短編集118(過去作品)
中学の頃までを知っている連中から見れば、かなり丸くなったはずではあったが、これ以上は譲れないところが性格にはある。生真面目だと言った友達の家庭は、中学時代まで親の都合で転校を余儀なくされてきた家族の中で育っていた。
「父親からあまり怒られたことはなかったな。自由奔放な家庭に育った証拠さ」
と言われたが、実際には陰があるのを見逃さなかった。
――親の愛情を受けていないのさ――
と言いたげで、その表情は明らかに苦虫を噛み潰したようなものだった。
育った環境が違っていたが、不思議とウマがあった。性格的には彼も生真面目なところがあり、隆信に対して、
「お前は生真面目なところがある」
ということで、自分を戒めていたのかも知れない。
「生真面目さだけは忘れちゃいけないと思ってね」
咄嗟に口から出た言葉だが、その時に答えられる最高の答えだったように今から考えても思えるのだった。
――父親の死――
それは初めて迎える肉親の死だった。
「早すぎるよな」
まわりはそう言ってお悔やみを言ってくれる。確かに年齢的にもまだ五十歳、身体に悪いことをしていたわけでもないのに、何が悪かったのか病死である。
その日から、少し自分の心境に変化が現れたのを隆信は感じていた。具体的なものは何も分からないが、
――父親の気持ちに今ならなれる――
そんな心境だったのだ。
母親は相変わらずだった。父親がいようがいまいが、いつも寡黙でコツコツと家事をこなしている。父親が入院する前はパートにも出ていたので、仕事に出ることへの抵抗はなかった。父がいなくなったというだけで家の中は大きな穴が開いてしまったが、母親を見ている限りでは、
「お父さんがいないだけのことなんだわ」
と、その背中が語っているように思えてならなかった。
隆信は大学進学を選択し、都会の大学に進学した。母親は別に反対することもなく、
「あなたが選んだ道だから」
と言って送り出してくれた。これからは母親一人の生活になるのが気にはなったが、その表情から寂しさなどという言葉はまったく似合うものではなかった。
大学も無事に卒業して入った会社で今までがんばってきた。仕事中心だったこともあって、彼女もできず、それでも満足のいく生活を送っていた。
学生時代には彼女が数人いたが、彼女たちとは、根本的にどこかが違っていた。
「お前は生真面目なところがある」
と言われたのを思い出していた。生真面目な性格のせいか、仲良くなるにつれて、どこかぎこちなくなる。付き合い始めるまでのきっかけ作りはうまかったと自負しているが、どこかからか、ぎこちなくなるのである。
――彼女たちに母親を見ていたのかも知れない――
別にマザコンというわけではないと思うのだが、母親の苦労を見ていることから、あまり軽薄な女性は性に合わない。そんな気持ちが表に出たのだろう。
呼吸困難に陥ったり、手足に痺れを感じるようになるのは、今までに何度かあった。
特に就職してから一人暮らしをするようになって多くなったように思う。一人暮らしをするのが寂しいとは思っていなかったが、ある日突然に寂しさがこみ上げてくることがある。
どうしようもない寂しさに包まれた時、部屋を暗くしたくなってくる。暗くすると、気持ち悪さが襲ってくるのが分かっていたので、ずっと暗くすることへの抵抗があったのだが、アンデルセン童話の「マッチ売りの少女」の逆バージョンを思い浮かべた。
――下手に周りが見えるから余計なことを考えるんだ。何も見えない真っ暗な状態だと、マッチ売りの少女のように、明るいマッチの灯火を見つけることができるかも知れない――
と感じたのだった。
部屋を真っ暗にして、布団に潜りこんでみる。真っ暗な上に密室で、閉所恐怖症、暗所恐怖症の人には耐えられないかも知れない。しかも、空気の出入りがかなり制限される。呼吸困難にも陥るような状況で耐えるのは辛いことだろう。
――苦しければ布団を払いのければいいんだ――
と思ってやってみると、不思議にも息苦しくはない。まわりが真っ暗で何も見えないために、狭さを感じることもなく、次第に苦しい感覚も麻痺してくるようだった。
会社で仕事をしていても、仕事に対しては一生懸命なのだが、ふと息を抜いた時に、
――俺は一体どこで何をしているのだろう――
という、どこかに置き去りにされた感覚に陥ることがある。時計を見ると想像していた時間とはかなりの食い違いがある。思ったよりも時間が長かったこともあれば短かったこともある。その時によってまちまちであった。
そんな時に知り合ったのが工藤さとみだった。
彼女は、まだ隆信が新人の時、学生アルバイトで来てくれていた。主に事務の手伝いをしていたのだが、営業の補佐的な仕事もこなしていて、たまに営業に同行することもあった。
「結構楽しいものですね」
あどけなさが残る顔が満面の笑みに溢れていると、目を逸らすことができなくなってしまうほどだった。
目力が強いという人の話を聞いたことがあったが、ここまで視線を逸らすことができない人に会ったのは初めてだった。一緒に営業でまわる日が来るのをいつも楽しみにしていた。
しかし、残念ながら恋人候補としては見ていなかった。
――これだけの表情をする女性。男が放っておくわけはないよな――
最初からそう考えてしまったことで、彼女は高嶺の花になってしまった。実際に彼女のことを気にしている上司も結構いて、
「工藤さんって、彼氏がいたりするんだろうな」
と、気にはしているが、隆信と同じで自分はダメだろうと逃げ腰になっている。
そんな女性は大学時代にもいた。
ミス・キャンパスに選ばれるような女性で、誰にでも気さくな態度を取るので、
「俺でも彼女と仲良くなれるんだ」
という淡い期待を胸に抱く人も多い。しかし、実際に付き合ってほしいと名乗ると、
「ごめんなさい。タイプじゃないみたい」
断り方は結構きつい。よくよく見てみるときつい表情をしている。そこが魅力なのだろうが、気さくな雰囲気に騙されてしまう。
決して彼女が騙しているわけではない。男たちが勝手に想像して舞い上がっているだけだということは冷静になれば分かることだ。
彼女からしてみれば、きつめの断り方をしないと、相手に余計な思い入れを残してしまえば、ストーカー行為に出られないとも限らない。下手に情を残してはいけないことを、きっと今までの経験から学んだに違いない。
だが、男の中には騙されたと思うやつもいる。
「優しい顔しているくせに、結構きついんだよな。よく見りゃ分かるよ」
という陰口も聞こえてくるくらいだ。
彼女が望んだわけでもないのに、まわりからそんなことを言われるのは、決して本意ではないだろう。気持ちを察することはできる。
――彼女もきっと孤独なんだろうな。気持ちを分かってあげられる男性がいればいいのだが――
とは思っても、決して自分だと思わないところが、隆信らしい。
作品名:短編集118(過去作品) 作家名:森本晃次