間隔がありすぎる連鎖
「ええ、もう相当昔の話で、まだ私が高校を卒業して入社してすぐくらいの頃だったので、平成になってすぐくらいでしょうか? 本部機能はすでに他に都心に移転してしまいましたけど、この事務所も少しの間利用していたんですよ。もっともそれはK支店の新社屋ができるまでだったんですけどね。だから、一年もなかったくらいでしょうか? あの時は、皆慌ただしかったので、火の始末もしっかりできていなかったんですよね。特に時代としては、そろそろタバコへの風当たりが強く鳴った頃でしょうか? それでもまだ禁煙ルームというのがあるだけで、事務所ではタバコを吸ってはいけないなどという決まりはなかった頃です」
「じゃあ、タバコの火の不始末だったんですか?」
「ええ、そうです。その人のタバコの火が、ちょうど、研究員の研究していた可燃物に燃え移ったから、大変でしたよ。社長はカンカンになって怒っていましたね。本当ならあの場所は最初取り壊す予定だったんですが、その頃、急にあの建物を残そうという話になって、壁を完全防火にしたんです。だから、あそこは、表で火事があっても、中に火が入ることはありませんし、逆に中で火が起きても、まわりに飛び移ることはないんです。だから以前は、あの場所のまわりには草が生え放題だったんですが、この建物に執着していた社長も何も言わなかったんですよ。むしろ、草が生え放題の方がよかったかのような感覚に思えるくらいでしたね」
「それはどういうことなんでしょう?」
「一度私も変に思ったことがあったんですが、どうも社長はあの場所をあまり人に見せたくなかったような気がするんです。一応、創業祭の日にはここにきて、お参りのようなことはしていますがね。そして実は年にもう一回ここでお参りを密かにしているんです。それが例のボヤのあった日なんですよ。別に何かの区切りのある日でもないので、最初は私も何の日なのかすぐには分かりませんでしたが、気が付いてみると、それがボヤのあった日だったんですね。それなのに、社長はこの建物が目立たないようになるのをほくそ笑んでいる。きっとまわりの人には分からない、何か社長の思い入れがあるんでしょうね。それがあの建物を今後もずっと自分だけのものにしておきたいという気持ちなのかも知れません」
と北川副主任は言った。
「なるほど、社長には何かここに対して、並々ならぬお考えがあるということなんでしょうね? そのことと、今回の一連の事件、ここでの放火騒ぎと、その後の黒焦げ死体の発見、そして、二人のご子息の失踪と、さらには社長の誘拐。これだけ立て続けに起こってしまうと、それらはすべて何かで繋がっていると思うのが普通だと思うんですが、北川さんはどのようにお考えですか?」
と横山警部補が聞くと、
「ええ、繋がっているんでしょうね。あまりにもいきなりの立て続けなので、順番もよく分かりませんが、それぞれに因果関係はありそうな気がしますね」
と横山副主任がいうと、
「先ほどの話の、あの旧本社事務所の建物が何か今度の事件に関係しているとは思いませんか?」
「あるかも知れませんが、よく分かりません」
それを聞いて、横山警部補が引っかかったのが、
「順番もよく分からない」
ということだった。
つながりがあるかどうかという段階なのに、順番というのは明らかに何かを知っているのではないかという口ぶりに、横山警部補は、北川副主任という人物が、とても印象に残ったのだった。
北川副主任は、朝出社すると、当直室にある厨房でお湯を沸かすのが恒例になっていた。お湯を沸かしておいて、当直室の掃除から始める。畳の部屋はついつい掃除を忘れがちになりそうなので、最初に日課として行うことにしていた。
いつものようにやかんにお湯を入れて沸かす。ポットで沸かすのもいいのだが、十年ほど前からオール電化の給湯室にしたので、やかんを使うようにしていた。こだわりというよりも、ただの癖だと思っている。
そして、前の日に洗っておいたぞうきんを水に浸して軽く絞り、畳の部屋を拭こうと覗いたその時、北川副主任は、その場に凍り付いてしまった。畳の部屋には奥にテレビと手前にこたつ机のようなものが置かれているが、テレビとこたつ机の間で、誰かが横たわっていた。
最初は、ここで誰かが徹夜でもしたのかと思ったが、そんな話も聞いていないし、一人だけで徹夜というのも、そもそもがおかしい。そこに転がっている人物が誰だかということもすぐに分かったし、その人物がここで横になっているということが信じられないことからも、固まってしまった理由だった。その人物とは、木下課長だったからである。
北川副主任の頭の中には、すでに最悪の形しか残っていなかった。
「死んでいるんだろうな」
と思って近づいてみると、畳の上には、うつぶせになった木下課長が横たわっていて、畳に血が沁みついていた。部屋には鉄分を含んだ嫌な臭いが残っていて、それが血の匂いであると分かると、身体中の血液が逆流しているような悪寒すら感じられた。
急いで、警察を呼んだ、こちらを向いているその顔は、完全に土色に変色していて、生きているとはとても思えない、とにかく何も触ってはいけないと思い、畳の部屋から少し離れた。
とりあえず時間的には、たぶん、警察の方が他の社員よりも来るのが早いだろう。他の社員の出社が早ければ、警察の指示なしで動く人も出てくるかも知れない。それを抑えることは自分にはできないと思った。
何よりも死体の発見者という自分は、精神的に参っているのは分かっていたのだ。
通報してから、三十分もしないうちに警察がやってきて、あれよあれよという間に、殺人現場の捜査態勢が出来上がった。現場は完全に立入禁止の紐が張られていて、現場では監察官による、死体検分が行われていた。絶え間なく光っているフラッシュの光を眩しいと感じながら、完全に自分がこの渦中にいるということを嫌というほど思い知らされた板川副主任は、あまりのことに声も出ないというのが実情だった。実際に警察がテキパキと動いているのを他人事のように見ていたのだが、こんな感覚は、入社して初めてだったような気がした。
「第一発見者で、通報された方ですね?」
と最初にやってきた警官がそう言ったが、
「はい」
と答えると、
「北川副主任さんですよね?」
と言われてビックリしたが、
「この間からの放火や誘拐事件で私も何度かこちらに来ていますので、北川さんのことはよく承知しているつもりです」
という返事が返ってきたのだった。
「ところで、北川さんは、救急車をお呼びにはなっていませんが、すでに死んでいるということが分かったんですか?」
「ええ、脈をみたわけではないんですが、顔色などを見て、すでに死んでいると判断したものですから」
と言った。
「まるで以前にも死体を見たことがあるかのようですが」
と言われて、一瞬、ギクッとした北川副主任だったが、
作品名:間隔がありすぎる連鎖 作家名:森本晃次