血の繋がりのない義姉弟と義兄妹
つい最近、自殺未遂を心似た恭一の顔色は真っ青だった。まだ、記憶がすべて回復していないという後遺症のようなものを抱えているだけに、人が負傷している姿を見るというのは、かなりのショックだったに違いない。
「皆さん、お茶でも飲んでくつろいでください」
と管理人さんがお茶を入れてくれたが、さすがにくつろいでくださいと言われて、
「はい、そうですか」
ともいかず、貰ったお茶を口にするのも、反射的な行動でしかなかった。
救急車にけが人を運び、出発してからすぐ、警察の人が数人入ってきた。
「すみませんが、皆さん捜査にご協力ください」
ということで、事情聴取が行われた。
最初は全体像をつかみたいということが、全員への聴取となったのだが、とりあえず、全体の話としては、前述の状況以外には新たな話が出てくることはなかった。
「じゃあ、個別でお願いしましょうか。それではまず、立花健一郎さんからお願いしましょう。他の方は、申し訳ありませんが、こちらで控えていてください」
と言われ、まずは立花さんの旦那さんが、目下の捜査本部ともいうべき、バーに呼ばれた。
立花夫妻の取り調べは、さほど時間が経っていたわけではない気がした、それぞれに数十分程度のものに感じられた。それが長いのか短いのか、微妙な気もしていた。
次に呼ばれたのは、恭一だった。
「坂出恭一さん。三十七歳。あなたは、かつて交通事故に遭い、婚約者を失ったり、自殺未遂を起こしたりして、実は今も捜索願が出されているようですが、違いますでしょうか?」
と訊かれて、さすがに恐縮しているのか、顔色は青かった。
「ええ、その通りです、最初の事故は本当に不幸な事故だったと思いますが、自殺未遂にしても、失踪してしまったことも、迷惑をおかけした方に対しては申し訳ないことをしたと思っています」
「あなたの立場的にはお気の毒な印象を深く感じますが、私どもは今回の殺人未遂事件の捜査ですので、そのおつもりでお付き合いください。さっそくですが、あなたは被害者が倒れているのを見て、すぐにそれが被害者であると分かりましたか?」
と聞かれ、
「ええ、少年であることは俯せでしたけど分かりました。宿泊者で少年といえば、柏木浩平君しかいませんからね」
「ということは、被害者が浩平君であるということに最初に気付いたのは、坂出さんだったわけですね?」
「あっ、いえ、最初に被害者が倒れているのに気付いたのは、立花さんたち夫婦だったんです。私は奥さんの悲鳴を聞いて、扉を開けた時、初めてそこに死体があるのに気付いたんですよ」
と答えた。
「私が言っているのは、被害者が誰なのかということなんですが、事情から考えるとあなただということになるんですよ。なぜかというと、二階の廊下に被害者は俯せに倒れていた。それを階下から上がってくる途中で、夫婦が見つけたんですよね。つまり目線は二階の廊下の平行線場だったわけです。つまりは、負債が見えたのは、足の先から胴体に掛けてだったので、被害者の顔も見えなかったはずあにですよ」
というと、
「でも、服装だったり雰囲気で分かるかも知れませんよね?」
と答えると、
「なるほど、そうかも知れません。ただ、立花夫妻は二人とも分からなかったと答えているので、やはり最初に気付いたのはあなただということになるんですよ」
「そういうことなら、分かりました」
恭一はそう答えたが、なぜ、最初に被害者を認識したのが誰だということにこだわるのか分からなかった。
「立花夫妻のお話だったんですが、一つ気になることを言われていたんです。それは、恭一さんが最初に飛び出してきた時、すぐに目の前の死体を気にすることなく、階段の方を振り向いたのかということをですね。そして、足元を指摘すると、その時初めて恭一さんが被害者に気づかれたというんですよ。どうにも違和感があるとおっしゃっていましたがその件に関してはいかがでしょう?」
「私が扉を開けたのは、女性の悲鳴が聞こえたからだったんですが、それが階段の方から聞こえた気がしたので、扉を開けて、咄嗟に階段の方を見たんですが、それが何かおかしいですか?」
と、まだ刑事が何をいいたいのか分からなかった。
「普通なら足元に何か転がっていれば、そちらを見るものではないかと思うんですが、違うでしょうか?」
「普通の人ならそうかも知れませんが、私はまだ自殺未遂の後遺症が少しは残っているので、咄嗟のことであれば、そういうこともあるかも知れません。そのあたりの詳しいことでしたら、K大病院の岡崎教授に聞いていただければいいのではないかと思います。岡崎教授が私が自殺未遂とした時の主治医でしたから」
というと、刑事は手帳にそのことを書きこんでいるようだった。
「分かりました。岡崎教授には後ほど、連絡を取ってみます」
と言って、ちょっと間があったが、また刑事の質問があった。
「あなたは、すぐにそれが少年であると分かったようですが、顔は見えたんですか?」
「いいえ、扉というのが、ちょうど階段の方に向かって出ていくような作りになっていますので、立花夫妻の様子は一目稜線で分かったんですが、足元に倒れている浩平君の姿は、下半身くらいまでしか見えませんでした」
「なるほど、分かりました。今のところはそのあたりでいいでしょう。では次に綾羅木由紀子さんを呼んできていただいてよろしいでしょうか?」
「ええ、分かりました」
と言って、恭一は解放された。
次に由紀子が事情聴取を受けることになったのだが、由紀子の方はさすがに女性ということもあり、精神的にもショックが大きいようだった。刑事の前に現れた時は、かなりの憔悴感があるようで、視線も定かではないように見えたので、刑事の方としても、あまり重要な話は聞けないことは覚悟していたようだった。
「綾羅木由紀子さんですね ご足労いただき、恐縮です。さっそくですが、この宿に来るまでに、被害者である浩平少年とは顔見知りだったようですね?」
と訊かれて、
「ええ、私は行方不明になっている恭一さんを探しにペンションを巡っていたんですが、その途中で知り合ったのが、浩平君でした。浩平君の方もお姉さんを探しているということだったので、お互いに同じ目的だということで、連絡先を交換して、情報を訊き合っていたりしたんです。でも、浩平君が恭一さんがここにいるのを教えてくれたんです。でもまさかそこに浩平君が探していたお姉さんまでいるなどという偶然までは想像もつきませんでしたけどね」
と、由紀子は答えた。
「じゃあ、先に浩平君が、二人を見つけたということですね?」
「ええ、浩平君の情報で、私もここに来ました」
「浩平君と、あなたは、仲が良かったんですね?」
作品名:血の繋がりのない義姉弟と義兄妹 作家名:森本晃次