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血の繋がりのない義姉弟と義兄妹

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「なるほど、何となく分かる気はします。絵を描くというのは、必要なものと不必要なものを見分けることができるようになるためのものなのかも知れませんね」
 というと、
「それ以外もあるのでしょうが、そこからが出発だと思うんです。そういう意味では、従順でまるで子供のような人にこそ、絵は掛けるんじゃないかと思うんですが、逆に少しでも邪な感情を持つと、不必要なものが見えなくなる。そのまま成長すると、結局絵が描けなくなると思うんですよ。それほど絵を描くというのは難しいことではないかと思うんですが、どうなんでしょうね?」
 とまた彼女は笑った。
 彼女の笑顔には、天使の笑顔が感じられる。それだけ贔屓目に見ている証拠であろうか……。
 そんな彼女の元に、弟と名乗る少年が訪ねてきたのは、それから四日が経ってのことだった。

               追いかけてきた由紀子

 絵描きであるという彼女の名前は柏木加奈子という。年齢は二十一歳の大学三年生だという。
 最初は大学生だという意識はなく、しっかりして見えたので、唯子と同じくらいなのかと思っていたが、年齢的には、よほど由紀子の方が近いようだ。
 思わず由紀子と加奈子を比較してしまっていたが、どうしても加奈子の方が大人に感じるのは、由紀子に唯子という姉がいて、結構姉に頼っているところが見えていたからなのかも知れない。その点、加奈子はいつも一人で、
「一人が似合う情勢」
 という雰囲気の方が大きかったような気がした。
 だが、今回、
「僕は、柏木加奈子の弟です」
 と言ってやってきたのは、名前を浩平という、まだ十四歳の中学生だった。
「結構、年の離れた弟さんだね?」
 と聞くと、少し話しづらそうにしていたが、何とか口を開いて、
「ええ、母が私の高校生の時に亡くなったんですけど、その後で別の女性と再婚したんです。浩平はその新しいお母さんの連れ子だったんです。だから実際には血の繋がりはないんですが、しっかりしていて、可愛いんですよ。正直、弟はほしいと思っていたので、やっと願いが叶ったという感じですね」
 と、苦笑しながら言った。
 その苦笑は、本当の戸惑いからなのか、照れ隠しからなのか、詳しい事情を知らない恭平には何ともいえなかった。
 由紀子と比較しても、大人びて見えるのは、弟の存在を予感していたからではないかと思った。
 まさかとは思うが、
「記憶の欠落という状況を補うように、予知能力のようなものが生まれたのかも知れない」
 と感じた。
「そもそも予知能力というのは、特殊なものではなく、特殊に思えるのは、あらかじめ定められた人間にしか与えられないもので、それもごく限られた希少な人にしかないものなのではないか」
 と教授が言っていたのを思い出した。
「ひょっとすると、坂出君にも、その能力が備わっているかも知れないと私は思っているので、その時は自分でビックリすることなく対処できればいいと思っているよ」
 と他人事のように言ったが、
「予知能力だけは、その人それぞれに力の度合いが違うので、その存在が分からない段階で、私に何かを言えるだけの根拠はないんだよ」
 と付け加えた。
 恭一はその言葉を思い出すと、
――弟の存在は気のせいであってほしかった――
 と感じている自分がいる。
 それは、加奈子に弟がいるという事実がウソであってほしいというよりも、加奈子に弟がいた場合、何か災いが引き起こされるのではないかと思うのだった。その原因が弟にあるのは間違いないのだが、弟の思いが働いているのかどうか、それによって、自分の恐怖心が明らかに違うものになることを分かっていた。
 しかし、どう考えても弟の存在をいい方には考えることができない。何か災いの元を孕んでいるように思えてならないのだった。
 その証拠に加奈子も弟が現れたことに大きな戸惑いを抱いているではないか。やはり弟の話をして照れ臭そうにしていたわけではなく、戸惑いから言葉が出なかったということは明らかなようだった。
 唯子が妹の由紀子を見るのとではまったく違う。それは血の繋がりがないのに、姉弟であるという事実をまわりは奇妙な関係に見ているからではないかと思えたのだ。
 特に弟の浩平を見ていると、その笑顔やあどけなさの下に、どんな邪悪な気持ちが潜んでいるのかとまで考えさせられるような気がした。
 何ら根拠もないことであるが、屈託のない笑顔であればあるほど、浩平少年の表情は悪魔のごときだった。
 恭一は、浩平少年や加奈子を見ていると、由紀子のことを思い出していた。
「由紀子ちゃんには、悪いことをしたな」
 と思っていた。
 そういえば以前、岡崎教授から、
「坂出君は、綾羅木家の次女のことが気になっているのではないかい?」
 と言われたことがあった。
「ええ、彼女にはいつも気にかけてもらって、気を遣ってくれているのがよく分かるんですよ。それに亡くなった婚約者が可愛がっていた妹でもありますからね」
 というと、
「そういう形式的な意味ではなく、君は彼女を男として気になっているんじゃないかい?」
 と言われた。
 即答はできなかった。何と答えたとしても、教授にはそれを追求する術があるように思えてならなかったからだ。
「でも、どうして教授はそう思うんですか? 僕が由紀子さんを見る目に何かそういう様子があるんでしょうか?」
 と聞いてみたが、
「君の目にあるわけではないんだ。目はむしろ、逆を訴えているように思うんだ。だからきっと他の人出は君が由紀子さんを女性という目で見ているというのが分かる人はいないと思うんだ」
「じゃあ、先生にだけ分かる何かがあるということでしょうか?」
「まあ、そうだね」
 と聞いて、ホッとした気分になった。
 少なくとも他のまったく関係のない人たちから余計な邪推を受けることはなさそうだからだ。
 しかし、教授には何もかも見透かされているようで怖い。普段は分かってもらえていることが安心感につながるのに、由紀子のことに関しては、恐怖を煽られてしまいそうで恐ろしいのだ。
 その時から、由紀子のことを特別な目で見るようになった自分がいることに気づいた。
 今回、失踪という形で姿をくらましたのも、
「由紀子ちゃんには知られたくない」
 という思いがあったからだ。
 下手に知らせてしまうと、必死になって止められるか、
「一緒についていく」
 と言いかねないと思ったからだった。
 どちらかというと由紀子であれば、
「私も一緒についていく」
 という方ではないかと思えた。なぜなら、彼女には姉にはない行動力があるのと、引き留めるよりも一緒に行くことで、より二人きりになれるという気持ちがあったからだろう。
 しかし、そのわりには彼女のことだから、二人きりになると言葉が出てこないような気がした。どちらかというと、話をするのは恭一からの方で、恭一は相手が喋りまくるような相手であれば、何も言わずに従っているが、相手が寡黙だったりすると、自分の方から喋るまくる方だと思っていた。姉の唯子に対してもそうであったように、妹の由紀子に対しても同じだろうと思うのだった。