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短編集118(過去作品)

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 隆信は寂しくなると、その時の彼女の心境を思い出す。自分が悪いわけではないのに、まわりから思われる印象がまったく二分し、さらに、一言で相手の気持ちを変えてしまうという魔力の恐ろしさを思い出していた。
 寂しさが孤独を生み、孤独が苦しみを生んでいる。孤独を感じることがなければ、寂しさが苦しみに変わることもないだろうという考えがあったが、それもただの屁理屈にしか思えなかった。
 だが、寂しさのことでさとみと話をしたことがあったが、同じではないまでも、どこかで割り切らなければいけないという気持ちでは一致していた。
 営業で一緒になった時、ちょうど彼女が寂しさを感じている時期だったようで、普段とは違った雰囲気だった。それが却って隆信には新鮮で、こちらから話をしてあげないといけない気分になっていた。
「僕の大学時代の友達に変なやつがいて、歴史の話が好きだったんだよね」
「はい」
「僕も歴史の話が好きなので、一生懸命に話を聞いているんだけど、どうにも話がかみ合わない。自分で言うのも何だけど、歴史のことは結構本を読んだりして勉強していたので、時代考証にはうるさい方かも知れないね」
「どう違ったんですか?」
「普通に歴史が好きだという程度の人なら分からないかも知れないんだけど、微妙に時代考証が違う。おかしいと思ったんだよ。聞いてみると、自分がやっているゲームのシナリオらしいんだ。そのゲームというのも、どれだけ本当の歴史に近いかということを競い合うものだそうで、ゼミの一環だということなんだ。彼は歴史学が専攻だからね」
 さとみは、
「うんうん」
 とばかりに頷いて聞いている。その表情は興味津々という気持ちをあからさまに表しているように思える。
 隆信は話を続ける。
「指摘しようかどうしようか迷ったんだけど、結局指摘してしまった。だけど、それが功を奏したのか、彼が言うには、僕だから話をしたというんだ。僕が歴史に造詣が深く、きっと矛盾をついてくれることを期待していたらしい。本当に造詣の深い人に指摘されることで、さらに精度の高い話を作り上げられるというんだね。それが彼の最初からの目的だったらしい。その彼とは、実は今でも友達でね。そういうことから本当の友達としての感情も生まれてくるんじゃないかって思うんだ」
 さとみは考え込んでいた。友達にもいろいろな種類がいるんだということを話して、寂しさを一方からだけで見ないようにした方がいいというつもりでの話だったが、彼女に伝わっただろうか。少なくとも考えているということは、伝わっていると思いたい。あまりにも回りくどい話し方なので、考えていないのなら、すぐに話題を変えようとしてもしかるべきだろう。
 歴史の話が好きな連中が友達のまわりにはたくさんいた。
 大学に入って不思議だったのは、友達になろうとする人間はどこか共通点があるもので、隆信の場合は歴史の話だった。
「高校の頃、結構歴史が好きだったんだ」
 と話すと、相手も、
「そうか、じゃあ、幕末なんか結構知っているんだろう?」
 と相手も興奮してくる。
 しかし、隆信は戦国時代や源平合戦の時代は結構知っていても幕末はブラックボックスだった。
「あ、いや」
 その時は何とかごまかしたが、今度からごまかせなくなるのは分かっている。本屋に行って、幕末の入門編とも言える本を買ってきて読みふけったものだったが、いろいろ読んでいるうちに面白くなってくるから不思議だった。戦国時代の面白さとはまた違うリアルな感覚が本を読み進んでいくうちに生まれてくる。それが歴史の醍醐味というものだろう。
 歴史は、時代によって幾層もの学説や研究が生まれている。
――歴史は一つでなければいけない――
 というのが常識のはずなのに、どれもが間違っていないような錯覚に陥ってしまう。歴史に過去があり未来があり、そして現在がある。乱れがあってはいけないはずだ。だからこそ、友達の話の中で少しでもアラを探そうとするならば、難しいことではない。知っている歴史の流れを、話を聞きながら組み立てていけばいいのだから、矛盾を見つけることはできそうだ。
「でも、見つけることができたのも、偶然かも知れないぞ」
 と言われたのが衝撃だった。相手のアラを見つけたのは自分のはずなのに、衝撃を受けたのは指摘した方だというのもおかしなものだ。
――確かに偶然かも知れない――
 と感じたからだ。
 幕末というと暗殺の歴史でもある。
 黒船が浦賀港にやってきてからというもの、国を分割する二大勢力、倒幕派であり、幕府存続派である。
 しかし、その中には攘夷派や外国を受け入れようとする人たちの考え方があいまって、攘夷を唱えながら、外国と手を結ぶという政治的な政策を考えている輩が増えてくる。
 どちらが正しいとは言えないのも歴史である。それ以降の日本の歴史は、強いものが正しいという構図を作り上げ、勉強していくうちに自分もそんな気分にさせられることもないとは言えない。
 日本人は判官びいきだと言われるが果たしてそうだろうか。自分がその立場になっても同じことが言えるだろうか。長いものには巻かれる精神でなければ、激動の時代を生き残れなかった人も数多くいたはずだ。
「武力にものを言わすのはいけないことだけど、どこに正義があるか分からない時代、非難できないこともある」
 忠臣蔵から新撰組に人気はあっても、二・ニ六事件に駆り出された青年将校たちはどうだろう。彼らは歴史が将来答えを出してくれることを信じて死んでいったに違いない。
「以前、ニ・ニ六の映画を見た時のことが忘れられなくて、彼らの夢を見てしまったりすることもあるんだ」
「どんな?」
「最後に歴史が答えを出してくれるというセリフを自分が叫んでいるところだね。兵士を見送りながら自室に篭って銃弾に倒れるシーン、忘れられないよ」
「あなたにも弱いところがあるのね」
 皮肉に聞こえたが、さとみに言われるのであれば、嫌味に聞こえない。
「そうだな。俺はどちらかというと凶暴なところがあると思っているんだ」
 父親の話はさとみにしていた。さとみはその話を頷きながら聞いていたが、聞き終わった後でも表情は変わらなかった。
「男の人も女も、一つくらいは人に言えないトラウマを持っているものなのかも知れないわね」
 と一言呟いた。
「君にもあるのかい?」
「あるかも知れないわよ」
 歪んだ唇に大人のオンナを見た。
 さとみは、隆信にとって実に都合のいい女だった。何を言っても逆らうことはない。もっとも、あまり無理なことを言わないようにしている隆信だったので、従うには問題なかった。
 だが、時々隆信は人が変わったようになることがある。いきなり頭を抱えたかと思うと、持ち上げた顔が真っ赤に染まっているのだ。
「ううう」
 どこからともなく聞こえる呻き声は初めて聞いた人なら、間違いなく怯えるに違いない。
「大丈夫?」
 心配して覗き込もうものなら、余計に隆信を追い詰めてしまうようだ。そのことはさとみにも分かっていた。
 さとみは発作が収まるまで待っていなければならない。それがどんなに長い時間でもである。
作品名:短編集118(過去作品) 作家名:森本晃次