短編集119(過去作品)
経費の問題にしても事務が関わってくる。要するに営業所内部での利益管理を任されているので、物流にしても営業にしても勝手なことをされると、そのしわ寄せに苦労させられるのが目に見えていた。
営業には営業で言い分がある。
「俺たちがモノを売ってこないと、結局在庫として残るんですよ」
その言い分にも一理ある。
研修していて、営業の人について行って、初めてそのことを聞かされた。モノを安く仕入れるには、大量に仕入れることで原価を下げるという方法がある。そのためにはモノが流通しなければ在庫として残ってしまうのだ。
しかし、どちらの言い分も一理あるのだが、どちらも結局は自分の言い分を通そうとしているだけのようにも見える。ちょっと連絡を密にさえすれば、円滑にことが運ぶはずである。仲たがいをする前にお互いが話し合えば済むことなのだが、お互いに意地を張ってしまってなかなかうまくいかない。きっと前からのツケがまわってきていて、自分たちではどうすることもできないのが現状なのかも知れない。
不思議なことに、この悪しき伝統はどの営業所にも存在するもので、永遠の悩みの種になっているようだ。
「あそこでも同じなんだから」
営業は転勤で転々とすることで分かるだろうが、管理にはほとんど転勤はないので、そこまで気が回らない。
営業には転勤が付き物で、しかも絶えずたくさんの外部との直接折衝のため、それだけ厳しく、当然給料もいい。営業手当てがあることもあって、管理部の人たちから見れば、
「俺たちよりもたくさん給料を貰ってる」
という気持ちになるだろう。
だが、営業とすれば、
「これでも安いくらいだ。相手のわがままにいつも振り回されているんだからな」
と言いたいだろう。その証拠に事務員の中には営業から転属になった人もいて、彼は営業に文句をいうことはない。自分も元経験者、文句をいうのは忍びないのだろう。
自ら営業から事務に変わる人もいる。転勤が嫌な人もいるだろうし、営業職に耐えられなくなる人もいる。
営業は表で自分の数字を作ってくるので、会社的には花形に見えるが、実際には「御用聞き」と目されることも多い。やっていて、自分のプライドが許さなくなる人もいるだろう。果たして平沼はどうだったのか。
研修も終わり、いよいよ配属が決まった。
最初は先輩についていっての顔見世を兼ねた引継ぎだったが、営業相手を見ていると、どれもが海千山千の狐や狸に見えてくる。仮面の下には果たして何が隠れているというのだろう。平沼は覚悟を決めなければならなかった。
だが、実際に営業を始めようとした時だった。本部で急に欠員が出たということで、電算部への転属を言い渡された。まるで青天の霹靂とはこのことだ。
「電算部ですか?」
転属を言い渡された時に、所長への第一声だった。
「ああ、欠員が出てな。本部から君の名前が上がったんだ。せっかく営業に出始めて戦力になってくれると思っていたが残念だ」
と話していたが、その顔が本当に残念に思ってくれているかどうか、まだまだ社会人になりたての平沼には分かりかねるものだった。
「私がですよね」
またしても聞き返した。
「ああ、君だ。これは管理部長のたっての願いだそうだ」
ウソか本当か分からないが、望まれていくのであれば、それはそれでいいことだ。営業の相手として海千山千の狐や狸を相手にするのと、物言わぬ機械を相手にするのとの比較は単純にはできないが、やってみるのも面白いと思った。
――だめなら、また営業に戻るさ――
という単純な気持ちでいた。それに海千山千の狐や狸よりも扱いやすいだろうという安易な気持ちでもあったからだ。
学生時代に少し電算をかじってもいた。簡単なプログラムを作るのは授業の一環でもあったからだ。実際にその時、面白かった記憶があった。
――あれの延長くらいなら、俺にだってできるさ――
というのが自負だった。
配属が決まって初出勤してみると、そこは営業所とはかなり違っていた。本部の雰囲気は完全に出先とは違う。皆黙々と仕事をしている。特に経理部や総務部などは、電話での話し以外には話し声は聞こえない。
「平沼君、こっちだ」
管理部長から会議室に通された。事務の女の子がお茶を持ってきてくれたが、営業所よりも礼儀がキチンとしているように思えたのは気のせいだろうか。まるで別の会社に来たような気がするくらいに緊張する。入社式で来た時は、何も分からずだったので、自分が配属されて本部に戻るのは、営業でそれなりの実績を上げてからだと思っていたのがあてが外れた気分である。
「せっかく営業を志していたのに、水を差すようなマネをしてすまなかった」
部長から深々と頭を下げられると恐縮してしまう。
「いえ、そんなことはありません」
と答えてはみたが、部長もそれを聞いて安心したのか、淡々と話し始める。
「今度我が社ではいろいろなシステム開発を目指しているんだ。その際急に一名の欠員が出てしまったので、急遽募集したわけだが、その白羽の矢が当たったのが君だったんだ」
「どうして私なんですか?」
「入社前に受けた適性検査や、面接の時に感じたこと、そして研修期間中での君の勤務態度を見ていると、営業というよりも、開発に向いているんじゃないかと思ってね。君は開発という言葉をどう感じるかね?」
「私は自分で何かを作り上げていくのが好きなので、それで営業を目指していました。自分の努力がそのまま数字に出ますからね。難しい仕事だとは感じますが、やりがいはありますよね」
「そこなんだよ。私が君に期待するのは。開発は、その名の通り、自分で作り上げるものなんだ。そして、それがそのまま会社のシステムとして確立していき、形となって現れる。そのことを早く君にも理解できるようになってもらいたいんだ」
話をしているうちに、電算部の部長もやってきた。同じような話を少ししただけで、後は電算部に任されたが、管理部長の言うとおり、開発も面白そうだ。
最初は開発のための研修を、外部で受けた。三日間ほどの集中講義だったが、半分も分からなかった。
「半分しか分からなかったですね」
と言って三日経って戻ってきてから電算部の先輩に話をすると、
「半分も分かれば上出来さ」
と言われた。元々半分というのもいい加減な数字で、全体がどれだけのものなのかも分からずに半分というのだからおかしなものだ。研修が終わると、今度は会社組織について、そして、その中での電算部の役割、これからの開発予定など、先輩からの講義が待っている。先輩も忙しいのに研修の先生になってくれて、後から思えば、あれが一番ありがたかった。
そういう意味で言えば、現場の研修など、いい加減なものだった。
――研修期間に覚えたことがそれほど役に立たないかも知れない――
そう感じたのは、営業を中途半端な研修で終わってしまったからだった。それでもせっかく新しい部署に配属になったのだから、ここで頑張って、また営業に復帰しようなどという思いが頭の片隅にあったのも事実だった。
白夜の世界を見ていると、今までの自分の生活が走馬灯のようによみがえる。空は真っ白で、何もかも包み込んでしまうような色をしている。
作品名:短編集119(過去作品) 作家名:森本晃次