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血の繋がりのない義姉弟と義兄妹

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 だが、それを由紀子はきっと嬉しくはないような気がしていた。姉が存命の際は、自分が姉と同じような行動をとることで、悦びを感じるような女の子であったが、姉が他界して一人になったと思うと、今度は姉を飛び越えて、自分が表に出ようとしているのではないだろうか。
 恭一は由紀子に対して、自分の気持ちを表に出したことがあっただろうか? 今までに一度もなかったような気がする。だから、由紀子はそれを分かってるので、由紀子の方お自分の正直な気持ちを決して恭一の前で出そうとはしていないように思えてくるのだった。
 唯子が生きている頃は、由紀子は唯子の、
「コバンザメ」
 のような存在で、一緒にいることで輝いて見えた部分もあった。
 だから、姉を通して、その延長線上でしか見ていなかった由紀子との間に存在していたはずの唯子がいなくなると、由紀子が直接見える反面、その見えている由紀子が自分の妄想ではないかとさえ感じられてしまう。
「直接見えると、眩しすぎるのではないか?」
 と思えたが、そんなことはなかった。
 由紀子の眩しさは、恭一の意識の中で、思うように操ることができるのだ。
 そんな由紀子が恭一を追いかけて、このペンションにやってきたのは、その翌日のことだった。
「すみません、予約していた綾羅木ですが」
 と言って、由紀子が現れたのは、夕方チェックイン時間のすぐあとくらいであった。恭一は加奈子が描いている絵を見ながら、自分も小説を表で書いていたのだが、少しきつくなってきたので、先に宿に帰っていることにした。
「ただいま」
 と言って、玄関先で靴を脱ごうとした時、顔を挙げると、そこにいたのが、由紀子だった。
 由紀子は素早く受付を済ませ、恭一を見た。
 恭一は、思わず、どうしていいのか分からず、逃げ出したい気持ちになったが、懐かしい気持ちには勝てず、笑顔で見上げた。
 由紀子はそんな恭一を見下ろしながら、何かを言いたげにしていたのだが、表情を変えることなく、凝視したままだった。
「お久しぶりね。お兄ちゃん」
 と言われて、恭一は涙が出てくるのを抑えようとはしなかった。
 恭一は由紀子を制して、ロビーの奥にあるバルコニーの席に由紀子を招いた。
「お兄ちゃん」
 という響きをどれほどまでに懐かしく思ったか、好きな相手と何年かぶりに再会した時というのはこんなイメージなのかと考えたほどだった。
「どうしたんだい? 僕を探しに来てくれたのかい?」
 というと、
「ええ、そうよ。お兄ちゃん、いきなりいなくなっちゃうんだもん。ビックリしちゃって、それで探しに行こうって思ったの」
 由紀子は淡々と話し始めた。
――この娘、こんなに淡々と話す人だったっけ?
 と感じたが、久しぶりに逢えたことへの感動が急に冷めて、現実に引き戻されたことで、我に返ったという感覚である。
「でも、よくここが分かったね?」
 と聞くと、
「うん、浩平君が教えてくれたの?」
 というではないか。
 一瞬、
――浩平君って誰だっけ?
 ときょとんとしてしまったが、
――そうだ、加奈子さんの弟の浩平君だ。確か浩平君もお姉さんを探していたということだったんだけど――
 と思った。
「ひょっとして由紀子ちゃんは、お姉ちゃんを探しているという浩平君とそれぞれ、連絡を取り合っていたということなのかい?」
「ええ、そうよ。私は前に泊まっていたペンションで浩平君と知り合って、お互いの話をしたの。そこで、お互いに早く意中の相手を見つけられればいいねということで、情報交換を約束したのよ。でもまさか、二人が探している相手は、偶然にも同じところにいたなんて、世の中って狭いんだわって感じたのよ」
 と、どうにも淡々とした様子で話した。
 いつもと明らかに違うが、その言葉にはいつものような感情が含まれていないのを感じた。
――まるでロボットのようじゃないか――
 と感じたのだ。
 ロボットのようだと感じた理由には、一つ、言葉に抑揚がない。一つ、一言一言の感覚が全くの一定だ。一つ、何よりも感情が籠っていない。
 この思いが恭一を一気に不安にさせた。
――目の前にいる女の子は自分の知っている由紀子ではない。自分が知っている由紀子はどこに行ってしまったのだろうか?
 と感じた。
 ひょっとすると、これが本当の由紀子の姿であり、姉の呪縛から逃れた姿ではないかとまで感じたほどだった。
 由紀子はいつも唯子を見て歩いていた。自分が行う行動にはすべて唯子の感情を思い図ったものだったように思う。普通なら、自分の感情が含まれていないように思えるのだろうが、由紀子の感情は、すべてに、
「姉の唯子ありき」
 だったのではないかと思えた。
 だが、今の由紀子を見ていると、完全に姉の姿は由紀子から見ることができない。
――何が由紀子を変えたのだろう? 少し見ない間に、どうしてしまったというのだろう?
 と考えていた。
 だが、由紀子はその時、ニヤッと笑った。その表情は今までの自分が知っている由紀子ではなかった。
「私がどうして、こんなに変わったのか、お兄ちゃんはそれで戸惑っているんでしょう?」
 その言葉を聞いて、もう狼狽を隠しておく必要などないことに気づき、
「ああ、そうだよ。僕の知っている由紀子ちゃんはなくなっているのが気になってね」
 と少し開き直った、ちょいワルの感じを出しながら逝ってみた。
 すると由紀子は、
「私をこんな風にしちゃったのは、お兄ちゃんだよ。お兄ちゃんは私を二回変えた。きっと二回目しか分からないかも知れないけどね」
「二回目というのは、僕が失踪したということかい?」
「ええ、そうよ。でも、勘違いしないでね。お兄ちゃんを恨んでいるわけじゃないのよ。お兄ちゃんにとっても、しょうがないことだったというのも分かる気がするのよ。でもね、自殺未遂をしておいて、その後の失踪というのは、普通に考えれば、私たちへの裏切り行為だとは思わない?」
 と、一番突かれたくない部分を、抉られた気がした。
「君の言う通りだね。その部分に関しては、言い訳をしても仕方がないと思っている。でも、由紀子ちゃんなら、気持ちを分かってくれると思うんだ」
「ええ、分かっているわ。それにね。私はお兄ちゃんに言い尽くせないだけの恩義を感じているのよ」
 と由紀子は言い出した。
 一体何を言いたいのだろう?
「どういうことなんだい?」