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短編集119(過去作品)

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 小さい頃から一緒に育ったので、まるで兄弟のようだった。藤川に兄弟はなく、学校から帰ってくると犬の散歩は藤川の役目になっていた。
 嫌なわけもなく、毎日が充実していた。ただ、時々自分の意志に反することがあり、力が強いだけにすぐに引っ張られる。ちょっと癪に障ったこともあった。
 それでも、母親は犬を息子同様に育てていて、犬が母親の顔を見上げる時の表情は好きだった。さすがに餌をもらえる人に一番なつくのも当たり前のことで、そんなことで嫉妬したりはしなかった。
――かわいい子分――
 くらいに思っていたが、犬の方ではどう感じていたのだろう。
 藤川が犬を好きなのは、犬を飼っていたからだけではなかった。
「あなたは犬好きですか? 猫好きですか?」
 と聞かれることもある。たいていは、どちらかだろうという考えからの発想だろうが、迷わず、
「犬好きです」
 と答える。
 犬も猫も両方好き、または両方嫌いという人もいるだろう。だが、犬と猫はそれぞれに正反対であることを藤川は知っていた。
「犬は人に付き、猫は家に付くものなのよ」
 母親が話していた。
 確かに犬は人間の顔色を伺いながら暮らしている。しかもびくびくしているわけではなく、人間に全幅の信頼を置いているかのようだ。人間であれば、顔色を伺いながらの生活であれば、少しはびくびくするものだが、それは、相手を警戒しているからだ。犬も外的に対しての本能というものがあるに違いないが、それにしても人間に対しては素振りも感じない。犬と人間の間での歴史が物語っているのかも知れない。
 江戸時代、「生類憐みの令」という、とんでもないお触れを出した将軍がいた。
 取り巻きの助言によっての令であったが、統治するものが出した令なので、取締りが厳しかったのも当然である。
 人間よりもお犬様。
 そんな話が歴史に残っているのである。確かに犬の存在は人間に一番近いのかも知れないが、共存してこそ成り立つ関係である。考えてみれば、中国ではその昔、食用に犬を飼っていたものだ。それも食糧事情から考えれば仕方がないことかも知れないが、犬との共存を考えれば、これも古い時代の歴史として残っているだけである。
 学生時代、気になっていた女の子がいた。
 彼女は猫が好きだと言っていたが、まさしく猫のような性格であった。一時期付き合う寸前まで行ったことがあった。
「友達以上、恋人未満」
 と言われる関係である。
 そう言われることが心地よかった。友達としてが結構長かったが、捉えどころのない女性だった。
 あっちと言えば、こっちと言う。こっちといえば、あっちと言う。
「君は天邪鬼か?」
「それはあなたでしょう?」
 親しみを込めた会話の中での皮肉であった。お互いに苦笑いをし、本当は同じ方向を見たいと思っている二人なのに、なぜか相性が合っていないかのようだった。
 話をしていても、あまり話が噛み合わなかった。性格的にはお互いに適当でいい加減なところがあるが、石橋を叩いて渡るところがある彼女と、いい加減なくせに、人が適当にいなすところでやたらと細かかったりする藤川。話が噛み合わないのも仕方がない。
 それでもお互いに落としどころを探っていた。お互いに気を遣っているつもりで、相手には気を遣っていることが手に取るように分かっているのに、歩み寄ることができない。
 意地を張っているわけではない。かといって、相手が気を遣ってくれることで却って疲れてしまうことは本意ではなかった。
 そんな彼女が猫好きだという。
「私はいつも勝手気ままな性格でいたいの」
 というが、
「そのわりには、石橋を叩いて渡る性格じゃないか」
「怖がりなのは猫も一緒なのよ。猫って結構道で轢かれているのを見るでしょう? あれって、前しか見ずに渡っているのに、車が飛び出してくると急に怖くなって身体を硬くするの。だから、逃げられずにそのまま轢かれてしまうのよ」
 確かに分かる。
 また、猫の気持ち悪いところは、あの目である。暗いところをよく見えるようにするために、瞳孔の構造が柔軟にできている。だから、猫の目は見れば見るほど気持ち悪いのだ。
 怖がりな人はあまり人から好かれるタイプではないだろう。
 犬の場合は、犬が好きな人以外で、あまり犬が嫌いという人はそれほど見かけない。もちろん、以前に噛まれたことがあるとか、吠えられて怖かった思いをした人のように実害があれば仕方もないが、猫の場合は、よほどのことがない限り引っかかれることはない。犬のように吠えられることもないのを考えると、猫嫌いの人は、猫自体が嫌いなのである。目が嫌いな人もいるだろうし、見ていて全体的に嫌いな人もいるだろう。
「猫のどこが嫌い」
 と聞かれて、ハッキリとした答えを用意できる人がどれだけいるだろう。それを考えると、猫という動物がどれほど神秘的なものかと考えさせられる。
――彼女を好きになったのは、神秘的なところだろうか――
 自分にないところを気になってしまうのは、男としての本能かも知れない。男も女も、自分にないところを相手に求め、癒しという言葉で心や身体の隙間を埋めることができる相手を求めているだろう。
 誰でもいいというわけではなく、本能で相手を見定める。それが間違っていたとしても若い間では許される。若さの特権と言えるだろう。
 結婚となるとまた違う。若さだけではなく、次第に年を取っていく中で、お互いに助け合う気持ちが必要になる。女はやがて子供ができて、母親になり、男は会社では出世にしたがって、仕事でも大変になってくる。お互いに充実感があればいいのだが、惰性になってしまえば、それも分からなくなる。男女が一緒にいてお互いに癒し合える関係をいつまでも持ち続けるという理想があれば、乗り切れることもあるだろう。
 猫と犬、どこまでも平行線を描く中のように感じる。
 犬は猫を見つければ追いかける。追いかけられた猫は必死に逃げる。猫がネズミを追いかける本能と同じものにはどうしても思えない。
 犬と猫では違いすぎるが、お互いに相容れないものなのだろうか。犬も飼っていれば猫も飼っている家もある。そんな家では猫が威張っている場合もあるようで、ペットになってしまえば野性の本能とは違うものになってしまうのだろうか。そう考えると、学生時代の彼女とうまく行きかけたのも分からなくもない。
 しかし、それ以上の仲にならなかったのはなぜだろう? 今さらながらに思い出してみると、藤川はどこかカッコウつけたがりのところがあった。
「嫌われたらどうしよう」
 そんな気持ちもあり、毅然とした態度を取ることが自分の個性だと思っていた。紳士的な振る舞いこそが、相手の気持ちを引きつけるとも思っていた。
「神秘的に見られたい」
 という気持ちは彼女を見ているから感じたのだ。猫のような神秘性、犬にだってあるはずだ。彼女が猫なら自分は犬だと最初から思ってしまったことも影響しているのかも知れない。犬にとって、猫とは神秘性を見せ付けたい相手なのかも知れない。
作品名:短編集119(過去作品) 作家名:森本晃次