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血の繋がりのない義姉弟と義兄妹

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 と、山田刑事が声を掛けた。
「はい、そうです。私が柏木加奈子です」
 と答えた。
「さっそくですが、いろいろお話をお聞かせください。加奈子さんは、被害者である弟の浩平君とは血の繋がりがないと伺いましたが、本当でしょうか?」
 と聞かれ、別に動揺する様子もなく、
「ええ、その通りです。弟は連れ子だったので、血の繋がりはありません。しかも年も離れているので、弟というよりも、甥っ子のような気持ちが最初は強かったんですよ。だから、弟がまだ小さい頃、私も小学生だったんだけど、子守りのようなこともしていましたね。本当に可愛かったんですが、私も高校を卒業して大学生になると、弟も中学生になり、思春期を迎えたんです。私は思春期に異性を好きになったり、意識したりすることはあまりなかったんですが、結構告白なんかもされたりしていたんです。そのたびに興味がないと言って断ってきたんですが、そのせいもあって、高校時代には、同性からも異性からも嫌われていました。だから、自分の味方は弟しかいないんじゃないかと思うようになってしまったんです。それで私は弟を慕うような目をしてしまったのが災いしたのか、浩平は私のことを女として見るようになったんじゃないかと思うんです。血がつながっていないということを私も浩平も知っていますから、浩平にとって障害は何もないと思っていたのでしょうが、私が浩平のそんな気持ちに違和感を持ったんです。それで義姉弟の間がとたんにぎこちなくなってしまって、私は弟から距離を置くようになりました。でも、弟はそんな私の気持ちを知ってか知らずか、私が離れていくのを余計にたまらない気持ちになったようで、どんどん接近しようとしてくるんです。やはり、今が思春期の真っ只中とでもいえばいいのか、私は、彼の前からしばらく隠れていることに決めたんです」
 と、加奈子は話した。
「それで旅行に出られたんですね?」
「ええ、そうです。ちょうど大学に入ってから始めた油絵を、いつか書く旅に出たいと思っていましたので、絵の道具を手に持って、旅行に出かけようと思ったんです。ペンションを渡り歩いて、描きたい景色を見つけたら、しばらくそこに逗留するつもりでした。ちょうどここのペンションが私は気に入ったのもあって、ペンションのまわりをいろいろ散策していると、絶好の写生スポットを見つけました。それでしばらく逗留することにしたんです」
 と加奈子は言った。
「ここに辿り着くまでにも、いろいろ回られたんですか?」
「ええ、何か所かいたことがありました。それなりに絵を描きたいと思う場所もあったので、そこでも数日、絵を描いて過ごしました。でも、ここで感じた感動ほどではなく、今までは旅の途中というだけでしかありませんでした」
「じゃあ、ここには、今までに感じたことのない何かを見つけられたんですか?」
 という山田刑事の質問に、加奈子は少し苦笑いをしながら、
「見つけたというんでしょうか? 見なくてもいいものがあることを見つけたとでもいいましょうか」
 といい、
「何か禅問答のようですね?」
 という山田刑事も苦笑いをするしかない返事をさせてしまったのだ。
 これは、前述の恭一との会話をご存じの読者諸君であれば分かってくれることなのかも知れないが、
「絵を描くというのは、目の前のものを充実に描くだけではなく、笑楽できるところは大胆に省略するものだ」
 と言っていたことを示しているのだった。
 さすがに刑事にそんな話をしても分かってくれるはずもなく、しょせんは、事件に関係のあること以外は、聞き飛ばすという加奈子とは逆の発想を持っているので、刑事たちとは平行線でしかないと思ったのだ。
 刑事の場合は情報を集める時に、最初から取捨選択をするが、加奈子のように絵描きというのは、すべての情報を与えられ、その中から必要のないものを省いていくという意味での減算法である。刑事たちのように、
「推理を組み立てる」
 という加算法ではないのだ。
 それを思うと、なかなか自分と同じ考えを分かってくれる人というのは少ないのだと感じる加奈子だった。
 さすがに加奈子の言いたいことが刑事に分かるはずもなく、何か不思議な言い回しだということを感じながらも二人は、そこで話をスルーした。
「弟さんが訪ねてきた時は、どう感じました?」
 と、今度は坂口警部補が訊いた。
「それは、ビックリしましたね。そこまで私のことを思ってくれていたのかという意味でですね」
「じゃあ、嬉しかったと判断すればいいんですか?」
「ええ、正直、素直な気持ちで嬉しかったと思いました。嬉しくもあり、何か複雑な気持ちもありです」
 と加奈子がいうと、
「複雑というのは、嬉しさとは反対と意味だと解釈すればよろしいのでしょうか?」
 と挑戦的な言い方をした坂口警部補だった。
「ええ、それで結構だと思います。でも私の中で、それが果たして言葉にできることなのかという考えが浮かびましたので、複雑だという表現をさせていただきました。だから、複雑というのは、本当に複雑という意味で、曖昧な感覚でもあるということだとお考え下さい」
 と、加奈子は少し悲しそうな表情をしながら話した。
「浩平君は家ではどういう感じなんですか? いつもお姉ちゃんに甘えている感じなんですか?」
 と、今度は山田刑事が訊ねた。
「ええ、そうですね。普段は甘えてきます。でも、私が大学生になって弟が中学生になってから少し違ってきたような気がします」
「それは弟が中学生という思春期を迎えたからということでですか?」
 と山田刑事が聞くと、
「そうじゃありません。私が大学生になったからだと思います。もっと厳密にいえば、私が絵を描くようになったからと言った方がいいかも知れませんね」
「絵を描くようになって? それはまたどういう感覚なんでしょう?」
 という山田刑事に対して、
「私が大学に入学してからというのも、別に弟は様子が変わった感じがしませんでした。弟が中学生になってから、思春期を迎えた時期は、私から見れば分かっている気がしました。でも、弟が私を見る目を変えたのは、思春期に入ってすぐではなく、私が絵を描き始めてから少ししてのことなんです。あれは、一度弟が、私に絵のモデルになってあげようかと言ってきたので、お願いしたんですけども、その絵が完成したのを見てから、弟の感情が変わったかのように思えてきたんですよ」
 と、加奈子は言った。
「浩平君が自分から言い出して、弟をモデルにして絵を描いたんですね? その絵は完成したんですか?」
「ええ、完成して、弟にあげました。弟は喜んでくれたんですけど、ある日のこと、弟の部屋に入ってから、ビックルしたんですが、私が描いた弟の顔に、バツを書いたようにナイフのようなもので切られていたんです。もちろん、弟がやったんでしょうが、それを見て私は怖くなりました。弟と距離を持たなければいけないという気持ちが真剣身を帯びてきたのが、この時だったんですよ」
 というではないか。
「お互いに、何かすれ違いのようなものがあったんでしょうかね?」
 という山田刑事に、