周波数研究の果てに
すると、聞かれた先輩は、
「これは、私だけの意見ではなく、勝沼博士と意見が一致したことなんだけど、いわゆる『積み木くずし』というのは、一度できてしまうと、どんなにまわりが攻撃しても、びくともしないものだということなんだ。下手に表から圧力を加えると、反発する力が強いことで、余計に相手に力を与えてしまう。つまり、攻撃すればするほど相手が強くなっていくという、一種の『覚醒型』の力なんだろう。しかし、完全無欠のような鉄壁に見える『積み木くずし』でも、ウイークポイントがないわけではない。それは、『積み木くずしというものが、脱皮する』という考え方なんだ。覚醒するためには、脱皮を繰り返す必要がある。その時に、一度力が脱皮のために急激に薄れるというんだ。その時を狙って攻撃すれば、積み木くずしを壊すことができるというものなんだ。ただ、脱皮の瞬間は普通には見えない。よほど注意深く見ていないとなかなか分からないものなんだ。それをスルーしてしまうと、脱皮と同時並行で、実は積み木が再編成されるんだ。つまりは「組み立て」が再度行われる。そうなってしまうと、さらに強固なものになってしまうので、どんどん脱皮を繰り返すうちに、取り返しのつかないことになってしまうんだよ」
というのだった。
「そんな恐ろしい状態になっていたんですね。まったく考えたこともなかった。僕たちの感覚では、今や校内暴力、家庭内暴力は当たり前、さっきの話のように、弱者が虐げられるだけではなく、弱者が自分を守るための、正当防衛っであったり、緊急避難的なことがまったく認められないというジレンマを抱えながら、家族の長であったり、学校の先生がいたなんて、想像もしていませんでした」
と上杉が言った。
「そうだろうな。そのあたりの事情が分かっていないというのが、この社会の異常なところなんだ。弱者がすべてにおいて弱者になることで、世の中の辻褄が合ってくるなどというとんでもない時代になっていると言えるんじゃないだろうか?」
と先輩がいう。
「そんな時代だからこそ、勝沼博士のような人の存在が必要であり、余命が少ない博士は、自分が亡くなってしまった後の研究がどうなってしまうのか、そればかそればかりを憂うる生き方をしているんだ。本当であれば、余命を時間のある限り何の憂いもなく暮らさせてあげたいよな」
と先輩は涙ぐんでいた。
それが先輩の涙ながらの本音であることは分かっていた。先輩も博士と同じように、余命がない立場なのだから……。
博士にしても、先輩にしても、どうしてここまでのkとを考えられる人が、余命余命が分かるまで追いつめられなければならないのか、ひょっとすると、余命がハッキリした追い詰められた人間でなければ、おういう深い話には到達できないというのか。それはまるで悟りを開いたかのようなものではないか。それを思うと、何とこの世が理不尽なものかと感じ、
「家庭内暴力や校内暴力のような無法状態がのさばる世界になってしまうことも無理のない現実なのだろう」
と感じるのだった。
そんな話をしている時、飛び込んできたニュースが、
「勝沼博士殺人事件」
であったのだ。
その頃になると、先輩の方がいよいよいけなくなり、そっちにばかり気を取られていた。
余命から考えると。先に死ぬのは先輩の方で、後を追うようにして勝沼博士が亡くなるのだろうと、上杉は考えていた。
だが、実際には逆だったことが、上杉を混乱させた。これは二人の余命について知っていた唯一の人間だからであるが、この秘密や疑念を一人で抱えていくのは、かなり厳しいと思われたが、
「二人の余命については、誰にも言わないでくれ」
「それは亡くなってからもですか?」
「ああ、何かあって、調べられた時には分かることだろうが、少なくとも君からそれを後追いであっても、暴露することだけはないようにしてもらいたい」
というではないか。
「それは遺言と捉えていいんですか?」
と本来ならタブーであるだろう言葉を口にした上杉だったが、それを咎めるようなことはなく。
「ああ、そう思って結構だ。いや、そう思ってくれた方がいいんだ」
と言っていた。
そんな時に飛び込んできた殺害事件のニュース、それを聞いて、先輩はそれほど驚いた様子はなかった。
まるで最初から分かっていたかのように、話を訊いた時、
「そうか」
と一言呟いただけだった。
それは、
「自分には分かっていたことなんだ」
と言わんばかりのことで、これも、すでに長くない自分の人生を考えてのことなのだろう。
そんな先輩もすぐにこの世を去った。まるで勝沼博士を追いかけるようにである。しかし、その時の先輩は、
「俺の方が先だったはずなのにな」
と呟いたことは想像がつく。
それだけ、この世での末期をお互いに感じていた者同士にしか分からないことがあるのだろう。
それこそ、博士が研究していて、今回その一角が発表された
「周波数の研究」
のように、同じ周波数が、二人の間にあったことを、身に染みて証明していたことだろう。
逆にその思いがあるからこそ、川北氏に託することに心配や憂いが少なかったのかも知れない。
――もう、自分でなくても、研究の完成を見ることができるんだ――
という思いである。
だからこそ、博士はいよいよ余命がハッキリしてきた時に、自分の余命を川北氏にだけ教えたのかも知れない。
川北氏が急に自白を始めた知友が一つだとは思えないが、その中の一つが、
「寿命のことを博士が自分に教えてくれたということに違いない」
と、上杉は考えるのだ。
いまさら蒸し返しても仕方のない事件であったが、蒸し返すというよりも、真実を知りたいという思いがこれほど強く感じられるということに、上杉自身でビックリしてしまった。
「周波数におけるイヌの声であったり。モノを捨てられないという感覚が、果たしてどのように影響するのか」
ということを組み合わせていくと、何かが見えてくる気がした。
その際に、積み木くずしの話のように、
「一度出来上がっているものを、壊すのか、それとも脱皮させるのかという考えの元、佐渡組みなおすという発想」
それが今の組み合わせにどう絡んでくるのかということが、先輩が残した「遺産」の中で一番言いたかったことなのかも知れない。そのために先輩は残しただろうし、ひょっとすると、残したい相手が本当は別にいて、ただそれが不可能であっただけのことなのかも知れない。。
「残したい相手」
それはまさしく、勝沼博士なのではないだろうか。
先輩と博士はかなりの共通点を持っている中であり、ひょっとすると、博士の研究でいうところの、
「周波数がもっとも合っている」
という相手だと言えるのではないだろうか。
先輩よりも、むしろ博士の方がハッキリと分かっていることなのかも知れない。それを思うと、博士の方も同じように、誰かに「遺産」と呼べるような、メモであったり、日記のようなものを残しているかも知れない。
その可能性はかなり高いものであり、しかも残すとすれば、その相手は川北氏しかいないのではないだろうか。
それを考えた時、