血の繋がりのない義姉弟と義兄妹
「ええ、私と浩平君には、共通点があると思ったんです。その共通点が、血の繋がっていない兄弟を探しているという共通点ですね。血の繋がりのない兄弟というのが、相手が異性だとすれば、きっとどちらかは、血の繋がりがないということの本当の意味に気付いて、それで悩むことになると思うんですよ、しかも、その思いは相手にも伝わるようで、その伝わった思いが相手を苦しめるということに、私も浩平君も分かっているんです。浩平君のような中学生が分かっているというのはすごいと思いましたが、でも相手を追い詰めているかも知れないと思いながらも、苦しんでいる相手が自分の苗から姿を消したら、相手の気持ちを本当なら思い図って、探さないようにするのが、本当なのかも知れないんですが、どうしてもそうはいかないんです。それはきっと、今まで血の繋がりはなくとも、相手を兄弟だと思っていた自分がいるのと、言づいてしまったことで相手を追い求める自分がいることで、どうしようもないジレンマが襲ってくるんですよ。だから、いても経ってもいられなくなって、相手を求めて行動してしまう。私と浩平君が知り合ったのも、恭一さんと浩平君のお姉ちゃんが同じペンションにいたというのも、私の中では偶然ではあるけど、それだけでは説明できない何かがあるとすら考えているくらいなんです」
と説明した。
「なるほど、由紀子さんの考え方はよくわかりました。恭一さんは、やはりあなたにとってはかけがえのない人なんですね? だからこそ、追いかけてしまう。その気持ちはきっと浩平君も同じではないかとお思いなんでしょうね。分かりました。貴重なご意見、ありがとうございます」
と刑事は答えた。
由紀子は、他にも、二、三の質問を受けたが、形式的な質問であり、別に大きな問題とも思えなかった。
ただ、由紀子は刑事の質問に何か、挑戦的なものがあることに気づいたが、それが自分に対してのものではないと、直感した。最初はホッとしたのだが、次の瞬間、言い知れぬ不安が襲ってきた。
――ということは、刑事が疑っているのは、私ということではなく、恭一さんということになるのかしら?
と思えたからだ。
なぜ刑事が恭一のことを疑うのか分からなかったが、恭一は自殺未遂の経験があり、しかも失踪中である。自殺未遂の時の後遺症も残っている。それを考えると、どうもそのあたりを刑事は不審に思っているのかも知れない。
由紀子は、さっきの自分の話が恭一を追い詰めることになりはしないか怖かった。少なくとも次に何か聞かれた時は、恭一のことを考えながら話さなければいけないと思うのだった。
その日はとりあえず、そこまでの話で終わった。もっとも最後に、管理人負債の話も聞かれたが、そこではこれと言った話もなかったのである。その間に届いた情報によると、
「浩平少年の命には別条ないが、安静を必要とするので、少しの間は集中治療室で精密検査を行うということ、そして、その間の付き添いは加奈子が行うということで、翌日、加奈子には事情聴取を行うが、浩平少年の事情聴取は、医者の許可が出るまでは難しいだろう。できるとしても、まだ数日は無理だろう」
ということであった。
警察の印象としては、
「どうも、怪しいとすれば、坂出恭一の行動が私は気になるかな?」
と山田刑事が言った。
それを聞いていた坂口警部補は、
「俺は、綾羅木由紀子の方が怪しい気がするんだ。動機という点で考えると、由紀子の方が強い気がするんだよな」
というと、
「動機という点でいくと、坂出も怪しいですよ。もし、坂出が加奈子を気になっていたとすれば、弟が現れて、浩平から姉の何か諦めざるおえないような話を訊かされたとすると、そのことに対してのジレンマから、浩平を殺そうとするかも知れないじゃないですか」
と山田刑事は言った。
「だけどな、坂出には、婚約者を交通事故で亡くしていて、さらに自殺歴、そして今回の失踪事件と、いろいろなことを引き起こしているんだ。何か彼の中で鬱積したものがあったとして、いまさら、殺人を犯すようなことをするだろうか? そちらの方が不自然な気がするんだ」
というのが坂口警部補の意見であった。
「じゃあ、由紀子が怪しいという根拠は?」
「由紀子には、坂出に対する女としての意識があった。加奈子に嫉妬したという気持ちが一番一般的なのかも知れないが、そうであれば、浩平が殺されかけたのは、辻褄が合わない。だが、由紀子が浩平の気持ちを操作する形で、姉を説得しようと心居たとすれば、浩平は由紀子に操られたということになる。浩平のような少年が、慕っている姉以外の女性のために、いくら姉のためとはいえ、操られたと感じたとすれば、由紀子に対して憎悪の気持ちを持ったとしておかしくないよね。その気持ちをお互いにぶつけ合った時、それぞれに最初は言葉だけ罵りだったものが、次第に相手を攻撃する気持ちになってきたとすると、そこに殺意が芽生えたとしても無理もない。いや、殺意まであったのかどうかは難しいところで、衝動的な行動だったのかも知れないよね」
と坂口警部補は言った。
「じゃあ、あの場面で倒れていたというのは、どういうことでしょうか?」
と山田刑事は言った。
なぜあの場所で被害者が倒れていたのか、それは正直、被害者の意識がハッキリして、供述を取ってみないと何とも言えない。ただの想像でしかないことをあれこれ言ってみても仕方がないが、そもそも今ここで二人の捜査員が話をしていることも、まったくの想像に過ぎないレベルの推理でしかなかった。
「それが、今のところ一番の謎なのだと思うんだけど、供述の中で分かったこととしては、倒れこんでいる被害者より前に最後に見たのは、どうやら、綾羅木由紀子ということになるんだろうね。由紀子は午後十時頃、お風呂に入ってから、戻ってきたところで、ロビーの自動販売機のところにいる浩平を見ている。その時に何かを話したというが、その話はお互いに遭いたいと思って探していた相手に出会えてよかったという話だったらしい。ただ、由紀子の中で、その時に浩平が何となく複雑な表情になったということを言っていたけど、それは後から考えてから思ったことかも知れないと言っているくらいなので、どこまでが本当の意識なのか、由紀子にも分かっていないのかも知れないんだ」
と坂口刑事は言った。
この供述は、皆の話を総合して解釈した時に出てきたのであって、まだ最後の一人である加奈子と、実際の被害者の浩平の供述が取れていない段階なので、あくまでも、今の時点でというだけのことであった。
それともう一つ分かったこととしては、恭一の供述の中にあった岡崎教授に連絡が取れ、彼が言っていた供述を話すと、
「まさに彼の言う通りです」
という答えが返ってきた。
これで、恭一の証言には信憑性があることが証明されたと言ってもいいだろう。
翌日、病院に赴いた山田刑事と坂口警部補は、
「一応集中治療室での安静状態ですが、数日後には事情聴取はできるようになります」
という話を主治医から聴くことができた。
それを聞いた加奈子が、安心しているということは、主治医からも聞かされていた。
「柏木金夫さんですね?」
作品名:血の繋がりのない義姉弟と義兄妹 作家名:森本晃次