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周波数研究の果てに

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 普通であれば、ナンセンスなどというと、怒りに震える言葉として、タブーなのだろうが、気力を失くしかけている川北氏に対しては、効果があると思ったのだ。実際にその言葉を聞いて、表情は一切変えなかった川北氏だったが、その気持ちの奥に何が潜んでいるのか分かりかねていた佐久間弁護士は、ある意味焦っていたと言ってもいいだろう。
 焦りの中から佐久間弁護士は、
「何か作戦はないか?」
 と考えたが、ムスカしい注文だった。
 何しろ、弁護する相手はすでに憔悴感をあらわにし、半分諦めの境地に入り込んでしまっているのだから、
「罪を認めて、情状酌量を得る」
 という方法も視野に入れなければいけないだろう。
 弁護士の本分というのは、あくまでも、
「依頼者の利益を考える」
 ということであり、罪を何が何でもなかったことにするのがその仕事ではない。
 事実を知ったうえで、その中で、
「依頼者にとって、最良の利益というのが、何かということを考える」
 というものなのである。
 その方向転換が功を奏したのか分からないが、殺害を認めたことで、被告である川北氏には実刑ではあったが、三年の懲役で済んだ。検察側の求刑が五年であったことから言えば、少し情状酌量も認められたということになるのだろうが、佐久間弁護士としては、消化不良であったに違いない。
「なぜ、あの時、罪を認めようと川北氏は言ったのか?」
 このことをいまさらながらに蒸し返すつもりはさすがに佐久間弁護士にはなかったが、今後の勝沼研究所の存続を考えたり、代表としての川北氏の今後を考えると、問題は山積みだった。
 さすがに、殺人犯の彼が代表というわけにもいかず、その代表としての表向きには退くことにはなったが、実質的な力は、相変わらず川北氏が握っていた。
 もちろん、そのバックに佐久間弁護士がついているからできることであって、その体制を維持するには、かつての殺害事件にこだわっている必要はないのだった。
「人のウワサも七十五日」
 ということわざもあるが、実際に川北氏への批判も、次第に世間が忘れていってくれるという意見は乱暴ではあるが、希望的観測も含めると、大いにありえることだった。
 下手に無罪を訴えていると、まだまだ裁判の結審もついていないで、宙ぶらりんな状態が続いていたかも知れないと思うと、罪と認めて、自分一人が被ることになっても、今の状態を脱することが一番だったというのは、結果論ではあるが間違っていなかったのかも知れない。
 そのことを川北氏と佐久間弁護士は分かっているのだが、果たして妻の立場から、つかさはどう思っているのだろう。
「殺人犯の妻」
 として、後ろ指をさされたり、誹謗中傷に晒されたり、中には玄関先に、誹謗中傷の紙を貼られたりという憂き目に遭っていたのも事実である。
 実際に、その時のつかさの心境を誰が分かるというのだろう。つかさ自身は黙して語らずであったが、その心境を知っている人がいるとすれば、佐久間弁護士だけではなかっただろうか。
 被告の川北氏には、拘束されているということもあり、自分のことしか考えられない状態である。奥さんのことを少しでの考えたのであれば、もう少し違った発想になったのではないかと思うと、さすがに佐久間弁護士も、刑期を終えて戻ってきた川北氏にも少なからずの思いはあっただろう。
 しかし、戻ってきたことで、それまでの憂いた気持ちが若干和らいだのも事実であり、つかさの方としても、
「私ばかりがこだわっているというわけにもいかない」
 という思いに至ったのかも知れない。
 つかさにとって、今はすでに新たな一歩を踏み出していたわけなので、今までのこだわりを捨て句時が来たのではないかと実際には思っていたようだ。
「奥さんのお気持ちは私が一番よく分かっております」
 と言った佐久間弁護士は、つかさの最大の味方であり、つかさ自身にとっては、
「私の味方は佐久間さんしかいない」
 と思っていたことだろう。
 つかさと佐久間弁護士は、結構頻繁に遭っていた。
 一緒に刑務所に面会に行ったこともあった。普通であれば、刑に服している人間の奥さんと弁護士が一緒に来るというのは問題はないのだろうが、元々三人は事件勃発の前から知り合いだったわけで、その関係は今となっては微妙でもある。
 つかさにとって、
「私が頼れるのは、夫ではなく、佐久間弁護士だ」
 という思いがあれば、つかさという女の性格上、自分の気持ちが表に出やすい。
 つまりは、素直だと言えるのであろうが、果たしてそれだけであろうか、この複雑な人間関係になったのは、少なくとも勝沼博士の殺害事件というものがあったからで、それによって被告となり、犯人として結審されたことが、複雑な関係をもたらしたのであるから、川北が犯人ではなかったとしても、彼の罪は大きなものであったことに違いはないだろうと思われる。
「奥さんが、そんなに気に病むことはありませんよ」
 と、佐久間弁護士はいうが、言う人間が渦中の人であるだけに、その説得力はない。
 しかし、立場的にいわなければならないことではあるので、この問題は、結局考えれば考えるほど、堂々巡りを繰り返すことになるだろう。
 佐久間弁護士とつかさの関係を、川北氏はどのように考えているのか、それは本人にも分からないことではないだろうか。
 そもそも、勝沼博士の死とはどういうものだったのか。それは難しい問題だった。
 勝沼博士は、六十五歳だったが、還暦を過ぎるまでは健康オタクでもあり、十分に元気だったのだが、六十歳を超えたあたりから、少し体力も精力も格段に落ち込んでいるかのようだった。
 だが、それが決定的になったのは、身体に癌が見つかってからだった。すい臓がんということであったが、転移も見られるようになり、殺される少し前には、すでに余命宣告を受けていたようだ。
 そのことは医者と本人しか知らないことであり、本人から、家族への報告も厳禁というのが本人の意向だったのだ。
 そのことが影響してなのかどうなのか、車での移動はすでにできなくなっていたので、その日も電車からバスに乗り継いでの帰りであった。
 その日は研究で遅くなり、家族も迎えに来れない状態だったこともあって、その日だけだったという事情で、帰り道が暗い夜道になってしまった。その日に限って、博士は最初、暴漢に襲われて、頭を殴られたことでの殺害という意見もあったが、金目のものを盗まれているわけでもなく、ただこの日はあくまでも偶然、このような暗い夜道を通ることになったというだけで普段では絶対にありえないことだった。ただの偶然が重なったというだけのことだったはずなのだった。
 しかし、それなのに、事件は起こった。
 通り魔だとすれば、金目のものに手を付けていないことは考えられないことだし、怨恨のようなものだとすれば、この偶然をずっと待っていたということになるが、ある意味計画性があるだろう。
 しかし、その日のありないなどは、皆それぞれにあり、殺害は難しいとされたが、ここでアリバイという意味で、完璧ではないのが、川北氏であった。
作品名:周波数研究の果てに 作家名:森本晃次