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短編集119(過去作品)

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 燃えるような赤い色というと、尾道で聞いた光る石の話を思い出した。本当は蛍光色で光っているのだろうが、話を聞いた時、最初に感じたのは真っ赤に燃える炎だった。なぜ炎を思い浮かべたのかは定かではないが、話の中で、海に落ち込んだ石が光を放てなくなることで困る往来する船のために、何かを燃やして代用したというのを聞いたからだろう。話が前後してしまっても、時間が経つにつれて、本当の順番などすっかり忘れてしまっているだろう。それを思えば、赤い色を暗闇でもハッキリと認めることもできるのだと思ったものだ。
 蛍光色に比べて、赤い色はどうしてもインパクトに欠ける。おぼろげに光っているようにしか見えないだろう。それを思うと、尾道の伝説は石だけの問題ではなく、光というものにどれだけの命が掛かっているかということを教えてくれる。暗闇で小百合を抱きながらそんな話を思い出すのは、小百合を神秘的な女性として本当に意識している証拠であった。
 知り合った頃は、相手のことをよく知らないので神秘的だと思うのも当たり前だが、分かってくるうちにその思いが次第に薄れてくる、その代わりに、相手の気持ちに近づいていけるのだから、相手の奥深くを見つめることができるのだ。
 だが、小百合に関してはそんな思いはあまりない。相手を知ろうとすればするほど神秘のベールに包まれてくる。ベールを感じるだけでも神秘的ではないだろうか。その奥に見えるはずのものが見えないことで、奥深さを想像することができる。それも男としての楽しみの一つだということを小百合は教えてくれた。
 服を脱がせていくと、きめ細かな肌が現れた。汗が滲んでいるが、触っていくうちにすぐに乾燥しているようだった。その瞬間にまるでたこの吸盤のように吸い付いてくる感触を一瞬楽しむことができた。だが、それは一瞬で、すぐに汗が滲んでくる。その繰り返しだった。
 吸盤の快感は今までに感じたこともないほどの快感を与えてくれた。その時に、
「ああ……」
 と小百合の口から声が漏れたが、快感のために声が打ち消されてしまった。風俗の女性と抱き合っている時もそうだったのだが、興奮を高めてくれるはずの甘い声を感じている瞬間、身体の一点に集中させ、声での気持ちの高ぶりを発散させているようだ。
「もったいない」
 本当は声で集中するのがいいのだろうが、それを許さないのは、男と女の身体の違いと営みのリズムによるものだが、それ以外の何かが働いているように思えてならない。
 女性の感じるところは分かっているつもりだったが、相手が違うと若干その位置も違っている。そんな当たり前のことを今まさに感じている藤川は、小百合の指の動きにも神経を集中させていた。
――痛いようなこそばいような――
 そんな感覚が身体を襲う。
――男性はどうして声を出さないのだろう――
 一点に集中していると声を出せる気持ちにならないのが男性である。女性の漏らす声は、男性の気持ちを高ぶらせる潤滑油の役目だけではなく、実際に抑えきれない快感の波が襲ってきているからに違いない。
「男の人が声を上げるのを聞くと、可愛いって女も思うものなのよ」
 風俗のおねえさんはそう言っていた。だから、藤川にも声を上げてほしいと言っているようなものだった。遠慮なく声をあげると、彼女は含み笑いを浮かべるが、その時に漏れる声が何とも淫靡であった。女性も男性の声を聞いて感じるのである。
 少しくらい痛い方が、快感になるものである。快感によって麻痺しかかっている感覚に彼女は容赦なく責めてくる。ここぞとばかりに抓られたこともあったが、
「いたっ」
 と思わず反応して本心からの声を上げる。
――まさか抓られるなんて――
 と思っている心の隙をついてきたのだ。男にとっても女にとっても、共有する時間に、時々我に返る時間も必要だ。それは現実に帰るということを意味しているのではなく、それぞれに感じている時間を同じリズムにしようとする感覚である。どちらからともなく与える刺激は、やがてお互いの快感に変わっていく。
 快感の中で、一つの絵を思い出していた。
 先日、小百合と一緒に見に行った美術館に展示されている絵だったのだが、そこには一人の女性が描かれていた。
「この絵、小百合さんに似ているね」
「そうかしら?」
 と、話をしていて、その絵から離れて隣の絵に移動すると、少し年配の夫婦が先ほどの絵を見ながら話しているのが、かすかながらに聞こえてきた。小百合に聞こえたかどうか、定かではないが、内容は聞き耳を立てるだけの興味を引くものだった。
「ここに写っている女性、自殺したって話ですよ」
 声が小さいので、どちらの声か最初分からなかったが、
「そうなんだ。男から見ると、とても寂しそうに見えるな」
 という答えが返ってきているところをみると、最初の話は奥さんからのようだ。確かに旦那さんのいうように女性の表情は寂しそうに見える。むしろ、寂しそうに見えるところが小百合に似ている要因だったようにも思える。
 正面から見るとドキッとするほどこちらを見つめている。
――目が悪いのかも知れないな――
 必死に見つめる目は、どこかで感じたような……。
――そうだ、飼っていた秋田犬を思い出す――
 犬が死ぬ前に必死で目で何か訴えていた。何が言いたいのか分かってやれなかったことが、ずっと後まで心に残ってしまった。
――あんな目、見なければよかった――
 とまで思えてくる。それほど、訴える気持ちが強く、それでいて寂しそうだったのだ。
 その絵にも犬が載っていた。必死で女性を見つめている。
「この犬も、女性の後を追うように死んだんだよ」
「どうして自殺なんか?」
「好きな男性に裏切られたんだって。犬も可愛そうに女性が死ぬ姿を目の当たりにして、相当ショックだったんだろうね。食事もできなくなって、痩せ細って死んでいったという話ですね」
 聞き耳を立てるように聞いていたが、声が聞こえなくなったと思い、振り返ると、そこには先ほどの老夫婦はいなくなっていた。忽然と消えてしまっていたのだ。
――どうしたんだろう? 幻影だったんだろうか――
 幻影だったと考えるのが一番正解だが、話の内容と、二人の声だけは肉声として残ってしまった。
 そういえば、絵の中の彼女、寂しそうにしているからか、犬の視線をまったく感じていないようだった。目は正面を向き、少し上目遣いで虚ろだった。快感に身を任せている小百合の表情に似てなくもない。恍惚の表情に寂しさが入っているというのも、おかしなものだ。
 一度快感が襲ってきたかと思うと、藤川は果てた。小百合はそれからしばらくしてぐったりとなったが、一度休憩してからの小百合は、態度が少し変わった。
 最初は甘えていたのだが、次第に藤川に対して積極的になってきた。優しく扱ってくれているのだが、それは、まるで犬を相手にしているかのように上から目線になっている。他の男性にそこまでは分からないだろうが、藤川には分かっている。
 最初は、犬のように扱われている自分でも、流れに任せることで快感を得ていたが、それが次第に億劫になってくる。自分が主導権を握らないと耐えられない性格であることに気付いたのだ。
作品名:短編集119(過去作品) 作家名:森本晃次