軽便鉄道「駿遠線」復活物語
激動の時代「昭和」を懐かしく思うのは、日本人のどこかに残っているDNAが刺激されるためか、日本各地で「昭和の町づくり」が続く。“懐かしい”の語源は“なつく”、親子のような間柄の慕わしさを意味する。そういえば「ALWAYS三丁目の夕日」はヒットを続け、10作目が今年、再び昭和三十年代がスクリーンに映し出された。
“便利なことが人の幸せ”ではないと気付き始めた平成二十年代前半、静岡県西部の袋井市は軽便鉄道の「駿遠線」の復活による「町おこし」が市議会で可決された。
その後に設立された推進部門(後に、第3セクターの「駿遠鉄道株式会社」)は、責任者は袋井市長、推進メンバーは市の職員や軽便鉄道の有識者、そしてこよなく軽便鉄道を愛する市民や日本中からの有志がメンバーで、ステアリングコミッティは、経産省および県知事という、かなり、本気の体制が構築された。なお、経産省の役人にとっては最初、地方の妙な動きをウォッチするだけの参加ではあったが。
市議会の決議事項が曲りなりにも、国家や県の行政機関までの協力を得たことで、TVニュースや新聞にかなり取り上げられた。
話しは少しさかのぼるが、町おこしのカギは以前から「若者、よそ者、変わり者」と言われてきたが、この「町おこし」は袋井市内の普通の市民のSNSがきっかけだった。
「昔、俺んちの前に小さな蒸気機関車が走っていたんだってさ~」
「それ面白いじゃん!」
この小さな“つぶやき”が、市民の喜びや生活向上につながり、市の財政状況を大きく変え、過疎地域からの脱却を実現する壮大なプロジェクトとして、最終的には総理大臣までもが注目した事業のスタートポイントだった。
かつての駿遠線は単線で、その跡は道路や遊歩道になっている部分が多く、そこを鉄道専用路線に戻すのではなく、路面電車のようにレールを敷設することになった。一方で、軽便車両がクルマや歩く人と接触しないように、両者の安全を確保する方法を事前に確立していった。
レールの敷設については、推進部門が作成した作業標準書に従って、市が必要な資材や用具・工具を準備し、袋井市民ひとりひとりが、2m分のレールを敷設する「市民ひとり2メートル運動」のボランティアの手法で、地域愛を込める進め方が取られた。
その敷設されたレールの側面には、その部分を担当した市民の名前が刻印されることになり、その結果、下は幼稚園の園児から、上は老人ホームの元気な高齢者までの心の琴線に触れたようで、終始、笑顔に包まれた作業になった。
この「市民ひとり2メートル運動」は、近隣の市町村を始めとし、日本中のボランティアの気持ちを刺激した。最初は鉄道マニアが中心だったが、中盤以降は、くちコミやマスコミが取り上げたことで、日本中からの参加者が増え、一種のブームになった。
その結果、復活計画内の袋井の南に広がる浅羽(あさば)までは早々に完了し、やがて、復活計画の第2ステージの遠州灘沿いの横須賀(よこすか)、第3ステージの大東(だいとう)、第4ステージの御前崎まで、半年で開通してしまった。
中には、中学校の学年単位の参加もあり、卒業アルバムの写真に載った。
愛知県渥美半島の伊良湖岬を西端から、静岡県の御前崎を東端とする海域が遠州灘、かつて、その東半分の沿岸を走っていた駿遠線の“遠”側のレールの敷設が完了してしまった。
この動きに触発された“駿”側の地元も同様に、藤枝から南西に向けての、駿河湾沿いのレール敷設工事が同様に推進され、御前崎で結び付き、平成の時代に「駿遠線」のレールの敷設が完了した。
この安価で簡易的な軽便鉄道の可能性や将来性に気付かされたのは鉄道総研(鉄道総合技術研究所)だった。
先ずは、レールを敷設する「市民ひとり2メートル運動」に対して鉄道総研は、工事中の騒音低減が可能なレール敷設技術を適用し、沿線の住宅への、工事の騒音と振動を無くすことができた。軒先を軽便汽車が走行する際の振動や騒音を小さくする研究にも着手した。また、並行して進められている車両準備にも多大なる支援をしていった。
その車両準備については、多くの協力を得ながら進められた。
袋井市内や近隣の企業や大学による特別プロジェクトが発足され、藤枝市郷土博物館の屋外に展示されていた、かつて駿遠線を走った軽便鉄道の蒸気機関車が蘇った。
それに感化された他県の博物館や鉱山そして企業が、静態保存していた蒸気機関車やディーゼル機関車、更には気動車がレストアされ、再び動き始め、駿遠線に寄贈された。貨車を提供した林業従事組合や農協、漁協もあった。
そんな中、近隣のオートバイメーカーや愛知県の自動車メーカーが幾つかの機関車や客車を開発した。外観も車内もレトロだが、見えないところにハイテクが組み込まれている。例えば、
●エンジンで発電された電気で動くモーター駆動の「エンジンEV機関車」
●停車駅のソーラーステーションから機関車に搭載されたバッテリーに非接触で充電ができる「EV機関車」
●回生ブレーキで作られた圧縮空気も動力源になるEVハイブリットの「HV機関車」
●蒸気機関車に、プラグインハイブリッドを組み込んだ「PHV機関車」
●蒸気機関車に、バイオ燃料によるバイオ電池を組み込んだ「バイオ機関車」
●かつてのF1のエンジンを改良した「モンスター軽便」、専用客車を牽引し、JR在来線より速い(これは企画段階で中止となった。軽便鉄道のレールでは、その速度に耐えられないためだ)
●客車にぜんまいを仕掛けた「ぜんまいアシスト客車」、乗客が足踏みでぜんまいが巻かれるしくみ
日本中から寄贈された機関車に客車や貨車、新規に開発された機関車や客車で、先ずは30分間隔の運行に必要とする台数が揃った。
作品名:軽便鉄道「駿遠線」復活物語 作家名:静岡のとみちゃん