血の繋がりのない義姉弟と義兄妹
「分かりません、ただ、私はその切り刻まれているその絵を見た時、怖くはなりましたが、逆の意味で、絵に対して挑戦的な気持ちになったのも事実なんです。だから弟の前から姿を消すという目的だけではなく、絵を描きたいという思いから、今回のペンション巡りを始めたんですよ」
と加奈子は答えた。
「それで、ここで坂出さんとお知り合いになられたわけですね?」
「ええ、そうです。あの方はもうお話をお聞き化と存じますが、今までにいろいろな経験をされて、苦しんでこられた。記憶の欠落もあったりして、しかも、境遇のようなものが私に似ているところがあったものですから、お互いに他人に思えなくなって、いろいろ相談に乗ったり、乗ってもらったりしていたわけです」
加奈子はそういうと、ふっと溜息をついていた。
加奈子が何を言いたいのかまではさすがに刑事たちには分からなかったが、絵を描くことに感じて、人並みならぬ意識を、加奈子が持っているということは分かった気がした。
「絵というものと、省略というものの間にあるものが、今回の事件に関係しているんだろうか?」
と、漠然と考えている山田刑事だった。
次の日、被害者のものが恭一の荷物から見つかった。このことが今後の事件捜査に大きな影響を与えることになった。
見つかったものは、被害者が身に着けているもので、恭一の荷物の中から見つかったという。
しかも、それは恭一が自ら差し出したもので、少し厳しい取り調べを行うと、犯行を白状したという。
「はい、私がやりました」
「動機は?」
「加奈子さんのことが気になってしまい、加奈子さんのモノなら何でもいいと思って、筆を盗んだんですが、それがどうやら恭一君のものだったようで、それを指摘されて、、加奈子さんにバレるのが怖かったので、思わず殴ってしまいました」
と言った、
だが、それから二日後、回復した浩平から証言が訊けた。
「ええ、僕の筆をあの人が持って行ったので、脅してやったんですよ。すると、あの人は姉に言われるのが怖いと言って土下座するんですよね。みっともないったらありやしない。だから、あの人が僕を後ろから襲うということはできないと思うんです。僕が死んでしまったら、何もかもおしまいだって言ってましたからね」
と言っていた。
犯人は自分が犯人だといい、被害者は、犯人と思しき相手をかばっているかのようだった。
恭一は、荷物を盗んだのは由紀子だと思った。由紀子であれば、浩平に命じて、加奈子の持ち物を持ち出せるからだ。だが、その時、由紀子が浩平から、加奈子への恭一の脅迫を知ったのだ。もちろん、脅迫などはなかった。しかし問題なのは由紀子がそれを信じてしまったことだ。由紀子に疑われたというよりも、信じてもらえないと言った方が一番適格な話で、辛いことでもあった。
そのことが、さらに由紀子に追い打ちをかける。浩平が由紀子を脅迫してきたのだ。だから、排除のために、由紀子が浩平を殺そうとしたのだと思い、その罪を被ろうとしたのではないかという推理もあった。
だが、もう一つの推理として、そのヒントになったのが、加奈子の言っていた。
「大胆な省略」
という画家としての考え方であった。
加奈子は絶えず、弟の存在を疎ましく思っていて、いつかは排除したいと思っていた。ちょうどそんな時に知り合ったのが、恭一で、恭一に罪をかぶせることで、浩平を大胆に省略しようとしたのではないかという考えだ。
「一種の粛清のようなもの」
と言ってもいいだろう。
どちらにしても。誰が犯人にしても、恭一は犯人ではない。それは浩平が気が付いてからの証言が物語っている。
浩平は目が覚めてからの意識が曖昧だった。まるで一部の記憶がなかったようにである。
「一部の記憶が欠落した患者?」
浩平の後遺症を考慮した最初に運び込まれた病院の医者が先輩であり尊敬している先生に彼を預けることにした。
「K大学の教授。岡崎教授」
である。
それからしばらくして犯人が捕まった。加奈子であった――。
「加奈子は由紀子であり、恭一が浩平のようなものだと言ってもいいのかな?」
とそんな言葉が、山田刑事から聞こえてくるかのようだった……。
( 完 )
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作品名:血の繋がりのない義姉弟と義兄妹 作家名:森本晃次