血の繋がりのない義姉弟と義兄妹
由紀子は、加奈子の弟の浩平を知っていると言っていた。どういうことで意気投合したのだろうか?
「由紀子ちゃんは、浩平君と意気投合しているみたいだけど、どんなお話をしたんだい?」
と恭一に訊かれて、
「浩平君はね。見ていると、いつも悩みを持っているように思えてきたのよ。私はいつもお姉ちゃんがいてくれて、お姉ちゃんが私の悩みをよく聞いてくれていたんだけど、やっぱり血の繋がった本当の姉妹だから、分かることってあると思うのよね。でも、浩平君の場合は、お姉ちゃんと血の繋がりもないし、年齢も離れているので、姉弟と言っても、イメージがわかないみたいなのよ。浩平君の方ではお姉ちゃんを慕っているつもりらしいんだけど、お姉ちゃんがだんだん大人になるにつれて、お姉ちゃんがお姉ちゃんではなくなっていくのを感じたんだって。それを聞いていると、自分のことのようで可哀そうに感じられたのね。私は血の繋がった姉妹だけど、でも、今はお姉ちゃんはすでに死んでしまって、同じ土俵にいないわけで、何よりお、二度と会うことはできない関係。浩平の気持ちは、私だから分かってあげられるという気持ちになったのも大きいカモ知れないわ」
と由紀子は言った。
恭一は、加奈子の絵画に対しての話を思い出していた。
「絵を描くということは、目の前にあることを充実に真似るわけではなくて、大胆に省略できるところを見つけることができるかどうかなんだと思う」
と言っていた。
――彼女の、庄らyくできる部分というのは何なんだろう?
とさっき考えていたのだが、それが今では、
「弟の浩平なんじゃないか?」
と感じるようになった。
何かを省略すると言った時の加奈子の表情には、何か遠くを見ているような表情があり、その中にはどこか恍惚の表情にも見えたのだ。
遠くを見つめる表情には不思議なものはなかったが、恍惚な顔には、それがどこから来ているのか、実に興味深かった。それが弟の浩平を見ているのであって。見つめた先の浩平が、加奈子と同じ高さの視線だったことから、
「成長した姿を想像していたんだろうか?」
と感じた。
やはり、加奈子の一番のネックになっているのは、血の繋がりではなく、年の差なのではないかと、加奈子に対して感じた。
では、浩平はどうだろう?
そのあたりは、由紀子の方が分かっているかも知れない。
「その二人の兄弟なんでけどね。弟の浩平から見て、姉の加奈子さんをどう感じているんだろうね?」
「どういうこと?」
「もし、姉弟として違和感を持っているのだとすれば、それは血の繋がりがないことに対してなのか、それとも、年齢の差に対してなのか。もちろん、どちらもなんだろうけど、違和感を持つとすれば、どちらか強い方だと思うんだよ。浩平君はどっちなのかと思ってね」
と恭一は由紀子に聞いてみた。
「私が感じた気持ちだけど、年の差なんじゃないかって思う。血の繋がりなんて、どちらかというと本能的なことでしょう? でも年齢的なことはどうしようもないことであって、それは私が一番身に染みて分かっているつもり。だから、私が浩平を気になったのも、そのあたりにあるのかも知れないし、浩平が私を気にしてくれたのも、私の中に、同じ匂いを感じたからなのかも知れないわ」
というではないか。
――やはり、由紀子も二人の間の年の差を意識していたんだ――
と思うと、同じ考えが頭にあることで嬉しい気持ちになった恭一だった。
それから、この疑問によるものなのかどうか、一つの事件が勃発した。
それは、その日から、翌日に代わる前後くらいに思ったことで、バーによっての帰りに、恭一、由紀子、そして加奈子、浩平のそれぞれの変則義兄弟とは別に、宿泊していた唯一のカップルである立花夫妻が深夜十二時までやっているバーで飲んでの帰りのことだった。
ペンションの宿泊室はすべてが二階にあり、一階にはロビーやバー、食堂があった。つぃまりバーから宿泊室に戻るには階段を利用することになり、階段を上がって一番奥の部屋が、夫婦の部屋となっていた。
部屋に赴くために、腕を組んで階段の手すりを持つ形で二階に上がっていった夫婦だったが、途中で旦那が急に歩を止めて、身体を固くしたのに、奥さんはビックリして、何が起こったのか分からないまま、
「どうしたの?」
と訊いた、
「あ、あれ」
と言って、旦那が腕を組んだ手を離したので、奥さんは階段を二段ほど上がって旦那の視線の先を見ると、そこに向こうを向く形で俯せに倒れている一人の少年の姿を発見したのだ。
「きゃあ」
という声が静かなペンションにこだました。
その声を聴いて最初に飛び出してきたのが、恭一だった。
「どうしたんですか?」
と、最初に声の主の奥さんの方を見て、反射的に叫んだ。
すると奥さんは震える指を突き出して、目の前の廊下に横たわる少年を差したのだ。恭一もそれに気づき、足元を見る。すると、そこに倒れている少年にやって気付いたのだ。
「浩平君」
まさにそこに倒れているのは、疑いようもない、浩平ではないか。
由紀子が、おそるおそる扉の手前から覗き込んでいたが、身体が震えて動くことができない。無理もない話ではあった。ここずっと、姉と恭一が交通事故に遭ったり、恭一の自殺未遂があったりと、不幸なことが多かった由紀子には、衝撃的だったはずだ。しかも、恭一を探すために、一緒になって協力し合おうと話をした相手だけに、ただの他人というわけでもなかった相手である。
二人が精神的にきついと思っているその時、やっと、表の状況に気付いたのか、恭平の部屋の正面から、加奈子が飛び出してきた。
加奈子はすぐに足元を見た。最初から視線が足元にあるのは、女性としては珍しいことではないので、開けた瞬間に、足元に転がっている少年を見て、弟だと認識したに違いない。
加奈子は先の二人が発見した時のような大げさなリアクションはなく、最初に旦那が発見した時のような身体が硬直状態になって、その場を動くことができなかった。
騒ぎを聞きつけたペンションの管理人夫婦が急いで上がってくると。
「落ち着いてください」
と言って、まず旦那さんが幕を見たようだ。
「大丈夫、脈はあります。どうやら頭を殴られて気絶しているようですね。急いで救急車を」
と、奥さんがすぐに一一九番したようだった。
その後すぐに警察にも連絡を入れ、警察もすぐにやってくるということであった。
さすがに、管理人は落ち着いていた。どうやら、以前にも人が殴られた事件があったようで、その時も今回のように助かったということだったが、その時の経験からか、慌てずに今回は処置できたようだ、
「皆さん、とりあえず、現場にはなるべく触らずに、下のロビーに集合していましょう」
と言って、皆がしたのロビーに集合していた。
そのうちに救急車がやってきて、姉の加奈子が付き添って病院に向かったが、他の人たちは、ロビーに集合した。とりあえず命に別条がなければそれに越したことはないのだが、さすがに、誰の顔にも緊張が走っていて、しかも被害者がまだ中学生の少年であるということが、一番の衝撃だった。
作品名:血の繋がりのない義姉弟と義兄妹 作家名:森本晃次