、いよいよ火葬場へと向う。そこからは親族だけになるので、弔問客はそこまでだった。
 学生時代の友達が集まり、柏田を送り出すという名目で、居酒屋を予約していたこともあって、数人で繰り出した。時間的にもそれほどあったわけではなく、あまり酔わなかった。頭の中には美恵子が見え隠れしていた。
 帰りは名古屋まで行き、新幹線で帰ることにしていた。
 あまり遅くなることは真意ではなかったので、二次会に行こうという連中に断りを入れ、駅へと向かい、そのまま特急列車に乗り込んだ。
 駅から少し離れると、すぐに田舎に入ってしまう。すでに日も暮れていたので、窓から見える景色は何もなかった。
 後ろから光が当たっているので、窓に映る自分の顔も逆光になってしまって、影しか写っていない。
 笑っているわけでもなく、渋い表情をしているわけでもない。きっと無表情なのだろうが、影の向こうに写っている自分の表情は、渋い顔をしているように感じていた。
 眉間のあたりに、少し痛みを感じる。一点を集中して見た時のような感じだ。
 田坂はあまり視力がいい方ではない。普段はメガネをかけているが、かけなくてもいい時もある。なるべく一人でゆっくりしている時はメガネを掛けないようにしていたので、電車の中でも外していた。
 田舎とは言え、まったく光がないわけではなく、街灯のようなものが一つ二つと流れていく。気がつけば目で追っていて、あまりにもゆっくり流れているように見えるので、今度は船の中から見る景色を思い出していた。
 以前に乗ったことのある連絡線だが、その時の船の揺れを電車の中で感じていた。それほど波も高くなかったので、揺れは心地よいものだったと記憶している。
 寂しさが溢れていた。その明かりを思い出すと、美恵子に睨みつけられたことを思い出す。
 ヘビに睨まれたカエルとはまさにこのことだろう。女に睨みつけられたくらいで、まさかここまで臆してしまうとは思いもしなかった。
 しばらくは、彼女はおろか、女性に対して話しかけるのも怖かった。女性恐怖症というわけではなく、面と向かうのが怖かったのだ。
 風俗に逃れたこともあった。自暴自棄とはこのことで、何もかも嫌になってしまうと、今まで嫌だと思っていることをしている自分の姿を見てみたくなってしまう。それに落ち込んでいるのを見かねた先輩が、
「元気付けてやるからついて来い」
 と言って引っ張っていってくれたのが、ソープランドだった。
「お金は心配するな」
作品名:短編集120(過去作品) 作家名:森本晃次