血の繋がりのない義姉弟と義兄妹
「それともう一つ、一応、未遂には終わっていますが、自殺をしようとしているので、警察の簡単な事情聴取はあると思います。警察の方には、今のお話はしていますので、事情聴取もそれなりに気を遣っていただけるのではないかと思っています。もちろん、警察の事情聴取には、私と看護師も立ち会いますので、そこがご安心ください」
「ありがとうございます」
「ところで皆さんは、患者さんが婚約されていて、一緒に交通事故に遭ってお亡くなりになった婚約者のお身内の方なんですよね?」
「ええ、そうです。娘が好きになって私どもも結婚を認め、あと数か月もすれば、義理とはいえ、息子になった人だったんです。私は不幸な事故が遭ったにせよ。彼を息子のように思いたいと感じています」
とキリッとした表情で母親は言い切った。
それを聞いて娘の由紀子も同じ思いであり、同じように真面目な顔で頷いた。
その日、母親は仕事が昼からあるということで、一旦病院を離れなければいけなかった。
「ごめんね。由紀子に後を任せる形になるんだけど、いいかしら? 今日はどうしてもお母さんがいかないといけない仕事なのよ」
と言って、申し訳なさそうに頷いた。
「大丈夫よ、先生もいるし、私一人の方が、あの方も目覚めた時、安心するかも知れない。あんまりたくさん人がいない方がいいというのも、一つの青果以南はないかって思うからね」
と由紀子は言った。
――それも確かに言えるわね――
と感じた。
この時、初めて娘が頼りになると思ったのは、今までは姉がいて、姉を中心に見ていたところがあって、どうしてもその妹は、姉の成長の下にいるという意識を持っているからだったに違いない。
姉の存在が母親にとって大きかったことは妹の由紀子にも分かっていた。
――本当なら、私がお姉さんの代わりに――
と思い、癒しになれればいいという思いで、恭一の意識の回復を待っていた。
すると恭一が目を覚ましたのは、母が仕事に行くといって病院を離れてから、三時間ほどした午後二時頃のことであった。
母と一緒に急いで病院に駆けつけ、医者からショッキングな話を訊かされ、そして、しばらく母と一緒に恭一の意識の回復を待った。気が付けば午前十一時二なっていたのだが、その時間は思っていたよりも早く済んだようだ、
それから、意識不明で寝込んでいる恭一と、それをじっと見守る由紀子だけの時間、その時間、由紀子は姉のことを思い出していた。
姉は由紀子にとって、ある程度絶対的とも言える存在だった。両親もその期待をすべて姉に注いでいたと言ってもいいほど、かなりの期待をしていた。普通ならそこまで期待されれば、反抗期に少しはグレてみたりするのだろうが、姉にはそんなことはなかった。いつでも落ち着いていて、長女の風格が醸し出されていたのだ。
妹としては、そんな姉に嫉妬しないわけではなかったが、逆に気が楽でもあった。両親の期待が姉に向いている分、こちらを向いてくれないことに寂しさはあったが、それも総学生の頃までだった。
中学生になった頃には、プレッシャーがないことが、これほど気楽にしてくれるのかを思い知ったのは、思春期を迎えていたからであろうか、
両親が姉に何をどのように期待していたのか、具体的には分からない。ただ、姉が交通事故で死ぬまでは、少なくとも両親の期待を裏切るようなことは一度もなかったはずだし、両親も満足していたことだろう。だからこそ、交通事故で負傷した恭一を息子同様に思っているに違いなかった。
「あの娘がいない分、せめて私たちが恭一さんを見てあげないと」
という気持ちなのに違いない。
由紀子が思い出していたのは、姉が恭一を紹介してくれた時のことだった。
「今日、お姉ちゃんが夕食をごちそうしてあげるから、何が食べたい?」
というので、
「じゃあ、ステーキ」
というと、ニッコリと笑って、
「いいわよ、じゃあ、予約入れておくね」
と言って、その日は、朝別れたのだった、
まだ大学生だった由紀子だったので、社会人の姉に何かいいことでもあったんだろうと思い、一緒に喜びを分かち合うつもりであったが、まさか、それが付き合っている人を合わせてくれることになるとは、思ってもいなかった。
姉は、気さくで誰にでも好かれるタイプだったことで、彼氏くらいはいるだろうと思っていたので、彼氏を紹介してくれることに関しては驚きはなかった。
ただ、ビックリしたのは、その男性が自分の好みとピッタリ一緒だったことにだった。
「同じ好みを持っている」
ということで、嫉妬しそうな気もしたのだが、なぜか、嫉妬という感じはなかった。
相手は何しろ姉の恋人なのである。そう思うと、別に嫉妬という感覚はなかった。どちらかというと、
「新しいお兄ちゃんができた」
という感覚の方が強かった。
実際に、彼氏として連れてきた恭一は、満面の笑みを浮かべて、目の前に鎮座していた。そこにドキッとした女性としての感覚よりも、兄を慕う気持ちがあるのは、子供の頃からお兄ちゃんがほしかったという意識を思い出したからなのかも知れない。
自殺の果てに
姉は由紀子へ彼を合わせることにかなりの緊張感を持っていたようだ。その後、両親に合わせる時の方がまだマシだったようで、緊張感で胸も張り裂けそうな恭一を慰め、叱咤激励しているくらいだった。
「由紀子がいてくれて、本当に助かった。お姉ちゃんにとっての由紀子は、本当にいないと困る存在なのよ」
と言ってくれた。
これは、
「かけがえのない存在」
と言われるよりも、より一層リアルな感じがした。
かけがえのないという表現が、あざといというよりも、漠然として感じたからであって、困るというのは、切羽詰まっている時に使う言葉だと考えれば、姉のセリフはどれほど自分を鼓舞してくれるものなのか、考えるのだった。
その時のことを思い出していると、目の前の恭一が、
「うーん」
と言ったのが聞こえ、我に返った。
目の前で男性が覚醒するところを今まで見たことがなかった由紀子は、目覚めていく彼に集中していた。少し表情が歪んでいるが、これは誰でも目が覚める時に見せる表情だと分かったので、頭痛から来るものではなかった。
ただ、次の瞬間、カッと見開いた目が由紀子を捉えた気がしたので、思わず後ずさりした由紀子だったが、、すぐに目をつぶり、再度開いた目は、いつもの優しい恭一だった。
「目が覚めましたか?」
というと、優しそうな顔でいながら、こちらを見る目は眩しそうだった。
「唯子。僕はどうしたんだい?」
というではないか。
唯子というのは姉の名前で、由紀子と唯子はあまり似ているわけではないのに、姉と間違えるということは、まだハッキリと目が見えていないということか、意識の方も記憶同様にハッキリとしていないようで、目の前にいるのが姉だと信じて疑う様子はなかった。
これにはさすがに由紀子も戸惑った。
――お医者さんからは、ショックを与えてはいけないと言われているので、ここでいきなり自分が姉ではないと告げるとどうなることか――
と思い、自分が妹であることをいうのを思いとどまった。
作品名:血の繋がりのない義姉弟と義兄妹 作家名:森本晃次