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血の繋がりのない義姉弟と義兄妹

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「私をね、お姉ちゃんの呪縛から解き放ってくれた恩義が、お兄ちゃんにはあるのよ。私はお姉ちゃんを尊敬していた。そして、お姉ちゃんが結婚したいと言って、あなたを紹介してくれた。でも、その時に私は気付いたの。私の好みのタイプの男性があなただってね。それで私は苦しんだ。お姉ちゃんが好きな相手なんだから、諦めるしかないってね。せっかく諦めがついたつもりだったのに、お姉ちゃん、あっけなく死んじゃうんだもん。私とあなたを残してね。だから、また私はあなたへの気持ちが復活してきた。でも、あなたの中にはまだ姉がいた。それであなたは自殺まで図った。そして病院に行った時、医者から、あなたの記憶があいまいだということを聞かされたのよ。で、その時意識を取り戻したあなたが、私を見てなんていったと思う? お姉ちゃんと間違えたのよ。唯子って呼んだの。私はその時、どれだけの屈辱だったか分かる? 必死で自分の気持ちを抑えようとした。何とか抑えることができて、それであなたの気が済モノなら、私はその日はお姉ちゃんを装うこといしたの。でも、あなたが少し眠って目が覚めた時、まったく同じような感覚で私のことを、由紀子と呼んだのよ。私は頭の中が混乱した。混乱したことで何をどうしていいのか分からず、今に至っているのよ。その間、あなたはまったく何も変わっていないような素振りだったのに、急に失踪ななんかして、私にとってあなたは大切な人に変わりはないんだけど、このまま失踪されたままでは、私はどうすることもできない。だからまずはあなたに会う必要が生じたというわけなの」
 と由紀子は言った。
「じゃあ、今僕と出会えてことで、お姉ちゃんの呪縛から解き放たれた気がしているの?」
「そうなのかも知れない。でも、ここに来るまでにある程度呪縛から逃れられている気はしているんだけど、やっぱり、お兄ちゃんの顔を見て確信したの。お礼がいいたいくらいなのよ」
 と由紀子は言った。
 恭一は今の由紀子を見て、正直恐怖を感じている。一人の女の子として見ていたはずの由紀子だったが、まさか、姉の呪縛を引きづっていたなどということは考えてもみなかった。由紀子は話を続ける。
「でもね、私、今度は今までお姉ちゃんにあった呪縛が、お姉ちゃんから他の人に移動しただけではないかと思うようになったのよ」
「えっ?」
 この意外な由紀子の申し出の理由は、
「その相手が、恭一さん、あなたなのよ」
 ということであった。
 その言葉をどのように捉えていいのか、聞くに及ばずの言葉なのかと思ったが、言い出したのは由紀子だ。言いたくて仕方がないはずだと思った。
「どういうことなの?」
「私は正直、今までお姉ちゃんが持っているものを、ほしいとかいう妹にありがちなことを考えたことはなかったの。でもね、今回お兄ちゃんを紹介してもらって、初めて、お姉ちゃんが持っているものを欲しがる妹の気持ちが分かってきた気がしたのね。その気持ちって仲のいい姉妹だったら、絶対にあるものだと思うの。妹は思春期くらいになって、そのことに気づくんだけど、実際には小さなころから姉に対しての憧れから、どうしても本能的に姉のものをほしがるのよね。姉の方でも妹の気持ちが分かっていて、、だけど、どうすることもできないでしょう? 妹が欲しがるものというのは、そんな簡単にあげられるものではないからね。それを思うと、仲のいい姉妹というのは、意外と微妙な関係だって思うの。もっとも、これは兄弟と呼ばれる関係であれば、男も女も関係のないことだと思うのよ。たとえ姉妹で異性であったとしてもね。そういう意味で、私はそんな気持ちに対して晩生だっただけなのよ。思春期の時には出てこない感情に、自分には備わっていないと思っていたんだけど、やっぱりそういうきっかけというのは潜んでいるもので、お兄ちゃんの存在が私のそれまで眠っていた本能に火をつけたのね」
 と、由紀子は言った。
「それはあるのかも知れないけど、今のその気持ちは、初めて姉に感じた年齢がちょうど二十歳過ぎというお付き合いをするのにちょうどの年齢じゃない。姉には彼氏がいるのに、自分にはいないという、一種のないものねだりの感覚とは違うものなんだろうか?」
 と恭一は言った。
「違うもののはずだと思うの。年齢的なものも確かに影響していないとは言えないと思うんだけど、何よりも、姉が持っているものに対しての憧れは、きっとないものねだりの感覚とはちょっと違う気がするの。それはきっと、姉には追い付けないという宿命を感じているからなんじゃないかと思うの」
 と由紀子がいうと、
「それは考えすぎなんじゃないかな?」
 と言い返す。
「そうじゃないの。必死になってお姉ちゃんに追いつこうとして、足元ばかりを見ている感覚って分かる? 必死になって追いついたと思うと、お姉ちゃんはもうすでに、先の方にいるのよ。いくら頑張ってみても、年齢では追いつけない。そんなことは最初から分かっていることだって思うでしょう? でも実際にそのことを実感するのってなかなかないことなのよ。でも、実の姉妹だったら、いつも感じていること、宿命のようなものだと言ってもいいんじゃないかしら? 仲がいいということは、そういう反面もあるということなのよ」
 と由紀子は話した。
 さすがにそれを聞くと恭一は、何も言えなくなってしまった。
 確かに自分の目標とする人に追いつこうとするのは難しい。さらにライバルともなると、追いつくだけではいけないのだ。少しでも相手より先にいっていなければいけない。しかも、それはゴールの時点でである。いくら、途中のすべてでリードしていても、最後のテープを切った瞬間に、相手が前にいれば、自分のまけなのだ。
 相手がライバルの場合は、追いついて追い越すことができる。しかし、姉妹の間柄では、決して自分が姉の立場になることはできないのだ。同じ次元に存在している以上、どうにもならないことである。
 ただ、今回のように、姉が突然死んでしまって、もう同じ次元にはいない。そして、いつか自分は姉よりも、一日ずつ先に進んで行くことになる。姉が生きている時には想像もしなかったことであるが、いかに自分が姉の姿を追い求めていたのかをいまさらながらに知ることになった。
――もう、姉はいない――
 二人の道だと思っていた先に姉がいないというのは、寂しさという言葉では表現できない。
「姉のいないその場所に自分の想像力が及んでもいいのだろうか?」
 そんな思いが頭をよぎるのだった。
「由紀子ちゃんは、どうして僕を追いかけてきてくれたの?」
 と改めて聞くと、
「やっぱり、お姉ちゃんに会えるような気がしたからかな?」
 と先ほどとは少し違った意見になった。
――俺に遭いたいのか、姉に遭いたいのかどっちなんだ?
 と考えたが、要するに、どちらにも会いたかったのだろう、
 三人が揃っていないと見えてこない答えもあるのだろうと、恭一は由紀子を見ながら考えた。

               浩平の思惑

 これ以上、由紀子を追求しても、得られる答えは混乱した中からしか出てこないと考えた恭一は、話題を変えることにした。