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周波数研究の果てに

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「フレーム問題」
 がそれに当たる。
 揉言の可能性を考えてしまうことで、実際にはパターンに当て嵌めた可能性を考えれば、考え方が絞られてくるというのであったが、元々無限のものをいくらパターン化したとしても、そのパターンというのも、無限に存在している。つまりは。
「無限というものは、何で割っても、無限になってしまうのだ」
 という考え方である。
「ゼロは、何で割ってもゼロである」
 というのは、まったく何もないものなのだから、何で割ろうとも、ゼロにしかならないという一種の当たり前の考え方である。
 しかし、実際に考えられることとして、
「どちらも、何で割っても同じものになるのであるから、究極はゼロも無限大も同じなのではないか?」
 という考えである。
 そこでゼロというものは、何もないという発想はそのままにして、
「もう一つの解釈として無限というのもありではないか?」
 という考えである。
 ゼロという数字の解釈を両極端な二つに求めるということは、ゼロに見えているものがすべてであれば、理屈としての、
「オールオアナッシング」
 という考えがありえるのかも知れないという考えであった。
 この発想は実に危険を孕んでいるが、理屈としては当然のことである。究極を比較すれば、比較にならないのではなく、反転させることで、同じ理屈を見えるということで、まるで鏡に映った自分と鏡の中の世界のようなものではないだろうか。
「ひょっとすると、フレーム問題も、まったく逆の発想から、解決されたりしないのだろうか?」
 と、今になって思えば上杉記者はそう考えた。
「先輩だったら、こんな時、理屈を駆使して、新しい発想を裏付けてくれるのだろうが、惜しいかなもういない」
 もし、もう一人いるとすれば、勝沼博士なのだろうが、その人ももうこの世にはいないのだ。
 どうして、こんなにも惜しい人ばかりが先に亡くなってしまうのか、世の中は理不尽にできている。やっと自分が先輩の知識や頭で考えていた理屈に追いつけたと思ったのに、その背中すら見えなくなってしまったのだから、溜まったものではない。
 川北氏は、周波数に関しての発見をしていたのだが、それは勝沼博士から引き継いだものだと言ってもいいだろう。
 周波数といえば、以前聞いたことがあった話であるが、これは実際にあった事件ではなく、ミステリードラマでの話であったのだが、周波数や振動を使っての殺人トリックを描いていた。
 あれこそ、
「共鳴振動」
 と呼ばれるもので、ピタリと合う周波数は、物体に振動を起こし、その作用によって、予期していたよりも、大きな力を生み出すことができるという発想である。
 被害者を拘束しておいて、被害者の頭の上に落とすというやり方で、トリックの目的は、アリバイ工作だった。
 犯人がそこにいなくても、成立する殺人、それこそアリバイトリックの醍醐味である。遠隔操作とは少し違うが、振動を起こさせるという発想は、科学的なトリックとしては、なかなか高度なものではないだろうか。
 そういえば、コウモリの話を思い出した。コウモリには前述にあるような特性がある。哺乳類であるにも関わらず、鳥類のように空を飛べることで、有利に立ち回ろうとして、嫌われるという話であるが、吸血鬼「ドラキュラ」の話、あれもコウモリの化身ではなかったか、よほどコウモリという動物は嫌われているのか、人間の点滴のような発想である。
 それはコウモリが持っている特性の何かが影響しているのだろうか。一番の特徴というと、目が見えないことで発達した聴覚や触覚であろうが、ここで出てくるのは超音波である。
 他の動物には聞こえない特殊な周波数を持った超音波を発し、反射によって、障害物の存在を理解する。他の動物のように見えているわけではないので、障害物があったとして。それはどのような障害物なのか分からずとも大丈夫なのだろうか?
 もし、相手が自分を襲ってくるようなモノであれば、逃げなければいけない。目に見えていればすぐに分かるのだろうが、コウモリのように音の反射でしか判断できないとなると、相手が危険なものかどうか、判断ができない。
 人間であっても、他の動物であっても、一瞬の判断の間違いが命取りとなるというのに、判断材料のないコウモリは、その場で死ぬしかないということなのだろうか?
 それとも、その周波数の超音波には、他の動物には分からない特殊な力が備わっていて、敵索能力のようなものが存在するということであろうか?
 音には無数に周波数というのが存在しているのだろう。
 本当に特殊な存在の周波数も我々は知っていたりする。例えば、
「一定の年齢から上の人には聞こえない音」
 という謂れのある、
「モスキート音」
 などというものがその一つであろう。
 蚊の飛ぶ時というイメージで呼ばれるモスキート音は、軍事目的にも使用されたりするという。
 軍事目的という意味で、拷問などにも一定の周波数の音が使われることがある。
 脳波を狂わす特殊な周波数も研究されていて、時には拷問で相手を屈服させたり、白状させたり、または、実際に自白させるための周波数もあるのかも知れない。
 それこそ、最大機密であろうから、それを探ることはもちろん、分かったとして公開などできるはずもない。それこそ、
「命がいくつあっても、足りない」
 というものであろう。
 自分たちにとって、周波数というものはほとんど意識することはないだろう。生活の中で考えるとすれば、ラジオを聴く時のチャンネルのチューニングくらいであろうか? それこそ、夏になった時、鬱陶しいと思うのが耳元で聞こえてきた、
「蚊の飛ぶ音」
 である。
 蚊に刺されると、痒くなることから、蚊を避けて生活するという癖が人間にはついている。蚊帳であったり、蚊取り線香など、駆除や虫よけという意味でのアイテムはいくつもある。
 そういえば、蚊に刺されると痒くなるというのも、蚊というものが、血を吸って、同時に何か分泌液を流し込むことからだと聞いたことがあったが、ここで同じ、周波数という共通の話題に浮かぶコウモリの吸血鬼と言われるゆえんと絡んでくるというのも。考えてみれば面白いものである。
 そんな周波数にどのような力があり、今回川北助教授が発見したことがどれほどに科学界の発展に貢献するものなのか、一介の記者には、想像もつかなかった。
「パーティを開くくらいなので、相当なものなんだろうな」
 という想像はつくが、それによって、助教授から教授への昇進であったり、学術界での発言権がましたり、さらには。博士と言われるにふさわしいほどの発見となるのであろうか?
 さすがにこの年で博士というと、かなりの年少ということになるのだろうが、ありえないわけではない。
 何と言っても、勝沼博士への殺害疑惑を認めてまでも、最悪の人生を歩んだはずの川北氏にとって、研究だけが心の支えだったのかも知れない。
 勝沼博士にしても、先輩にしても、
「惜しい人を亡くした」
 という言葉がまさにピッタリと呼ばれる二人だった。
 共通するものも結構ありそうで、この二人ほど周波数の合う二人はいないのかも知れない。
作品名:周波数研究の果てに 作家名:森本晃次