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静岡のとみちゃん
静岡のとみちゃん
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軽便鉄道「駿遠線」復活物語

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 じいじと孫は切符(乗車券)を買った。
 軽便鉄道の駅舎には切符の自動発券機は無いため、窓口で硬券の切符を買うことになる。多少の手間なのだが、それ以上に、下車時の自動改札口の機械に回収されない硬券は人気だ。
 改札口の係員が切符にはさみを入れ、二人は単式の軽便1番ホームに出た。「あさば5号」は島式の軽便2番ホームから出るので、軽便1番ホームから渡線路(構内踏切)を渡り、2番と3番ホームのある島に渡った。跨線橋でないことが嬉しい。

 橋上駅舎のJR袋井駅の北口からは、その改札口の前を通過したあたりに軽便鉄道の北口の改札口があり、そこから跨線橋を渡って、軽便2番、3番ホームのある島に下りることになる。なお、軽便のホームはJRのホームより50cmほど低いため、軽便鉄道復活工事の中で、専用のホームが新設された。

 軽便ホームの奥には、機関車の向きを入れ替える転車台があり、その様子は各ホームの端から見ることが出来るため、ホームの端にはいつも、スマホやデジカメを持った人がいる。
 軽便1番ホームには転車台への入口があり、有料だが、人力で転車台を動かすことが出来る。大人ひとりの力で十分なので、たいへん人気があり、軽便鉄道の職員は転車台を殆ど動かす必要がないほどだ。
 かつて、じいじと孫は二人で転車台を動かしたことがあり、ちょっと重たかったが、無事に180度回転させることが出来た。

 渡線路(構内踏切)を渡って、階段を上がった軽便2、3番ホームには、じいじと孫以外に、多くの観光客がいた。
 転車台で向きを入れ替えた機関車が3番ホームの待機線にゆっくりと入って通過して、少し先の分岐点を通過して止まった。職員が分岐器を動かして指差呼称で確認した後に、2番ホームにバックで入線してきた。そして3両の客車に連結。多くの観光客がその一連の動きを動画で撮影していた。

 軽い汽笛が3回鳴った。発車3分前だ。
 観光客らは、軽便機関車を背景に記念写真を撮った後、微笑みながら、狭い客車に乗り込んだ。最後の客は自らドアを閉めた。さすがに以前のように、開けっ放しのままの走行は禁止されている。
 今では殆ど見られなくなったホームでの駅弁売りだが、この駿遠線では、このスタイルばかりだ。首から提げた木製のばんじゅうに駅弁を入れた駅弁売りから、客車の窓越しに弁当を買うのが“通の買い方”らしく、殆どの観光客が軽便弁当「浅羽」と軽便茶を買い求めた。軽便弁当「袋井」もあるが、メロンの天ぷらが入っている「浅羽」の方が旨く、少しだけ高価だが、人気が高い。
 幾度となく写真を撮っている孫は、ベストショットを撮ることができるポジションで、今日も撮影した。幾分黒い煙が多かった様で、良い写真が撮れたと言っていた。その孫は両手を伸ばして窓を開け、弁当売りから軽便茶を買った。

 汽笛が短く1回鳴った。出発の1分前だ。
 この汽車の写真を撮っていた観光客が慌てて、車両に乗り込んできた。

 「ポーーー、ポッ」、少し長めの汽笛と極短い汽笛が出発の合図だ。
 軽便鉄道には、構内の発車ベルの音やアナウンスは無く、汽笛が出発を知らせてくれる。
 ガタコンと小さな振動が、機関車からすぐ後ろの客車に、その次の客酒にも伝播していった。
 ゆっくりと、本当にゆっくりと、煙と蒸気を吐きながら走り始めた。
 ガタコン、ガタコンと、レールのつなぎ目の軽い振動がシート越しに伝わってくる。
 窓からの心地良い風に、石炭の匂いが混ざっている。それを懐かしく感じる人は、昭和30年前半生まれまでの人か。

 少しの間、軽便は東海道本線と並走する。
 すれ違ったJR東海の電車と比べると、軽便はひと回り以上に小さい。
 ロングシート(進行方向に向かって縦座席)の客車の場合は、左右の席に座って足を延ばすと両者の膝の下あたりが交差する狭さだ。クロスシート(横座席)の客車では、左側に二人掛けシート、右側にひとり掛けのシートの仕様になっている。
 進路を西から南へ変えた後、東海道新幹線の下をくぐり、浅羽の町並みに入った。
 軽便鉄道復活後、浅羽の人口は6万人を突破した。旧袋井市の人口より旧浅羽町の人口が多くなった。軽便効果だ。これからも、この傾向は続くのだろう。

 最初の駅の柳原(やなぎはら)も次の諸井(もろい)駅も、ソーラーシステムが組み込まれたレトロな外観の駅舎で、非接触タイプの電磁誘導で停車時間内に機関車のバッテリーが充電される。他の駅でもそうだ。ちなみに客車の屋根には高効率のソーラーパネルが貼られている。
 旧駿遠線の頃、この両駅の間に流れる川を渡る際、駿遠線は少し上り勾配になっていた。雨天で乗車人数が多い際は上り切れず、通学していた高校生が下りて、車両を後ろから押したそうで、今は、その必要はない。

 ここ諸井駅では法多山(はったさん)名物「厄除けだんご」を窓越しに買い求める客が多い。ここでも駅弁売りのスタイルだ。そのため停車時間が少しだけ長い。孫は軽便列車に乗る度に、だんごを食べるため、自動的に厄払いが繰り返され、元気な男の子だ。
 このあたりの駿遠線跡は以前、住宅の軒先の遊歩道だったため、そこを軽便列車が通過する際の牽引力は蒸気機関から電動モーターに換わる。ハイブリッドならではの防音だ。更にレールの継ぎ目には特殊なゴムが挿入されており、ガタコンガタコンの音が小さくなっている。

 やがて芝駅だ。上りの軽便気動車「ふじえだ3号」とホームですれ違った。この駅の名物はメロン、メロンパン、小メロン漬け、メロンマシュマロ、メロン大福・・・とメロン尽くしだ。孫の好物はメロン大福で、じいじは小メロン漬け。自宅の食卓にはいつも準備されている。
 ちなみに静岡県のメロンの生産量は全国で8位だが(1位:茨城県、2位:熊本県、3位:北海道)、高価で取り引きされる温室栽培のマスクメロンはブランド化されている。稀有な軽便機関車ばかりが走る公共交通機関の駿遠線も次第にブランドになってきている。