間隔がありすぎる連鎖
二人はメモを取りながら、熱心に聞いている。まだまだ大学生としても初々しい限りである。
「最近は、長かった景気低迷から少し上向き掛かっていると言われているけど、実際にはそんなことはない。どうしても、相手の会社の方も、何かの契約を取り付けるには、かなりの勇気がいる、特に刑事節減はいまだにどの会社も重点課題の一つだからね」
とも言われた。
「そこでも、情報が生きてくるわけですね?」
「ああ、そうなんだ。相手が何を欲しているのかを見定めていかないと、違うことを進めたりすると、相手から信頼も得られない。相手とすれば、この人は何も言わなくても自分の言いたいことを分かってくれると思っただけで、安心感が急激に上がるというものだ。信頼を得るというのがどういうことなのか、相手に会って実際に話をしてみないと分からないことだからね」
と、営業の人はそう言った。
この話を訊いて、定岡の方は納得していたが、松川の方は、前のめりで聴いていた。
自分がこれから進もうとする道にも精通することだと感じたからで、定岡の場合は、納得したうえで、その後の実質的な話が自分にとって大切だと分かっているので、実際の話の内容が大切だと思った。
それだけ、リアルな発想と広範囲な発想を秘書として歩む自分には求められていることを感じたのだ。
最初の十日間ほどは、何事もなく過ぎた。それぞれの本部長は、いると言っても、何かをするわけではなく、研修のための、立ち合いという程度なので、本部の自分の机がこちらに移動したという程度で、業務に支障はなかった。二日くらいで入れ替わるので、本部の仕事が滞ることもなく、問題はなかったのである。
そして、いよいよ社長の日がやってきた。
「社長のことだから、本部長さんたちと違って、いろいろ興味を持って聞いてくるかも知れないね」
と松川が言った。
「ええ、そうですね。社長って本当はこうやって営業所を回ったりするのが本当は好きなんじゃないかって気がするんですよ」
と定岡がいう。
「どうしてだい?」
と聞くと、
「結構、茶目っ気があって、落ち着きのないところがあるでしょう? あれはきっと現場を時々は見たいという気持ちからの落ち着きのなさじゃないかって思うんだ。若い頃の血が騒ぐんじゃないかな?」
と、定岡は分析した。
「なるほど、定岡君もそういうところがあるのかい?」
と松川はニヤニヤしながら聞いた。
「いいえ、僕にはありませんよ。どちらかというと、お兄さんの方じゃないんですか? スポーツをやったり、アウトドア派でフットワークが軽いのは、お父さん譲りかも知れませんよ」
と定岡がいうと、
「そうかもな」
とまんざらでもなさそうだ。
松川は定岡に言わせて、悦に入ることが結構ある。この時もそうだったようで、ニコニコしながら聞いたのも、分かっていて聞いた証拠であった。
そんな会話は、一日の研修が終わって、食事も終わった後の大浴場での会話だった。二人の宿泊しているホテルは、会社員の研修に使うようなビジネスホテルではなく、普通の観光ホテルだった。重役や社長クラスの人が宿泊するホテルで、社長のご子息であれば、当然のことなのかも知れない。
二人はこの大浴場が好きだった。表には露天風呂も作られていて、露天風呂から星を見るのも好きだった。
その日も二人は露天風呂から星を眺めた。
「東京じゃ、こんな星空見ることできないもんな。露天風呂に浸かりながら、満天の星空を眺めるなんて、本当に贅沢な気がするな。これが研修だなんて思えないくらいだ」
と松川がいうと、
「まったくですね」
と、定岡が答えた。
二人は最初の一週間ほどはずっと一緒に行動していたが、途中からはそれぞれの専門的部署を中心に研修を行うようになったので、一緒になることは少なくなっていた。
「定岡君は研修の方はどうだい?」
と訊かれて、
「ええ、結構専門的な話になってきていて、面白いですよ。大学ではまだ一般教養の段階で、専門的なことはやっていないので、先に研修で勉強しているような感じですよ。お兄さんの方はどうなんですか?」
と聞かれた松川は。
「俺の方も、そうだなぁ、学校では絶対に教えてくれないような実地研修を目の当たりにしているので、もうすでに自分が社会人になったんじゃないかって思うほどだよ。営業ってすごいよな。皆それぞれに自分の特徴や味があって。それで相手を安心させたり信用させたりするんだから、やってみないと分からないことだって結構あるんだろうって、思うようになったね」
と、松川は言った。
「お兄さんは、きっとそういうのを肌で感じて、感じたことを自分でするわけではなく、オーラを醸し出すことで、人を引っ張っていくんでしょうね。やっぱり人の上に立つ人なんだろうって思いますよ。その点、僕はそんなお兄さんの裏で、その力を判断して、いかに大きく見せるかということを模索しながら、会社の方は、実務としても見ていかなければいけないんだって思います。やりがいはあるんだろうなって思います」
と定岡がいうと、
「お前はそれでいいのか? トップになりたいとかいう野心のようなものはないのか?」
と聞かれた定岡は、
「僕は、わきまえることを一番最初に覚えさせられましたからね。それはそれでいいんですよ」
と答えた。
二人は各々、次の日の社長が自分たちに対して、懐かしそうに微笑んでくれるのを想像しながら、その日はゆっくりと、床に入ることができた。
明日の運命を知ることもなく、明日のこの時間、どうなっているというのだろう?
倉庫焼失の怪
いつもよりも早く目を覚ました定岡は、その日が普段よりも少し涼しいような気がしていた。確かに普段よりも少しだけ早く目を覚ましただけなので、これほど気温の違いがあれば、少しは違うとは思えた。一週間もいれば、避暑地の気温の変化にも慣れてきて、朝の気温で昼がどの程度のものか、想像がつくようになっていた。
元々、天気などには聡い方で、自分の体調で、翌日雨が降るかどうかまで分かるくらいだった。
最初は、
「ただの偶然だよ」
と言っていたまわりの人も、何度か的中すると、さすがに偶然とは思えなくなり、
「体感で天気が分かる、敏感な体質をしているんだろうな」
と言われるくらいにまでなっていた。
だから、その日も少し涼しいというのは分かった気がしたし、何よりもこの土地に来てから初めて見る朝もやも、気温の上昇にストップをかけるような気がしたのだ。
さすが避暑地と呼ばれるだけあって、この土地の太陽は、都会とは違っている。
同じ太陽による照射であっても、べたつくような気持ち悪さはなかった。東京と同じ気温でも身体の動きを鈍らせるような感覚に大きな違いがあった。汗の量も明らかに少なかったくらいだ。
一つには、風が爽やかに吹いてくるということだ。暑さの中でも心地よい風が吹いてくると、気持ち悪さは半減する。それは東京にいても同じなのだが、田舎ではその風が汗をも吸い取ってくれるようで、気持ち悪い身体へのべたつきは次第に消えてくる。
作品名:間隔がありすぎる連鎖 作家名:森本晃次