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短編集119(過去作品)

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「ご指名ありがとうございます。あの時の会話、今でも覚えてますよ」
 と言ってくれた。
 決して安い店ではない。一月や二月は平気で空けないと、来れる店ではない。その間に幾人もの客を相手にしているはずなのに、よく覚えてくれていたものだと藤川は感心したものだ。
「よく覚えていて暮れましたね」
「ええ、印象深かったからですね」
 営業トークなのか、それとも本音なのか、まだまだ藤川には分からなかった。それでも覚えていてくれたことは事実で、ありがたいことに変わりはない。
「こういうお店には、癒しを求めてやってくるお客さんもおられるんですよ。結局プレイの半分くらいしかしないのに、それでも会話を楽しみに来られるお客さんもいて、そういうお客さんって、とっても新鮮で、気を遣ってくださるのが嬉しいんですよ」
「何となく分かる気がするね。僕もあなたにもう一度会いたいと思って今日は来たんですからね」
 もちろん、プレイはしっかりと堪能した。お金を払って、一時だけの恋人気分、そんなシチュエーションも悪くはなかった。
――お多義にさりげない気の遣い方――
 それが一番心地よく、癒される。本当はあまり気を遣われるのは好きな方ではない。こちらが余計な気を遣ってしまうことが分かるからだ。しかし、さりげなく遣う気は、相手に無意識な安らぎを与える。与えられた人は本能でそれを感じ、本能で安らぎを返す。それがさりげなさの一番の特徴であった。
 風俗を毛嫌いしている人もいる。特に女性の中には多いだろう。だが、それはやっかみに近いものがあるからではないか。確かに相手を独占したい気持ちは男性よりも女性が強いかも知れない。しかも露骨なところもあったりする。そんな思いを一瞬でも忘れさせてくれる風俗は、お金を払っても余りあると思っている男も多いに違いない。
――お金で安らぎの時間を買っているのだ――
 そう感じることが男の心情なのかも知れない。
 ショットバーのような店を自分の隠れ家として考えている藤川にとって、風俗も同じ隠れ家的な存在だと思っていた。
「誰にも気兼ねする必要もないしな」
 隠れ家というのはそういうものではないだろうか。藤川はそう思っていた。
 小百合と初めて抱き合った時、自分が背伸びしているように感じたのは、風俗経験があったからかも知れない。だが、風俗を「所詮」と考えていたのでは、背伸びした気持ちにはならないだろう。
 何も知らない女性だと思って小百合を抱いた。だが、身体の反応は何も知らない女性ではないことが分かったのは、風俗を経験したからだというのも皮肉なものだった。
 初めて小百合のマンションに連れて行ってもらった。彼女は田舎から出てきて一人暮らしをしていた。マンションといってもワンルーム。OLの一人暮らしには一番最適かも知れない。
「掃除する手間があまりいらないのが一番ね」
 部屋が細かく分散されているよりも掃除はしやすいだろう。家具を移動させて掃除機を使うだけでかなりの部分を掃除できる。細かい部分も仕切られた部屋が多いよりも断然楽であろう。
 大雑把な性格の小百合には一番心地よいはずだ。掃除をすることがあまり好きではない藤川には彼女の気持ちがよく分かった。
 キッチンで、コーヒーを入れてくれた。いつもの「隠れ家」で一緒に飲み、うっすらと酔っ払った気分で、そのまま部屋に上がりこんだ。
「お邪魔します」
 部屋を覗き込むようにして入ったのは、決して珍しさからではない。誰もいないはずなのに、どうしても気になってしまうのは、自分がまるで間男にでもなってしまったかのような錯覚に陥ったからである。こそこそする必要などないのに、そんな藤川を見てニコニコ笑っていた小百合の心境はどんなものだったのだろう。
「この部屋にはお母さんが一度来たくらいで、友達も来たことがないの」
 と言っていた。
 裏を返せば、
「つれてくるような友達もいないのよ」
 と言っているようにも感じるが、確かに小百合に親しい友達がいるようには思えない。田舎から一人で出てきて、まわりに馴染むには想像以上に苦労がいるだろう。人懐っこい人でも最初は敬遠されがちになるので、それをいかにうまく馴染めるかが問題になってくる。小百合を見ている限りでは、そんな素質はあまり感じられない。
 それだけ神秘的なところがあり、男性から好かれるタイプかも知れない。だが、それもすべての男性に言えることではなく、ある程度決まったタイプの男性に限られるのではないだろうか。
 藤川は、
「俺みたいなタイプだとうまく行くかも知れないな」
 と一人で考えたものだった。
「この部屋に初めて来る男性なの」
 と言って含み笑いをしたが、普段の含み笑いよりも説得力を感じない。それだけ部屋に入ってくることで、小百合の気持ちにかなり近づくことができたのだと藤川は感じていた。「俺も、女性の部屋に入るのは初めてなんだ」
 同じように含み笑いで返す。半分正解で、半分間違いである。
 風俗の女の子とお店で二人きりになる感覚、あれは女性の部屋に入り込む感覚である。それがあるからこそ、お金を払ってでも行ってみたいと思うのだ。身体の関係というよりも「癒し」を感じることができて、性格的に馴染めることが一番の快感でもあった。藤川の笑いは含み笑いというよりも思い出し笑いに近かった。それを小百合がどのように受け取ったか。藤川には分からない。
 慣れているところを見せるべきか、それとも初心者の気持ちになるべきか考えていた。小百合の部屋に来るまでは、どちらかというと、何も知らない雰囲気の男性を演じていた。部屋に入ってから豹変するのもおかしなもので、しかし本能のままに赴いていくと、きっとどこかでボロが出るに違いない。「正直」が信条である藤川にとって、豹変も致し方ないと思うが、それもその時の雰囲気に任せるしかなかった。
 抱き合ってキスをするが、明らかに小百合は慣れていた。
 吸い付いてくる唇が捲れるほど強いわりに、藤川がねじ込む舌の侵入を助けるかのような素振りがある。本能に任せているかと思いきや、その行動には、相手を思う気持ちがみなぎっている。
――それなら相手に任せてみるのもいいかも――
 しばし、自分は本能に任せ、そして動きは小百合に任せることにした。その間にこみ上げてくる快感を抑えられるかが難しいところだった。
 何と言っても気になっている女性を抱いたことがない藤川である。いくら経験があるとはいえ、本能に身を任せる。
 彼女は慣れたもので、甘い声を上げているが、どこかわざとらしさを感じる。逆にその方が藤川にはよかった。自分の理性を抑えられるからである。
――お互いに打算の中の行為のようだ――
 覚めた目で見ているわけではないが、次の反応が楽しみになってくる。可愛らしい態度でもたれかかってくるのを、優しく抱きしめてあげる。目の前にある顔が最初は大きく見えていたが、見つめていくうちに、次第に小さく感じられるようになっていった。
 元々小さい唇が濡れている。口紅だと思っていたが、リップクリームで濡れている唇が赤く染まっているのは、それだけ気持ちが高ぶっている証拠だった。
作品名:短編集119(過去作品) 作家名:森本晃次