間隔がありすぎる連鎖
「じゃあ、横山警部補としては、これが本来の犯人の計画ではなかったということでしょうか?」
と聞くと、
「少なくとも、犯人の最終目的ではないということだけは言えると思うんですよ。ただ、今回の事件の犯行が真犯人の手によるものなのか、別に犯人がいるものなのかは、絶対的なことは言えませんが。他に犯人がいるとしても、ひょっとすると、犯人には、これくらいのことは想定の範囲内だったのかも知れないとも思うんです。あくまでも私の勘なんですけどね」
と、そう理を入れた横山警部補だったが、ここまで理論的な話を訊かされると、北川副主任も黙って聞いているだけでは気が済まなくなっていた。
「何となく複雑な事件にはなっているので、意図が絡み合ってしまったかのように見えてくるんですが、横山警部補には、糸を緩めるだけの何かがあるとお考えですか? 今のところだけで結構なんですが」
と北川副主任が聞くと、
「何とも言えませんがね。松川社長の誘拐というのは、本当に殺人を犯した人がやったことなのだろうか? という気持ちもあるんですよ。先ほどは時間稼ぎのようにも思ったんですが、その前に考えていたのは、社長が誘拐されたのは、あくまでも、フェイクなのではないかとさえ思っていたくらいです。どちらにしても、社長が殺されるようなことはないと私は思っているんですよ」
と横山警部補は言った。
「それならいいんですがね。ちなみにそれは捜査本部全体の意見ですか?」
「いいえ、私だけの意見です」
という北川副主任のこの質問に対して、横山警部補は、ニッコリと笑って答えたのだった。
正直、これだけの内容を一般人に話すということは普通はないだろう。
「少なくとも、横山警部補は、北川課長に何か疑念を抱いている」
ということは確かではないだろうか。
そうでなければ、いくら自分だけの視点だとは言いながら、ここまでの考えを漏らすわけはない。今のいろいろな話の中のどこかに確信めいたものがあるのではないかと横山警部補は思っているのだろう。
実際には北川副主任も、横山警部補がどこまで自分に疑問を持っているのか分かっていなかったので、下手にうろたえて誤解を招くよりも、普段通りに接している方が、変にボロが出なくてもいいくらいに思っていた。二人にとっては、
「キツネとタヌキの化かしあい」
とでもいうのだろうか。
もし、
「どちらがキツネて、どちらがタヌキか?」
と訊ねられたら、
「キツネは北川副主任で、タヌキは横山警部補の方ではないか」
という人が多いような気がする。
それはただ単に見た目であり、細見で少し目元が鋭い北川副主任と、まるで豚まんのような表情の横山警部補では、どちらが近寄りがたいかと言われると、たぶん、皆北川副主任だと答えるだろう。
しかし、実際にはタヌキ顔の横山警部補は百戦錬磨の警部補であり
「目下、一番警部に近い男」
と呼ばれているのが、横山警部補だった。
実際にはキャリア組ではなく、実践現場を数多く経験してきて、事件解決という大きな手柄を積み重ねてきたことで掴んだ今の地位である。自他ともに認めるすいり推理力には、本庁の刑事たちからも、お手本と言われるほどであった。
横山警部補の、
「武器」
というのは、
「直観力」
であった。
普通の捜査では、直感に頼っての仕事は、違った時のリスクが大きいことから、あまりよろしくない考えだと言われている。地道な捜査が主流だった昔は、すり減った靴が勲章とまで言われた時代があったが、今のように科学捜査やプロファイリングによる犯人像の割り出しなどから、昭和の刑事は、
「ナンセンス」
と言われていた。
直感に頼る刑事も、一種の昭和のナンセンスだと言えるかも知れない。しかし、横山警部補にはそんなことはなく、直感というのも、
「今まで培ってきた刑事としての目を自分で信じることができるから、直感に頼ることができる」
と横山警部補の言う通り、自分に自信を持つことがどれほど大切なことなのかを、身をもって証明してくれているのだった。
「先輩刑事が新米刑事に向かって、直感で簡単に動くものではないと言っているのは、何も直感を否定しているわけじゃないんだ。地道な捜査に裏付けられ、培ってきた経験があってこその直感なんだ。直感を持って生まれたものだと思っている人がいると思う。それはそれで間違いではないが、それを引き出すには、自分に自信を持つ必要がある、自分に自信が持てなければ、いつまで経っても袋恋路から抜け出すことなんてできやしないんだ」
という横山警部補がいつもいるような気がしていた。
そんな横山警部補の今の直感が、北川副主任を突いてみることにあった。
実は横山警部補の中で、
「もし次に殺人事件が起こるとすれば、北川副主任か、木下課長だだろう」
という思いがあった。
どちらもK支店の中で支店長の次の実務者であり、どちらが上という雰囲気ではなく、一種の両輪として君臨している二人だったからだ。この二人がいるからうまく回っていたのであって、どちらかが崩れると、何かぎこちなくなるだろうと思っていたが、何とか崩れることもなくできている。そう思うと、北川副主任が犯人だとは思っていないが、突けば何か行動を起こすのではないかと思うのだった。
ただ、まさか死体の第一発見者になるとは思っていなかったので意外だったが、ある意味、第一発見者になったことで、北川副主任が殺人事件に関してはシロであることを証明しているように思えてならなかったのだ。
横山警部補が考えていることで今一番自信があるのが、
「松川社長の誘拐事件」
であった。
横山警部補が、この事件の中核になるところで北川副主任が、立て続けに起こっている事件に対して、
「順番」
という言葉を使ったことだ。
確かに、いろいろな小さな事件が重複して起こっている。そのつながりがあるのかないのか、たぶんあるのだろうが、それらを見ていると、横山警部補の中では、順番という言葉を口にするのは控えていた。
それは、捜査の中で順番を考えてしまうと、重複している事件があるだけに混乱を招いてしまう。確かに捜査に関しては素人の北川副主任が口にするのには差支えはないのかも知れないが、それは、事件を一つ一つ単独で考える場合と、連結している部分を考えるうえで、考えるタイミングを間違うと、ミスリードされてしまうのが、順番の発想だった。
つまり最初から順番を考えてしまうと、組み立てるものが分からない。まずは、すべてのパーツが揃っていることを確認しておかないと、途中から組み合わさらないものを必死で組み立ててしまおうとして前が見えなくなってしまうだろう。北川副主任ほどの人物がそのくらいのことを分からないはずもないと思い、それを最初に口にしたのもこちらをミスリードするためだと思えてきたのだ。
作品名:間隔がありすぎる連鎖 作家名:森本晃次