周波数研究の果てに
しかし、勝沼研究所には、顧問弁護士としての佐久間弁護士が控えていた。元々、研究が成果を挙げた時に、特許の問題などで協力してもらおうと思っていた程度の、顧問弁護押しというほど、常駐していたわけではない。非常勤の取り締まりという程度のものであったが、勝沼博士が癌の宣告を受けたあたりから、佐久間弁護士に急速に接近し、常駐の顧問弁護士にしてしまった。
勝沼博士が佐久間弁護士にどれほど期待していたかというのは、博士の遺言書を見ればよく分かる。
顧問弁護士として自分が死んだ後の、すべての段取りを任せること、そして、川北氏に残したような遺産を、佐久間弁護士にも残している。
元々、勝沼博士は親の代から、かなりの遺産を相続していて、とてもではないが、一代で使い切るなどできないほどだった。
しかも、研究に没頭する博士は、物欲はほとんどなく、親からの遺産、ほとんど手つかずの状態で残っていた。
そんな博士は、子供がいなかったこともあって、佐久間弁護士と川北氏をまるで自分の息子のように感じていたことだろう。
その思いは佐久間弁護士には伝わっていたのだろうが、川北氏にどれほど伝わっていたのか分からない。
それらの人間関係については、警察の方で、勝沼博士が殺された時、聞き込みなどである程度まで分かっていた。だから、遺産相続という意味で、一応容疑者の一人として佐久間弁護士も捜査線上に浮かんだのだが、聞き込みを続けるうちに、すぐに捜査線上から消えることになったのだ。
佐久間弁護士が博士に呼ばれたその時、
「私は、もう長くはない。君に研究以外のすべてを任せたい。研究所の所長は川北君にお願いするつもりでいるんだが、研究所に関しては、川北君を支えてやってほしい。そしてそれ以外の私の財産などの管理は君に任せたいんだ。それについての遺言も書くつもりだ。きっとあまり時間もないだろうから、早急に進めていきたい。だから、何とか協力願えないだろうか?」
と言われた。
「何をおっしゃっているんですか。私にお任せください。博士はあまり余計なことを考える必要がないほどに私の方で精いっぱいにやらせていただきます。博士の方からは何か指示があれば、その都度伺っていきたいと思います。例えば、まわりの人にいつ頃どういう発表をしたいなどとかですね。だから、博士の方も医者かわ言われた情報を、なるべく早く私の方位いただけると幸いです」
と、作目弁護士は答えた。
「ありがとう。君ならそう言ってくれると思っていたよ。やはり私が一番頼れる人間だと思っている。それに比べると、川北君は、いまいち便りがない。誠実で真面目な人間ではあるんだが、人を統率したり、所長として組織をまとえたりする役目は彼には荷が重すぎる気がするんだ。だから、川北君が表に出ている時でも、君が影から支えるようにしてほしいんだ」
という博士に対し、
「分かりました。私も川北さんには、少し不安もあるので、私の方で支えるようにいたします」
と、佐久間弁護士は言った。
そんな研究所から、今回、周波数関係で一つの定理を生み出したことが功績として求められ、学会で大いなる評価を受けた。それを記念してのパーティだったのだが、そんな中、一人の記者が混じっていた。
インタビューの内容
彼は東亜新聞の記者だと言って名刺を示し、川北ヘのインタビューを申し込んできた。
「インタビューということでしょうか?」
と、川北が聞くと、
「インタビューということではありますが、場合によっては記事にできない部分が孕んでいる場合もあるかも知れないので、そのあたりは考えて行こうと思っています」
という意味深な発言だった。
一瞬、ギクッとしたが、川北氏はすぐに気を取り直して、
「まあ、そんなに脅かしっこはなしにしましょうよ。今日は祝賀パーティということですので、お手柔らかにお願いしたいものです」
というと、上杉記者は、ニッコリと笑って、それに答えることはなかった。
一つ気になったのは、新聞の正式なインタビューということであれば、もう一人カメラマンなどがいるものではないかと思った川北氏は、
――ひょっとすると、これは正式な新聞社によるインタビューではないのかも知れないな――
と感じていた。
「まず、今回の研究なんですが、何か周波数というものを使って、いろいろできることを証明されたということですが、それはどのような感じなのでしょうか?」
と、いう、入りとしては、少し漠然とした質問であったが、何も問題のないものであった。
「世の中のすべてのものは、振動しているという考え方があります。つまり、周波数を持っているということですね。それらの周波数は、同じ形のものであっても、違う物体になるわけです。もっとも、同じ、違うという基準は誰がどのように決めるかによって、微妙に違ってくるでしょうが、同じ人間でも、私とあなた、血の繋がりのある親、兄弟でも、別の物体であることはハッキリしていますよね? また我々から見た動物、例えば飼い犬なんかだったら、イヌの種類が違えば、違う犬だと認識もできるし、そう思います。でも、同じ種類の同じくらいの大きさだったら、見分けはつきませんよね? 飼い主が違っていたりすれば分かりますけども、よほどそっくりな双子でもない限りは、普通であれば、兄弟であっても、見た瞬間に違いが分かります、それはきっと人間なんだからだと思うのですよ。ひょっとするとイヌの中でも同種であれば、相手を見た瞬間、人間でいえば、誰々さんだっていうことはすぐに分かることでしょう。それをすべてのものに存在している振動の中にある周波数だと考えたわけです。共鳴し合う周波数であれば、分かり合えるものだというですね」
と川北助教授はそう答えた。
「でも、そのような研究であれば、世界でも似たような発表はすでにされているのではありませんか?」
というと、
「ええ、その通りです。しかし、我々はそのうちの言葉までは理解が難しいですが、鳴き声での共鳴までは証明できたつもりなんです。今ロボット界では、人間の声質を判断し、命令を聞かせるというところくらいまでは開発が進んでいると思いますが、我々は、そこから一歩進んで、イヌの鳴き声を判断できるところまでは来ています。イヌの鳴き方を研究し、イヌの言葉を解釈させるところまではなかなかいきませんが、判断させる、聞き取れるというところまでは言っています」
と、川北助教授は言った。
「なるほど、それが今回の発表ということになったわけですね?」
と上杉記者が聞くと、
「ええ、そうです。私の中では今回の研究が、どんどん膨らんでいく周波数というものの研究に一石を投じたというものだと感じ、その一歩を噛みしめているというところでしょうか」
「今回の研究を第一歩ということであるなら、最終的にはどのあたりを目指しておられるんでしょうか?」
と、どんどん上杉記者の質問は難しくなってくる。
質問としては、それほど難しいものではないのかも知れないが、答える方にとっては、答え方ひとつで、次の質問に影響し、考え方をより一層難しくしそうに思えてならなかった。