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短編集118(過去作品)

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 実際に研修期間が終了し、受け持ちの部署に配属されると、確かに自分がやるべき仕事は必ずと言っていいほどあるのである。
 先輩や上司に命令されて行う仕事もあれば、毎日決まった自分の受け持ちの仕事もある。だが、それだけではなく、自分で計画を立てて、自分で行う仕事もあるのだ。そのことに気付くまで数年掛かった。
 それに意づくと、第一線では中心的な立場になっていた。それも至極当然のことで、毎日の仕事に慣れてくると、まず最初に考えることは、
――いかにして楽をするか――
 ということである。
 楽をするということは、手を抜くということでは決してない。
――楽をするためには頭を使わなければならない――
 ということである。
 もっと言えば、自分がキチンと段取りをして、まわりがかに効率よく仕事ができるかということで、効率よく仕事がまわれば、自分の仕事を他人に振ることができる。そうすれば、自分が全体を見渡すことができて、さらに仕事を効率よくすることができるように頭を使うことができるのだ。
 仕事というのはそういうものであろう。学校を卒業する頃、仕事というのは、第一線で受け持ちの役割をひたすら果たすだけというイメージがあったが、実際は違うのだ。自分が会社に慣れていくうちに頭を使うことがどんどん増えてくる。それを考えられるようになってくると、そこからが、自分の本領発揮とでもいうべきであろう。
 考えることには自信があった。ただ、段取りよく考えることは苦手な部分もあり、最初は苦労したものだった。合理的に物事を考えることができるようになりさえすれば、考えることは苦手ではないので、絶対にいいアイデアが生まれるという自負もあった。
 いくつか愛車に対してアイデアも提出したが、そのうち採用されたものもある。まずは勧化手提出することに意義がある。
「横溝君のアイデアはなかなかのものだね。だけど、もう少し実用的なものをたくさん考えることができれば、出世も早いぞ」
 と、課長に言われたものだ。
 課長は今年で四十五歳になる。課長になって三年ということなので、出世が早かった方ではない。年功でなった課長というところだろうか。それを思うと、自分の出世は少なくとも課長よりも早いだろうと感じていた。
 課長と一緒に呑みに行ったこともあるが、課長の話にはあまり一貫性を感じられない。漠然と課をいい方向に向わせたいという気持ちはあるようだが、具体的な案がないのだ。それで、太郎に相談するという意味もあってのお誘いだったが、太郎も誘われて悪い気はしないので、その時はアイデアを惜しげもなく出したものだ。
 さすが課長だけあって、アイデアから纏めるのは得意だった。太郎の案を綺麗に纏めて会社の中での部長会に提出したようで、それが採用されるとプロジェクトチームがさっそく結成された。
 プロジェクトリーダーには、当然課長が選ばれて、課長の人選によって、太郎も抜擢されら。しかも副リーダーとしてである。
「横溝君、頑張っていこう。これからも私にいろいろなアイデアを提供していってほしいんだ」
 と言ってくれた。
 太郎は意気に感じたものだ。
 プロジェクトが結成されてからの太郎の生活は一変した。会社内での目も完全に変わってくる。特に女性社員からの視線が今までにないほどの熱さであることは嬉しかった。それまではどちらかというと目立たないタイプの社員だった。
「横溝さんって、いつも何かを考えているようで、少し気持ち悪いわ」
 という声すら聞かれていたくらいである。気持ち悪がられるというのは決して嬉しいことではない。しかも女性からということは屈辱であった。だが、却って開き直っていたのも事実で、
――どうせ、社内恋愛なんてできるわけではないのだから、嫌われるならとことん嫌われてみたいものだ――
 くらいに考えていた。
 プロジェクトには女の子も選出されている。太郎と同期入社の都築早苗だった。大卒の太郎と違って早苗は商業高校出身なので、年齢的には四つ下であった。それまで意識しないつもりでしてきた間柄だったが、実際に話をしたことはなかった。
――話をしてみたいな――
 と思ってみても、何の話をしていいか分からない。早苗は女性社員の中でも静かな方で、あまり目立たなかった。それは太郎とも共通していて、目立たない者同士が何の会話があるというのだろう。
 プロジェクトで同じになったのも何かの縁だと思っていると、ちょうど一緒に仕事を終えた早苗が会社の玄関から出て行くのが見えた。どうやら駅に向かっているのか、同じ方向だった。
 小走りに近づいてみたが、警戒心がないのか、それとも前しか見ずに歩くのが癖になっているのか、まったく気付く様子もない。
「都築さん」
 ふいに声を掛けられて身構えてしまった早苗は、立ち止まって身体を硬くした。完全に身体が小さくなってしまったかと思えるほど身構えている。
「そんなにビックリしなくてもいいんだよ」
 と声を掛けると、声の主に気がついたのか、安心したかのように後ろを振り返った。
「横溝さん」
「ビックリさせてごめんね。ちょうど同じ帰り道だったからね」
 そう言って、一緒に歩き始める。
「私あまり人と話すのが苦手なので、すみませんでした」
「いやいや、せっかく一緒のプロジェクトになったんだから、これからはいろいろ話すこともあるだろうね。そうだ、今から少し時間があるかい? お茶でも行こう」
 いきなりだったので、きっと断られるだろうと思った。それでも誘ってみたのは、その時に彼女がどのような態度を取るかということに興味があったからだ。
「大丈夫ですよ。ご一緒しましょう」
 その言葉は意外だったが、すぐに喜びに変わった。たまに仕事が終わってから寄る喫茶店に彼女を誘ったのだが、今度は何を話していいのか迷ってしまう。
 喫茶店までは少し距離があったので、その間に考えておかなければならない。お互いに少し無口になっていた。早苗も前ばかり見ていて、何かを考えているようだ。
――ひょっとすると、同じことを考えているのかも知れない――
 と思った。
 考え事をしているとあっという間に時間というのは過ぎるもの。喫茶店に到着すると、中はほとんど客はいなかった。願ったり叶ったりとはこのことだろう。
「いらっしゃい」
 マスターの甲高い声が聞こえる。いつものことなのだが、懐かしさを感じた。それだけ久しぶりだということである。
「ここは僕の馴染みの店なんですよ。最近はご無沙汰だったんですけどね」
「そうなんですか。なかなか気の利いたお店ですわね」
「気に入ってくれたかい?」
「ええ、私も贔屓にしたいくらいですわ」
 まず、取っ掛かりとしてはよかっただろう。会話も弾む予感があった。
 学生時代にはそれなりに友達との間で会話を弾ませることには自信があったが、社会人になってから、しかも相手が女性ともなると、なかなか会話にも自信がない。それでも何か話さなければいけないと思うと言葉が出てこないもので、どうしようかと思っていると早苗の方から話を振ってくれた。
 彼女は商業高校卒業のわりには、歴史に造詣が深いようで、歴史の話になると目を輝かせるようだ。
作品名:短編集118(過去作品) 作家名:森本晃次