間隔がありすぎる連鎖
――あいつをライバルにして、お互い切磋琢磨しながら、この業界を支える二大巨頭の会社の社長として君臨するというのも面白いのかも知れない――
とも思っていた。
兄がそんな風に考えているなど。弟は知っているのだろうか?
いや、弟は弟で兄をしっかりと敬っていた。
それは父親に対しての恩義もあった。さらに、父親の正妻である鮎子夫人にも感謝していた。
普通なら、妾の家族を家に入れるなどというと、正妻のプライドから、嫉妬に燃えて、もし受け入れたとしても、まるで奴隷扱いのような態度を取られても仕方がない。取り巻きの連中だって、正妻の味方であろうから、苛めがあったとすれば、自分たちに勝ち目はまったくなかっただろう。
まるでテレビドラマのような展開にはならなかったことで、哲郎は、社長を始め、奥さん、さらには息子である貞夫に対して、並々ならぬ恩義を感じているのだ。
しかも、兄は、
「お兄ちゃんと言って慕ってくれると嬉しい」
と言ってくれた。
年齢的には二つしか違わないが。哲郎にしてみれば、小さい頃から、
「まるd絵大人と子供」
というような関係であったように思えていた。
兄がサッカーで活躍している時、何をおいても、競技場まで応援に行った。
「病弱だとまわりが思っていたのに、あんなにも躍動するなんて」
と、本当に尊敬を態度で示してくれた兄に、弟は尊敬の念と、親しみをさらに感じるようになった。
だから、
「自分はいくら頑張っても秘書止まり」
という運命を呪うようなことはなかった。
むしろ、その相手が兄のような人であって自分は幸福だとまで思うようになっていたのだ。
最初は、本当に、
「お兄ちゃん」
と呼んでいいのかと思っていた。
子供の頃であれば、それも仕方がないが。どこかのタイミングで、
「貞夫様」
であったり、
「松川様」
と呼ばなければいけないとなると、呼ぶ分にはそれほど抵抗はないのだが、照れ臭さが出るような気がして、それを自分のやっかみであったり、屈辱感から出ているものであるという勘違いをされるのが、一番つらかったのだ。
しかし。貞夫は、
「これからもずっとお兄ちゃんでいいからな。俺も哲郎としか呼ばないから、それでいいよな?」
と言ってくれた。
「うん、そう言ってくれて、本当に嬉しいよ」
と、涙が出るくらい嬉しかった。
二人の異母兄弟はお互い切磋琢磨しながら成長していることを自覚しているようで、それをまわりも分かっているように思えたのだった。
あれは、研修が始まってから八日目くらいのことだっただろうか? 二人が研修を行っているK支店で最後まで仕事をしているのは、総務部の木下課長だった。木下氏は、ほぼ毎回最後になり、カギを閉めて帰る。営業社員が最後に帰社してからの清算をその日のうちに終えるためだった。
社長からは、定時までに帰社できない営業の清算は、翌日回しでもいいというお達しが出ていたが、昔気質でキチっとしていないと気が済まない木下氏は、自分の仕事もあることから、最後の営業社員を待っていた。社長とすれば、なるべくブラックにならないように、社員の残業を減らしたいと思っていたのだが、まだまだ残業をする社員も残っているようで、社長もそのことは気にしていた。
木下課長は今年、四十歳になったあたりで、自分くらいの年齢の社員が、現場を動かしているという意識を持っていることで、朝は一番に出社し、帰りも一番最後にカギを閉めるということに、一種の誇りのようなものを持っていたようだ。
仕事を終えてから、社員駐車場までは、今利用している倉庫の向こうにある、初代の本部が使っていたプレハブの大型のような倉庫を横切っていくので、少し遠いところにあるのが少し難点だった。
その日も駐車場までの道のりをいつものように歩いていると、真っ暗な中に二つほど影が蠢いているのに気が付いた。
「おや?」
と思って影のある方を見てみた。
夏とはいえ、さすがに午後八時を過ぎてしまうと、あたりは真っ暗であり、通路と言ってもほぼK支店の敷地内と言ってもいい通路なので、街灯はあっても、粗末なものだった。しかも、私道に近い道なので、会社関係者以外の人が通ることは稀であろう。明るい時間などであれば、近くの中学生、高校生が近道にと利用することもあるだろうが、ここまで暗くなると人がいることも怪しいものだ。
そこは、ちょうど角になっていて、影はその角から伸びていたので、角の近くまで行かないと、影の正体も、その先にあるものも見えない状態だった。
影の正体を見つけようと、木下課長は、足音を立てないように近づいていく。すると、夏なのに、真っ黒いパーカーを来た二人の人物がフードまでかぶって、向こうを向いていた。二人が見ているのは、本社があった時のプレハブ倉庫だったのだ。
見ているだけで何かをしているわけではない。二人は何もするわけでもなく、すぐにその場を立ち去ったので、
「何か変だな」
と思いながらも、その日は何も考えずに車に乗り込んで、退社したのである。
翌日になると、そんなことはすっかり忘れてしまった木下課長だったが、その日も前の人同じように、最初の営業が帰社してくるのを待っていた。
最後になる営業社員はいつも決まっていて。
「お前、いい加減に、もう少し早く帰ってきたらどうなんだ?」
とたまに小言をいうことがあっても、その人の営業範囲は他の人に比べて遠いところが多く、それだけに市街中心部からはどうしても離れる関係で、一件一件が遠いところが多かった。そういう意味では帰社が遅れるのはしょうがないとも言えるのであって、木下課長もあまり強く言えない立場にあった。
それでも、課長として言わなければいけないことはいうことにしていたので、ひょっとすると、その営業社員は、木下課長を、
「小うるさい上司」
という風に感じていたのかも知れない。
そもそも、営業と管理部というのは、どこの会社でも大なり小なりいざこざが絶えないもので、K支店も類に漏れなかった。
その日も、まったく前の日と同じような状況で、いつもの営業社員が帰ってきたのは、定時を少し過ぎていて、結局最後カギを閉めるのも、午後八時半を少し回ったくらいになっていた。
その日は、前の日と違って残業があったわけではなかったので、待っている時間がいつもよりも長く感じられた。そのため、まだ八時半すぎくらいなのに、十時にでもなっているかのように感じられたのだった。
いつものように駐車場に向かって歩いていると、何とも不思議なデジャブを感じた。
「これは……」
それは昨日と同じように、プレハブ倉庫の方から伸びる二本の細長い影が蠢いているのを感じたからだった。
――今度こそ、声をかけてやる――
とばかりに、音を立てないようにゆっくりと角に近づき、プレハブの先が見えるくらいまで来ると、そこから一気にその角からプレハブ倉庫の方を見ると、何と今まで見えていたと思った影が消えているではないか?
「気のせいだったのか、幻を見たのかな?」
そのどちらかしかないと思った木下課長だったが、
作品名:間隔がありすぎる連鎖 作家名:森本晃次