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短編集118(過去作品)

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「その彼氏というのが、最初は楽しいお話をしていたんだけど、急に話をしなくなったんです。それって、女の立場からは、なかなか話しかけにくいものだと思うんですよ。でも、まわりの友達に聞くと、会話がないと、それだけ離れていっているということなのよと言われたんですよ。その通りだと思いました。気がついた時には、一番話しかけにくい相手になっていましたね」
 男女が縁あって付き合い始めるというのも運命なら、別れるというのも運命。運命にはその時々でたくさんのターニングポイントがあって、そのポイントを逃さないようにしないといけない。
「でも、病気をしっかり克服できたからよかったじゃないか」
「ええ、先生もまわりの人たちも気を遣ってくださって、今の私があるんです」
「学生時代から今までに、何も考えずに過ごしてくる人もいるだろうし、ずっと悩んでいる人だっている。皆一緒なのかも知れないね」
 恭平も、今まであまり意識していたわけではないと思っていた自分の人生、彼女の話を聞きながら、そして、意見をしながら、自分も結構波乱万丈だったのではないかと思えてくる。
「入院中、最初は何も考えられずに天井ばかり見ていたわ。でも、何も考えていない時の方が、結構いろいろ考えているものなんですね。なかなか時間が経ってくれなかったんですよ」
「時間が経たないということは、その間に何かを考えているからなのかも知れないね」
「ええ、ものすごいスピードで、いろいろなことを考えているみたいで、結局考えが、また同じところに戻ってくるので、何も考えていないように思うんだって、最近になって思うようになりました」
「そういえば、大学時代の宿題で、紙で作った円盤にたくさんの色を塗って、真ん中にゴムか糸を通して、勢いよくその円盤を回せばどうなるかっていうレポート提出があったね。今その話を聞いてそれを思い出したよ」
「ええ、結局真っ白になるんだったですよね。物理学の宿題だったかしら」
「その通り。色は高速で交わると、白く変わるんだよ。これも、考えていることと照らし合わせると面白い気がしてくるね」
 そういうと、聡子は目を輝かせて話に乗ってきた。
 元々聡子は、女性でありながら、科学的な話が大好きな女性で、合理主義者でもあった。中には、
「聡子は女としての可愛げがない」
 と影で話している連中もいたが、女性で科学的な話をできる人はそれだけ勉強しているという努力家でもあり、何にでも興味を示すというポジティブな性格の持ち主でもあることを示している。
「可愛げがない」
 という人は、
「まだまだ、女性は男性よりも劣っている」
 という男尊女卑の考えを持った人に違いない。そんな連中に聡子の批判はしてもらいたくないと心の中で念じていたものだった。
 聡子は男から見ても尊敬に値する女性だった。だが、付き合ってみるとどうなのだろう。女性が男性よりも教養があると、知らず知らずのうちに女性は教養を武器に男性に強い態度に出ることもあるだろう。男性の中で、それを我慢できる人でなければ聡子の相手は務まらないというのも事実に違いない。相手の男性が急に話をしなくなったというのも分からない気がしない。もし恭平が相手の男性の立場だったらどうだったかと、今さらのように考えてしまう。
 男女の関係というのは、実際に付き合ってみないと分からない。
 最近はネットの出会いが増えているという。実際に同僚の中にもネットで知り合って遠距離恋愛の末、結婚したという人の話を聞いたことがあった。
 最初はメールや電話だけで、相手の印象を深め、実際に会う瞬間までが、一番ボルテージが上がった時だったという。
 確かにそうだろう。実際に会って話をすることを前提に話をしているつもりでいると、最初のヤマは出会うところから始まる。最初の出会いでお互いに話していたことがウソでないことが証明されると、気持ちは一気に加速する。その日のうちに身体を重ねることだってありえなくもないだろう。それだけ会う瞬間までの下準備をしてきているつもりだからである。
 だが、逆のことも言える。これが一番ネットでの怖いところになるのだろうが、文字や声で得た相手の印象が、会うことによって、まったく違う印象を受けてしまうことである。印象が違ってしまえば、それまでに話していたことも、すべてがウソだったように思えたとしても仕方がないことで、
「裏切られた」
 とまで感じることもあるだろう。
 それは男にしても女にしても同じことで、その瞬間に、完全に気持ちが覚めてしまう。大抵の場合は、男か女かどちらかが裏切られたと思うもので、相手に、
「印象と違ったみたい。もうこれからは会うこともお話することもありません」
 と告げて去っていく結末である。
 もちろん、相手にとっては青天の霹靂であろう。それまでずっと話をしていたことがウソではないし、会うことでやっと自分のすべてを分かってもらえると思っているはずだから、相手からの一方的な別れを、
――裏切り――
 と受け取ることもあるだろう。
 そうなると、お互いに最悪で、裏切りというキーワードが付きまとった形で別れることになる。憎しみも湧いてくるかも知れないし、ネットでの出会いを二度と求めることもなくなるかも知れない。
 だが、実際には、そっちの例の方が圧倒的に多いと思うのは恭平だけであろうか、いや、他にもいるだろう。それでも、ネットの出会いが一向に減らないのは、それだけ最初の出会いが簡単だからである。相手の顔を見ることもなく、文字で話ができるのだから、そこから実際に出会いが生まれるという気持ちになる前から安易に話ができるのだ。それがネットの魅力であり、魔力である。この場合の魔力は、入り込めばあり地獄が待っていることを示している。
 聡子はネットでの出会いなどは、絶対にしない方だろう。
――石橋を叩いて渡る――
 というタイプなので、なかなか男性と恋愛の話になることもなかったに違いない。それだけに、一度恋愛をして、それがダメになってしまうと、自分の中で気持ちを押し込めようとするのは容易に想像がつく。鬱病にかかってしまったというのも分からないでもない。
「鬱病ってね。掛かる時が分かるみたいなの」
 恭平も病院に行くまでもないが、自分の中で鬱状態になることはあった。身体に変調を起こすことはないのは、
――いつかは必ず元に戻る――
 という自覚があるからだ。しかも、それが周期的なもので、二週間もすれば元に戻るという意識が強いことで、身体に変調を起こさないのだ。
 厳密にいえば、変調はある。色の見え方がある時間帯は鮮明に見えて、ある時間帯はぼやけて見えることも変調と言えるだろうか。夜になると信号の赤い色や青い色が、完全な色にくっきりと見えるのだった。鬱病でない時は、特に青い色が緑に見えたりしていたが、完全に青く見えるのも、夕方の時間帯が、黄色掛かって見えているからかも知れない。
「鬱病に掛かるとどんな風になったの?」
「人によって症状が違うみたいなんだけど、私の場合は、息苦しくなって、胸が締め付けられるようになったのね。呼吸困難に陥って、苦しんでいるのを母親が見つけてくれて、病院へ運んでくれたの」
作品名:短編集118(過去作品) 作家名:森本晃次