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短編集118(過去作品)

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「歴史って、いろいろな見方ができるでしょう? 好きな武将から話題に入るか、それとも時代で切り取ることもできますし、また、事件や戦争から流れを持ってくることもできますよね。そこが楽しいんですよ」
「確かにそうだね。歴史は時間の流れだという考えもできるから、人によって作られるものであっても、どこかに人の手によらないものが介在しているようにも思えますよね」
 歴史上の話というよりも、時間としての区切りに入ってきた。少し科学的な話にも精通してきたようだ。
 太郎も歴史が好きだった。
 太郎は流れという意味での歴史が好きだった。小学生の頃、最初に歴史に触れた時から、何か言い知れぬ不思議なものを感じていた。中学に入って、実際に歴史の流れを時系列で習うことにより、言い知れぬ不思議な思いが少しずつ解凍されていく。何が不思議だったのかさえ、忘れてしまったかのようだった。
 神秘な謎という意味でいけば、宇宙の謎に近いものがある。
 世界観から飛び出した宇宙は、誰も見たことのない世界。だが、宇宙からは誰かが見ているかも知れないと思うと、歴史という時代も同じことだった。
 我々は過去を知っているが、過去の人たちは未来を知らない。まるで宇宙空間から地球を見ている感覚ではないか。
「俺っておかしなことを考えるものだな」
 我ながらおかしな感覚に思わず吹き出してしまいそうになった。
 早苗と話をしていると、自分の歴史観が宇宙に通じていることを思い出した。きっと遠くを見つめるような視線を送ったに違いない。
「どうしたんですか?」
 虚空を見つめていることに気付くと、我に返った。
「いやいや、大丈夫ですよ。つい遠くを見つめていたような気がしてですね」
「歴史のお話になるとそういう人多いと思いますよ。私もその一人でした。まるでビルの屋上から下を覗く感覚ですね」
「というと?」
「高いところから下を見るのと、その人を下から見ているのと、距離感の違いですね」
 下から見上げるよりも、上から見下ろす方が、かなり遠くに感じられる。上から下を見下ろすと豆粒のように見える。なぜなのか分からなかったが、何となく感覚的なものが頭の中にはあった。
「上から見下ろす方が、下の人がまるで豆粒のように見えるんですが、どうしてなんですかね?」
 と聞いてみたが、
「これも私だけの考えかも知れませんが、上から見下ろす方が怖いじゃないですか。下から上に落ちることはないけど、上からは落ちる可能性がある。恐怖心から余計に遠くに見せるのではないですか?」
「なるほど」
 これは太郎の頭の中にある考えとほぼ一緒だった。まったく一緒だとは言いがたいものがあったが、それはきっと、どこまでそれを信じているかという割合の問題なのかも知れない。
「人間というのは、恐怖感や超常現象にはどうしても逆らえないという感覚があるんでしょうね。だから歴史も作られる」
――なるほど、そう来たか――
 思わずほくそ笑みたくなった。
 話が遠回りしたが、またしても歴史観に戻ってくる。
「歴史は繰り返すって言いますよね。どう思いますか?」
 話が一周してきたことで、こんな話題になってしまった。
「私は信じますね。どうしても人間には限界というものがあると思うんですよ。しかも、人間を取り囲んでいるものには必ず周期がある、月が地球の周りを回っているように、そして地球が太陽のまわりを回っているようにですね。一日があって、一ヶ月があって、一年がある。その中に歴史が作られるのだから、繰り返しても何ら不思議はないと思いますよ」
 説得力を感じる。
「実際に歴史を勉強していれば、歴史を繰り返しているって感覚になりますからね」
「そうですね。大きな歴史の節目には、必ず歴史の主人公の考えが見え隠れしています。案外と同じことの繰り返しだと思えることも多いですよ」
「感じることもありますか?」
「ええ、私は大化の改新と、平家の滅亡と、坂本竜馬の暗殺にそれを感じますね」
「なかなか興味深い時代ですね」
「大化の改新で滅亡した蘇我氏も、平家も。坂本竜馬も、すべて海外貿易に精通していたという共通点があるんです。藤原鎌足や、源頼朝、そして、明治維新にいたっても、どこか歴史を遡らせているように思うんですよ。歴史が百年は遡ったといわれる時代ですね」
「そのお話は聞いたことがありますね。本当に面白い発想ですよね。でも歴史を繰り返したからこそ、その時代に重みが出たと思うのは僕だけかな?」
「そんなことはないと思いますよ。皆それぞれに歴史観があっていいのだし、歴史が一本の線に乗ってしまうのも危険な感じがするんですよ」
「歴史学って奥が深いですね」
「はい、もっと勉強しておけばよかったと思います。今からでも遅くはないでしょうが」
「こうやって話をするだけでも楽しいので、僕はそれだけで満足ですよ」
「そうですよね。楽しいお話ができればいいんですよ」
「本もいろいろ出ていますので、時間がある時に歴史の本を読むのも楽しいですよね。有名な武将を追いかけるのもいいけど、僕なら、脇役を勉強したいですね。違った目で歴史が見えてくるように感じますから」
 太郎はそう言ったが、実際には少しニュアンスが違っていた。誰もが歴史の表舞台から入るのだろうが、裏から入ることで、見えてこなかったことが見えてくる。それが他の人との優越感に繋がるのではないかと思う。普段から優越感に浸りたいと思っている太郎は、いつもそればかりを考えていた。
 歴史の話はいつまでも尽きることはない。
 気がつけば、そろそろ閉店時間を迎えようとしていた。この店の閉店時間は午後十時であった。
「今日はどうもありがとうございます。ご馳走様でした」
「いえいえ、気をつけて帰ってくださいね」
 駅まで一緒に行くと、そこからは、お互いに反対方向への電車だった。大きな私鉄の駅なので、特急が停車する。お互いに特急電車に乗り込むことができた。しかも同じ時間にである。
 降りる人も結構いて、まだまだ夜は宵の口に思えてきた。確かに普段はこの時間、何もなければすでに布団の中に潜りこんでいる時間だ。早苗に声を掛けて一緒に喫茶店に入った時間がかなり前だったように思う。あれだけあっという間だったような気がしたのになぜなんだろう?
――布団の中に入っていることを思い出したからかな――
 普段は帰り着いてから、漠然とテレビ番組を見ながら何も考えることなく時間が過ぎていく。時間の感覚を感じることがないといっても過言ではないだろう。
 そういえば、最近疲れやすくなっていることに気づいていた。横になっていると腰が痛くなってくることがあった。
――そんな年でもないのにな――
 毎日を同じリズムで生活していて、しかもそこには変化がない。だが、何も考えていないわけではなく、絶えず頭はいろいろなことを考えている。それは分かっているのだが、考えていることが一段落しないと、何かを考えているという感覚が分からない。その時にはそれまで何を考えていたのか覚えていないのだ。
――考えていることを悟らせない何かが存在しているのかな――
 まるで夢を覚えていない感覚に似ている。何かを考えていること自体が夢なのかも知れないと思えてくるほどだった。
作品名:短編集118(過去作品) 作家名:森本晃次