周波数研究の果てに
「僕は博士と違って、いつも散らかしてばかりいるので、それが研究に支障をきたしているんでしょうかね?」
と、まるで小学生のような質問で、そんなことを博士にいうのは、少し恥ずかしかったが、今の世の中、今まで長年言われていた定説が、研究が進むにつれて、実は違っていた。迷信だったというようなことも少なくないだろう。
博士は川北がモノを片づけることができない。そしてモノを捨てることのできない人間であることを分かっている。分かっていて、敢えて何も言わないのだ。
「まさかとは思うが、博士は僕のことを反面教師のような扱い方をするんじゃないだろうか?」
と思ってはいたが、果たしてどうなのだろう?
今はなき博士の跡を継いで、研究に邁進してきたが、本当なら、前科がついてしまったことは、もう消すことのできない汚点として残ってしまったが、川北の中では、
「これも病む負えないこと」
と思っている。
まるであの時の事件がなければ、そして自分が犯人ということにならなければ、この自分が研究を完成させるなどできるわけもなかったと思っている。
しかも、そのことを博士は最初側分かっていたのではないかとも思えた。もしその通りであれば、これほど怖いものはない。
「以前の毎日と今の毎日では見た目は変わっていないが、今の方が数倍いいところもあり、逆に悪いところもあった、波乱万象な人生だ」
と思うようになったのだ。
先輩の遺産
川北氏にインタビューをしてみたが、川北氏という人間を何となく分かったような気がした。やはり、上杉記者の考えでは、
「あの事件は冤罪だったんだろうな」
という思いが確定したかのように思えたのだ。
余命短い先輩記者が残した記事の内容、それは殺された勝沼博士にインタビューをした時の内容と、その時に感じた博士の気持ちがその中には入っていた。
まず、当時博士が研究していたのは、今回、川北氏が発表した、
「周波数県警の研究」
だったのである。
まったく同じ研究なのかどうかは分からないが、少なくとも研究員の誰か一人と共同で考えたようなことが書かれていた。実際に発表することになったのが川北助教授で、川北助教授が発表したことに、誰も意義を示さなかったことを見ると、先輩が書き残した、
「もう一人の共同発案者」
というのは、川北氏であることに、ほぼ間違いはないだろう。
そういう意味では、この間の研究発表披露の記念パーティは開かれて当然のものだった。
「だけど、どうして自分が殺したことになっている殺人犯である自分が、いくら禊が終わったとはいえ、あそこまで大げさなパーティを開けるというのだろう?」
と考えた。
先輩の遺産を見る限り、どうしても川北が、殺人犯には思えない。その中には、川北には余命の話はしたと書かれていた。博士にとって、周波数の研究は生涯を掛けた一世一代の研究であり、余命を考えると、とてもではないが、自分が生きている間に発表できるはずもなかった。
川北氏からは、
「博士、すべて私が行いますので、まずは精神的にしっかり持っていただいて、少しでも生きていたいと思ってくれるのを願っています:
と言われていたと書いているが、実際の川北の意志は違っているようだった。
川北から直接聞いたという風に書かれていた内容は。
「それは私も苦しいですよ。もう後わずかという人に対して、少しでも長く生きられるようになんて言う言葉を言うのはですね。本当なら、余命幾ばくかしかないんだから、残りの人生をどう生きればいいのか、もっと他に博士のためになることがあるのかも知れないのに、それらを考えずに、もちろんまったく考えなかったわけではないですが、長く生きてほしいなんていうのは、実に無責任ですからね。でも、これが博士の望んだことだと自分にも言い聞かせて、毎日研究をしています。それこそ、博士が生きている間にどこまでできるか分かりませんけどね。できるだけ進んだ状態で送ってあげたいんですよ。これが私の本音ですね」
という話だった。
先輩はそれを聞いて、
「川北助教授も、相当なジレンマを抱いていたんだろうと感じた」
と書いていた。
先輩は結局、勝沼博士が殺されたことを知ったのは、自分もすでに起き上がることすらできない状態になった時だったこともあって、この事件の真相に近づくことはできなかった。
そういう意味でも、
「もし、川北氏の冤罪を証明できる人がいるとすれば、先輩だけだったのかも知れないな」
と上杉記者は感じていた。
物証を持っているはずはなかった。何しろ、殺人事件が起きた時にはすでに病床に臥せっていたわけなので、勝沼博士が自分が殺されることを知りでもしない限り、会いにくることはないだろうと思った。
そこには、実は先輩の机の引き出しのキーが入っていて、どうやらスペアキーをわざわざ作らせたようだ。
そこには、重要なものがいくつか入っていたのだが、その中に封筒で、
「万が一の時に開けるべし」
と書かれていた。
相手の名前は上杉記者だったが、今回の博士の事件についてのことが書かれていると思われる内容を、この時初めて上杉は見ることになった。
勝沼博士は、自分が病床に臥せっている時、訪ねてきた。彼はまだ元気で、私よりも長生きすることだろう。
だが、その時の博士はまるで精気がなく、今にも自殺でもしてしまうのではないかと思えるほどだった。いくら余命を宣告されても、研究を、そして研究を続けることを諦めなかった彼からは想像もできないような感じである。それは、まるで幽霊にでもあったかのような衝撃表情で、何が彼をそこまで追いつめるのか、まったく想像もつかなかったのだった。
彼は言った。
「俺は、もう長くはない。いや、余命は分かっているつもりだが、ひょっとすると、この余命すら生きられないかも知れない。俺は死ぬことを怖いとは思っていない。研究に没頭していればいいからだ。だが、今は非常に怖いんだ。その死が自分の予想もしていないところからいきなり襲ってくるような気がするからだ」
という話をしたというのだ。
俺もまったくピンとくる話ではなく、聞き返したという。
「どうしたんですか? 博士らしくもない。今のお話を訊いていると、まるでいきなり命を奪われる可能性があるかのような言い方ですね、誰かに殺されるか、事故にでも遭うか、あるいは、自らで命を奪ってしまうか……」
と、言葉に出して笑ったが、決して私は笑ってなどいかなっただろう、
そして、この言葉の最後を口にした時、私は大いなる後悔が襲ってきた。
――自殺などということを口に出してしまうなんて――
という思いだったのだ。
「俺が今言えるのは、実は私のごく身近な人間によるものだと思うのだが、私の、いや、助手の川北君と一緒に進めている研究を盗み出そうという力がどこかで働いているようなんだ」
というではないか。
その話はまったくの初耳だった。
「そんな話、どこからも聞いたことはないですよ」
と私がいうと、