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血の繋がりのない義姉弟と義兄妹

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 自分がどうして断ったのか、両親には分からないだろう。まさか妹が姉の恋人だった男性を、男として意識しているなどということを知れば、どう思うだろう。きっと由紀子に対して、
「やめなさい」
 というに違いない。
 姉が死んだことで姉の恋人を取るというのは、あまりにも罪作りなことだと思うのではないだろうか。
 姉に対しての罪作り、そうして姉の彼氏を奪うという妹の姉に対して、そして彼に対しても罪を受けるという気持ち、さらに彼も同じ思いを抱くことであろう。
 しかも、今の恭一は、かなりのショックを帯びていることだろう。
 寂しさもかなりのものかも知れない。
 ひょっとすると、その寂しさに負けて、由紀子のことを好きになってくれるかも知れない。しかし、それはあくまでも寂しさからくるものであり、恭一にもそのうちに気づくのではないだろうか。
 そう思うと、気が付いた時には抜けられない思いを抱いてしまうことになる恭一は、その時初めて姉に対しての呪縛に気づくのかも知れない。
――死んでもなお、自分に呪縛を与えている――
 ともし恭一が思ったとすれば、その憤りは死んだ姉に向けられる。
 それは、妹としてしてはいけないことであり、由紀子として、まったく望んでいないことであった。
 由紀子は、その呪縛を考えていた。
 死んでしまった姉のイメージは、白ヘビのイメージであった。呪縛を掛けるには、十分なイメージを与えてくれるのではないだろうか。
 白ヘビは、白装束を来た女性の吹く、横笛によって、操られている。その女性は平安時代の女性のイメージで、傘を被ったその上から白いベールをかぶっていて、顔が見えないのだ。
 少女のように小柄で見の軽い様子に、由紀子はその白装束の女性を、まるで自分のように感じるのだった。
 しかし、呪縛を掛けられた恭一が、一世一代の力でもって、その呪縛を払いのけると、目の前に現れた女性は、姉だったのだ。
「見たな」
 と言わんばかりに口をカッと開いて襲い掛かってくる。
 その時そばにいた白ヘビが恭一の身体にしがみつき、身体を引きちぎらんばかりの力で締め付ける。
 もがき苦しむ姿を見て、白装束の女に化けた姉はその様子を見て、笑っているだけだった。
 恭一の断末魔の形相を見ながら、姉は何を思っているのか、あの時、どうして一緒に死んでくれなかったことを悔やんでいるのか。一人生き残った恭一に迫っている妹の由紀子を呪っているかのように、その思いが、恭一に注がれているのだ。どう助けていいのか分からずに立ち竦んでいると、夢から覚めたのだった。
 ちょうどその日、偽善中、家に病院から電話があった。恭一のことらしいのだが、恭一にはなかなか連絡先のつく近くの親類もなければ、親しい人もいない。緊急連絡先として登録してあったのが、婚約者となるはずだった家族のところだった。
「もしもし、すみません。K大病院ですが、綾羅木さんのお宅でしょうか?」
 と、少し慌てた様子であった。
 ちょうど、母親は洗濯物を干すのにベランダに出ていて室内にいたのが由紀子だけだったので、電話が鳴ったのを聞いて、受話器を挙げた。
「はい、そうですが」
 と少し怯え気味で由紀子が答えると、
「実は入院中の坂出さんなんですが、急変しまして、今緊急に手術を行う予定になっておりますので、ご連絡をと思いまして」
 というではないか、ビックリした由紀子は、
「そ、それで容体の方は大丈夫なんですか?」
 と言っているところへ、母親がベランダから電話に気付いて入ってきたところだったのだが、その声を聴いてただ事ではないことに気づくと、
「由紀子、いいからお母さんに替わりなさい」
 と言われ、なかば強引に受話器を奪われる形で、母親が電話に出た。
「お電話変わりました。綾羅木の家内です」
 というと、受話器からたぶん、今と同じ内容の話をしたのだろう。
「どういうことですか? どういう状態なんですか?」
 と由紀子とほぼ変わらぬ内容の話をした。
 相手は、母親にきっと落ち着いて話したのだろう。母親も落ち着きを取り戻し、時々ではあるが、
「はい、はい」
 と、頷いている。
 さすがは、病院の事務員だけにこういう時は落ち着いているものだ。それにしても急変とはどういうことだろう?
「はい、わかりました。それでは今からすぐ伺います」
 と言って受話器を下ろした。
「どういうことなの?」
 と母親に訊きただしたが、
「詳しいことは病院に行かないと分からないわ。とにかく緊急オペになるそうなので、承認と立ち合いが必要だそうなのよ。お母さん行ってくる」
 というので、
「私も行っていいかしら? 最初に電話を取ったのは私なんだから」
 と言って母親を見つめたが、母親もそれもそうだと思ったのか、
「分かったわ。あなたもいらっしゃい。すぐに支度をして」
 と言って、母親も支度を急いで、ある程度まできたところで、
「あなたはタクシーを呼んでくれるかしら? 私はお父さんに連絡するから」
 と、いつになく低い声で指示してくる。
 これほど緊急時に母親が落ち着いているのを見ると、頼もしいくらいだ。それを見ていると、由紀子は、
――自分にも母親の血が流れているんだから、これくらいに、緊急時には落ち着いていられるかも知れないわ――
 と感じた。
 由紀子がタクシーを手配するのは慣れていた。これはもっとも、大学の時に皆でどこかに遊びに行ったりする時に、タクシー手配を何度か頼まれたことがあったからだ。その時のことが、今役立つとは由紀子も思っていなかった。
 母親も、落ち着いてタクシーの手配をする娘を見て、
――意外とこの子も冷静沈着なのかも知れないわ――
 と思ったのではないだろうか。
 由紀子がタクシーを手配している間に父親に連絡した母親は。思ったよりも電話を切るのが早かった。母親の性格だから、きっと急いでいる時は、相手に質問の時間を与えないように分かっていることを一気にまくし立てたのかも知れない。これだけ落ち着いている人であれば、それくらいのことはすぐに思いつくはずだからである。
 病院の入院受付に行って、
「坂出俊一の関係者の者ですが、連絡を貰って、駆けつけてきたんですが」
 と母親がいうと、最初は笑顔だった受付の人も、真剣な顔になり、
「少々お待ちください。医局にお繋ぎいたします」
 と言って、すぐに相手が出ると。
「坂出俊一様のことで、来られていますが」
 というと、
「分かりました」
 と言って電話を切り、
「少しお待ちください、主治医の岡崎教授がいらっしゃいます」
 と言っていると、その喉の乾かぬうちに、早歩きで、白衣の中年男性の後ろに助手のような若い男が従ってやってきた。
「これは綾羅木さんですね。わざわざおいでいただき恐縮です」
 と言って、ロビーに案内された。そのうちの奥にある全面ガラス張りのビューとなった場所の四人掛けのテーブルに座り、話をしてくれた。
「実は、坂出さん、自殺を図ったんです」
「えっ、自殺ですか?」