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周波数研究の果てに

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 という捜査員に対して、しばらく頭を下げて考え込んでいたが、それを見ながら、
――いまさら何をそんなに悩む必要があるんだ? 犯行を自供したのであるから、素直に状況を話せばいいだけではないか。余命いくばくもないという事実に対してのことなのか、それとも博士がそのことを知っていたということが川北にとって、そのまま小片してもいいことなのかどうか、考えているというのか。よくわからない――
 と思わせた。
 取り調べの刑事としても、川北が考えているのが、
「いかに裁判で有利な証言をするかというのを、この男は考えているのだろう」
 と思っていただけだが、まさか、この期に及んで、自供を覆すなどというのは、ほとんど考えていただけに、驚きと怒りがこみあげてきた。
 その時の川北は下を向いたまま、ボソッと呟いただけだった。
「僕は博士を殺してなどいません」
 聞こえるか聞こえないかの言葉に、
「えっ? 今なんて言った?」
 と訊きなおしたが、今度は大きな声で、
「私はやっていないんだ」
 と、その場に崩れ落ちるかのように、頭を抱えて、机の倒れこむようにしていた。
 やはり、取り調べを行う立場とすれば、怒りが一番にこみあげてきて当たり前だろう。何しろ、ここまで捜査してきて、自供に持ち込んだことで、彼の証言の裏を地道に確認しながら、ここまでは少なくともウソが混じっていなかったことで、
「この事件も、あと少しだ」
 と誰の心にもそう思えたはずだ。
 しかし、それを根底から覆す言葉をいうことで、捜査員全部がやり切れない気持ちになることは分かり切っている。犯罪捜査において一番嫌な現場であり、、誰もが悔しさを抱く。それほどいったん犯行を認めた容疑者が、犯行を覆すということが、捜査員に対して苛立ちを感じさせ、自己嫌悪に陥らせることはないだろう。
 それも、自分たちの捜査が間違っていたのであれば、自業自得とも言えるが、今度のようにすべてを自供したことで、その時点からは、自分たちの想像はありえない常態になり、犯行の自供の裏付けを取るという、一種の事務的な作業を地道にこなすだけになってしまったのだ。
 捜査員とすれば、ここまでくれば、すでに自分たちの仕事のほとんどは終わっていて、いわゆる、
「自分たちの仕事は終わった」
 という一種の憔悴感のようなものに襲われる時期であった。
 捜査員の中には、軽い鬱にかかる人もいるくらいで、ただ、実施兄世の中は動いていて、次々に事件が起こっていることで、倦怠感に浸っている暇のないことが、幸いして、鬱状態を免れているという人も少なくはないに違いない。
 捜査員の数人が双六で変なところに止まってしまったことで、スタートに戻らされたような気持ちになる。だから、このような状態になった時、精神的に自分たちの中で意識している、
「夢と現実の世界の境界線」
 というものが曖昧になってきているち自覚することだろう。
 そもそも犯罪捜査というのは、最初から夢と現実が交錯しているかのように感じられるのが特徴であったのだ。
 事件の捜査をしている時、刑事の中には、
「本当に犯人は、川北氏何だろうか?」
 と思っている人も少なからずいただろう。
 何と言ってもこの事件では、犯罪を決定的とする証拠が存在しての逮捕だったわけではない。どちらかというと、消去法で残ったのが、川北氏だったということと、物証がなくとも状況証拠は確実に川北を犯人と示していることで、
「自供冴えあれば」
 というのがm捜査本部の見解だった。
 逮捕してからは途中までは順調だった。状況証拠がゆるぎない状況にあるということと、警察にとって有利だったことがあったことから、彼は自供したのだ。
 警察にとって有利だったというのは、何といっても、彼がアリバイを申し立てた相手が、簡単に裏切ったことだった。
 アリバイがなかったのは間違いのないことで、アリバイを申し立てられないことで捜査員から疑われれば自分が圧倒的に不利になることは分かっていた。だから、アリバイ証言は絶対に必要だったことで、アリバイ工作に関して、彼はそれほど心配しているわけではなかった。
 むしろ、いずれ捜査でハッキリするであろう遺言書のことであったり、妻の借金に関しての状況が、すべて自分を不利に導く、
「状況証拠」
 たるることは歴然としていたのだ。
 アリバイ工作をお願いした人間から裏切られた状態だったが、そもそもそこまで信用していい相手でもなかった。
 お願いした相手は、スナックの女の子で、少なからずの買収だったのだが、刑事から責められたり、
「もし、これが偽証だと分かると、偽証罪となって犯罪になるんだぞ。もし刑を問われなくても、その話が世間に知られれば、商売がどうなるか、分かったものではない」
 などと言われれば、ビビッてしまうのも当然だ。
 そういう意味では、その頃の川北という男は、
「世間知らずだった」
 と言っていいだろう。
 証言が覆ったことを知って、ある程度そこでもう自分の容疑が固まってしまったことを覚悟したのだろう。人を信じ込んでしまったことが決定的だったと言ってもいい。
 あっさりと自白し、犯行を少しずつ話し始めた時、彼にとって、
「自供を覆さなければいけない」
 という事態に追い込まれたようだ、
 これは、最後まで誰にも言わなかったが、やはり博士の命があとわずかだったということが大きかったのではないだろうか。
 ただ、だからと言って、いくら余命宣告を受けていたとしても、その後、殺害に走らないという根拠はない。余命宣告を受けたとしても、一年の宣告で、三年近くも生きたという話も聞いたことがある、
 死が近づいているのは確実なのだが、それはあくまでも、
「限りなく死が近い」
 というだけで、余命通りにいく可能性はむしろ、かなり低いかも知れない。
 そう想うと、本当に博士が死なない限りは、借金という目の前の苦悩から逃れることはできないのだった。
――どうせ、死ぬことになるのだったら、手をこまねいて見ていて、結局最後、手に掛けることになるのであれば、その罪悪感は計り知ることができない――
 という気持ちにさせられた。
 人を殺すということが自分にとってどういうことなのかもわからず、
「死んでくれなければ、こっちの命が危ない」
 という妄想に取りつかれてしまった川北にとって、下手に博士が余命宣告されていたのを知っていたとしても、殺すことには違いなかったように思う。
 しかし、できることなら知りたくはなかった。知ってしまえば、罪悪感から逃れることはできない。その状態で罪を認めていたということは、またもう一度、覚悟を決めなければいけないということだった。
「こんな覚悟、そう何度もできるものではない」
 そう思ったことが、川北にこのまま最初の覚悟だけを持ったまま、罪を認めたことで、素直に刑に服すなどできないと考えたのだ。
 実際に彼が犯人であれば、何か一言で簡単に上述をひっくり返すなど、普通は考えられないだろう。
 ということは、
「彼が犯人ではないかも知れない」
 という考えがよぎってくるのだろうが、その予感は、意外と捜査経験の浅い捜査員の中で燻っているものであった。
作品名:周波数研究の果てに 作家名:森本晃次