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短編集119(過去作品)

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 白い色というのは、色の原点ではないかと思ったこともあった。
 高校時代、夏休みに物理の宿題で、円盤を作らされたことがあったが、円盤の中央付近に二つの穴を開け、そこに糸を通す。円盤は、中心を支点にして十六等分し、そこにカラフルな色を塗る。開けられた穴に糸を通し、それを結ぶ。糸の両端を握って、円盤を糸を中心に出来るだけ捻って、手を離すと、その反動で回り始める。小さい頃に割り箸やゴムで作ったプロペラ機のプロペラ部分を思い出す。
――果たして色がどのように変わるか――
 これがテーマだった。
 回転が速ければ早いほど、色は白くなってくる。塗られた絵の具の色が交じり合うと白くなるのだ。
 これには光の屈折が大きく影響しているということは、休み明けになって物理の先生が説明してくれることで分かった。
――なるほどー―
 と感心させられたものだった。
 眩しい光というと、フラッシュを思い出した。
 あれも高校時代だったか。修学旅行の写真で、部屋にいて、皆がくつろいでいる時に、誰かがフラッシュを焚いた記憶がある。
 バスでの長距離移動の後、しかも、知らない土地での過密スケジュールの観光も重なってか、宿に着くと、かなり疲れが溜まっていた。
 ホッとして荷物を降ろし、畳の上に横になった時であった。完全にふいをつかれ、
「あっ」
 と言ったかどうかすらハッキリとしない。自分では声を出したつもりだったが、出ていたかどうか、その時に誰かに確認したわけでもない。ただ、出したのだけれど出ていなかったかも知れないという思いだけが頭に残っている。
 フラッシュの光は真っ白だったはずだ。すぐに目を瞑ってしまい、瞼の裏には濃い赤色が残った。その中に残像としてあったものが、まるで点字のように疎らで形がハッキリとしないが、色は緑に近かったのではないか。そう感じるのは、
――赤に対して色を感じるとすれば、緑だろう――
 という根拠のない感覚があったからだ。しかし、実際に直に感じた色は黒だった。
――赤に黒――
 身体の中が感じた色に違いない。
 白い閃光のイメージは一瞬瞼を閉じた瞬間に消えてしまったが、また目を開けると。今度は白い色が目立っていた。白いはずのないものまで白く見えていた。しかも、白い色というと、目立たない感覚が強く、円盤を回転させた時のように、すべての色を吸収する感覚が強い。
 だが、実際は白という色は何も受け付けない。黒っぽい色の方が何でも吸収してしまうだろう。熱もそうではないか。黒い色が熱を吸収して熱くなるが、白い色は熱を反射させる。だからこそ、目に眩しいのは白なのであろう。
 黒という色は白い色があってこそ目立つものだ。黒自体では目立つことはない。暗いものすべてが黒という色に代表され、明るいものは白という色に代表されるように思えてくる。
 色や明るさを一つに括ってしまうことはできないだろう。グラデーションという色の列がある。音感のように一定の距離があるものへの一つの定義なのだろうが、虹などもその例ではないだろうか。実際に見たことはないが、オーロラというのも同じようなものかも知れない。
――光の屈折が見せる大いなる自然の神秘――
 虹は旧約聖書でノアの箱舟の話があるが、
――神との約束――
 として登場している。
 社会の乱れに怒りを覚えた天地創造の神が、種族の一対だけを残し、洪水を起こして世界を絶滅させた。アララット山に辿り着いたノアを乗せた箱舟に対し、神は二度と世界を滅ぼさないと約束している。虹はその証として天に現し、永遠に神と人間の間での約束とされたのである。
 虹は自然現象である。光がある限り、水がある限り永遠のものであることは分かっている。
 聖書が書かれた紀元前、虹というものの自然現象が永遠のものであるという確証があるからこそ書けた内容ではないだろうか。
 虹を見て、今の人たちは綺麗だとは思うだろうが、そこに永遠のものを感じる人はなかなかいないだろう。
 虹を見える人と見えない人がいると聞いたことがあった。
「俺には見えるんだけど、見えない人もいるんだよな」
 平沢は友達との話で聞いたことがあった。
「同じ時に同じ場所で見ていてかい?」
「そうなんだよ。“見えるだろう”と聞いてもハッキリとしない。あれは見えていない証拠だね」
「そんなこともあるんだ」
「光の加減なのかも知れないが。虹というのは山の手前に見えたりすることがあるから実に不思議なものだね」
「それはまだ見たことがないな」
「きっとそれは、虹を当たり前のものとして見ているからさ。俺なんか疑り深いから、本当に存在するものなのかっていう気持ちで見ていることが多いんだ。だから、細部に渡って見るくせがついてしまったんだろうな」
「それはあるかも知れない。俺は当たり前とまでは思っていないが、あっても不思議のないもので、それほど珍しいものだって思わない。だから、時々出ているのを見逃しそうになるくらいで、一緒にいる人から促されてやっと分かることもあるくらいさ」
「でも、光の屈折だってハッキリとした科学的根拠を聞いてしまうと、以前のように意識して見ることもなくなったけどね」
「まったくだ」
 しかし、平沢はそうは言ったが、科学的根拠を聞いてからの方が、実は虹に対して意識が強くなっていった。虹を見ると、修学旅行で感じたフラッショを思い出す。
――白い閃光――
 痛いわけではないが、頭にしこりのようなものが残る。直射日光を見てしまったような感覚であろうか。
 しかし、太陽は白い閃光ではない。黄色掛かって見える。だが、万物の色の源は太陽の光によるものである。それは分かっているのだが、太陽までの距離を考えると、どうしても近くで起こる閃光の方がインパクトが強い。だが、そのインパクトの由来が太陽の光にあることは考えると分かることだった。
――太陽って偉大なんだ――
 どんなに否定しようとしても否定できないもの。否定してしまうと、自らの存在すら否定しかねないものは、世の中にはいくつかあるだろう。その一つが太陽というもので、恩恵にあずかることのありがたさを感じないとバチが当たるだろう。
 だが、ずっと光の恩恵だけを受けているのも苦しくなってくる。適度に休みや遊びの感覚もないといけないだろう。そこで存在するのが夜である。
 夜という存在があるから、人間は睡眠があるのか、それとも睡眠をとらなければいけないから夜が存在するのか。きっと、そのどちらもであろう。
 では、白夜の元で暮らす人は寝ないのだろうか?
 そんなことはないはずだ。
「人間は三日寝ないと死んでしまう」
 迷信かも知れないが、そんな話を小さい頃に聞かされた。確かに寝ない期間が長いと衰弱してしまうだろうが、どれくらいで死に至らしめられるか分からない。
「死ぬとしても、苦しみながらではなく、安らかに眠るように死んでいくのであろうか?」
 それもどこかおかしい。
「気がつけば死んでいた」
 などという落語を聞いたことがあったが、まさしくそんな感じである。眠らなかったために、眠るように死んでいくなどというのは落語の世界のようだ。やはり白夜で暮らす人たちも寝なければならない。
作品名:短編集119(過去作品) 作家名:森本晃次