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周波数研究の果てに

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 川北の方は、妻が何を考えているのか、ほとんど気にしていない。妻であろうとも、しょせんは他人なのだという考えがあるからであろうか。いつから川北がそんな考えになったのか、それとも、生まれつきのものなのかは分からない。そう思うと天真爛漫ということなどとは若干違っているように思えてならなかった。
 そんな時この和やかに見える華麗な額筒研究発表披露パーティを一気に氷点下と化すだけの雰囲気を持った一人の新聞記者が、この場日登場することを、誰が想像などしたであろうか?

               博士の死

 この雰囲気を、最初から、
「とても和やかで豪華絢爛」
 などという言葉にふさわしいものだと思っていた人がいるとは思えなかったが、なるべく皆が腫れ物に触るかのような表情の元、過ごしていたことは、逆に皆分かっていることだろう。
 たくさんの人に囲まれながら、歓談に勤しんでいた本実の主人公、川北助教授であったが、最後の歓談者の人と、
「本日は、どうぞこのままお寛ぎいただき、なごんでいただけるよう、お祈りいたしております」
 と言って、挨拶を済ませると、やっと一群の輪から逃れられ、ホッと一息ついたところだった。
 たくさんの人に取り囲まれている中で、入りこむというような無粋なマネは彼にはできなかった。
 いや。敢えてしなかったと言えよう。川北助教授が一人になるのを狙って、近寄って行った。やっと一人になってホッとしているところへの一騎駆けはいかに効果があるか、本人が一番よく分かっている。しかも、どのような効果があるかまでシミュレーションまでして分かっていることで、その場の雰囲気という特殊効果もあり、さらに疲れているところへの追い打ちで、自分が有利な立場になれるかまで計算していた。
 彼は、背後から、背を丸めて、人目もはばからんばかりに疲労困憊と言ったかんじの川北の肩を叩いた・
「川北助教授、少しいいですか?」
 と言われて、振り向いた先には、どこかで見たことがあると思ったが、すぐに思う出すことはできなかった。
 ということは、この会場の中でのことなので、
――自分とはそれほどの知り合いではないんだろうな――
 と感じた相手だった。
「ええ、構いませんよ」
 とニッコリと口では言ったが。心情的には、
――いい加減、勘弁してくれよ――
 という思いだった。
 そこへ彼は追い打ちをかける。
「川北助教授は、亡くなった勝沼博士に対して、本日の受賞をいかにご報告するおつもりですか?」
 という質問だった。
 川北はギョッとして、相手の顔を見返した。本日の今日の披露パーティでは、そのことは禁句だったはずだ。それでも川北は、いつその質問を受けるかひやひやして、先ほどの一群を無難にやり過ごせたことを。、本当にホッとして感じていたのに、やっと解放されたと思ったその瞬間に、一旦緊張の糸を切ったその瞬間、思い出したように受けるその質問は、覚悟していなかっただけに、何倍にも我に返らされた気がして仕方のないことであった。
「君、その質問は、今日はいけないだろう?」
 と自分からいうことは絶対にできない。喉から出かかった言葉をすぐに飲み込んだ川北は、一瞬凍り付いてしまったかのような、ごく身近の周辺で、またしても、自分に対しての視線が強くなり、さっきまでも和やかな雰囲気ではなく、言葉にしない、誹謗中傷を、その目で訴えられているかのように感じた。
――何をいまさら――
 これも口にはできない言葉だった。
 要するに、この場面において、川北は何も口にできるわけではない、
 何かを喋るたびに、そこには隙が生まれて。そこを一気に攻め込まれる気がした。
 たまに将棋をする川北は、こういう時よく思い出すのが、
「将棋盤に並んだ、最初の布陣」
 であった。
「一手打つごとに、そこに隙が生まれる」
 まさに、その言葉がピッタリの場面だった。
「あなたは?」
 いろいろ頭の中でその人物の正体をいろいろ考えてみたが、ただいきなり話しかけてきただけなので、どう返事していいか分からず、相手が誰なのかを訊ねるしかなかったので、このような聞き方にしかならなかった、
「私は、東亜新聞の記者で上杉信一郎と申すものです。勝沼博士を殺した実行犯として服役までされたあなたが、自分で殺害なさった勝沼博士に対して何を言うのだろうと思ってですね」
 とハッキリと答えた。
 この上杉という男の言っていることにウソはない。かつて、勝沼博士が亡くなったということは、前述の通りだが、どうして亡くなったのかということには触れてこなかった。それと同じで、今回の披露パーティでも、博士の死についてはタブーであることから、筆者は余計なことを書かずにここまで話を進めてきた。
 いや、この小説の性質上、敢えて言わなかったというのが正解だったとも言えるであろう。博士は確かに五年前に殺害された。そして、その容疑が一番強かったのは、のは、のは、川北氏であり。
「動機が一番明確だ」
 という理由と、取り調べにおいての、本人の自白、さらに、彼が行ったと言われる偽装工作などが決めてとなり、逮捕ということになった。
 川北氏が、佐久間弁護士に一番お世話になったというのは、まさにここにあるのであって、彼の弁護はすべて佐久間弁護士に任されることになった。
 最初こそ、川北助教授は、
「自分が犯人などというのは、まるで青天の霹靂だ。私を誰かが陥れようとしているに違いない。それが誰なのか、調べていただけないだろうか?」
 と、佐久間弁護士にお願いしていたくらいで。当然佐久間弁護士も、犯人が川北氏ではないという確信めいたものがあるという意識があるので、必死になって弁護をするつもりだった。
 だが、取り調べも進み、いざ起訴されて裁判になってしまうと、最初の頃の勢いは徐々に薄れてしまった。
「先生、もう私が殺したということで構わないから、そろそろ楽にさせてもらえないだろうか?」
 などという言葉まで出てくる始末だった。
 これにはさすがに今度は佐久間弁護士の方が青天の霹靂だった。
「どういうことなんだ。あれだけ自分がやっていないと言って、しかも、誰かに嵌められたとまで言っていた君が、なぜ、そんなに気弱になる必要があるんだ。そんなに警察での取り調べが厳しかったのか? それだったら、こっちにも裁判での戦い方がある。今は君は弱気になる時ではない。いいかい? 罪を認めてしまうと、君は終わってしまうかも知れないんだよ。君だけの問題ではない。奥さんのつかささんだって、どんな気持ちになると思う? 科学者、研究者としての君を君自身が殺してしまうことになるんだ。博士が不幸にも亡くなってしまった今、次の第一人者は君じゃないか。博士のことを思うのであれば、今ここで諦めるというのは、ナンセンスだと思うんだけど、いかがだろうね?」
 と、佐久間弁護士は言った。
 最後の、
「ナンセンス」
 という言葉は、一種の刺激のようなものだ。
作品名:周波数研究の果てに 作家名:森本晃次