間隔がありすぎる連鎖
最初に出社してくる社員は決まっていた。修理工場副主任の北川さんだった。
北側副主任は、年齢としては三十五歳くらいであろうか、高校を卒業してK支店に就職、転勤はしたくないということで、現場の叩き上げであった。
もうそろそろ入社してから二十年が経とうとしていたが、本人の意識としては、
「二十五歳くらいまではあっという間に過ぎたが、そこから先は、毎年毎年があっと言う名に過ぎるような気がする」
と言っていた。
K支店の中では木下課長と仲が良く、途中入社の木下課長が、この会社で皆に慣れるために考えたのが、昔kらの叩き上げとして君臨している北川さんの存在だった。
――昔からずっと同じところにいるのだから、それなりのプライドを持ったひとだろうから、少し変わっているかも知れないな――
という覚悟は持っていた。
しかし、思っていたよりも堅物ではなく、逆に人に気を使えだけの余裕を持っていて、一緒にいて、飽きることのない人だった。
北川副主任の方としても、途中入社の人に頼られるのは嬉しかった。ずっと同じ人しかまわりにいないということに疑問を感じていた北川氏は、年齢的には上だが、慕ってくれる木下課長に嬉しさを感じていた。
お互いに似たところや共通点も結構あり、話をしていて飽きることはない。まったく違った畑を歩んできた二人だったが、話をしているうちに、二人とも、
「ずっと前から知り合いだったような気がする」
と感じていたのだ。
朝最初に会社のカギを開けるのが、北川副主任、そして、最後に会社の戸締りをして、警備を掛けて帰るのが木下課長と、役目はいつも決まっていたような感じだった。
そういう意味で、北川氏はまだ副主任ではあったが、実質上の現場の責任者のようなイメージだった。
主任は、本部の人事が適当な配属で、主任クラスは三年もしないうちに、どんどんいろいろな支店を巡回していくような感じであった。中には北川氏よりも若い主任もいるが、そんなことは気にしない。転勤をしたくないと言っても雇ってくれている会社に半分感謝しながら、自分の仕事に邁進する、それが副主任としての北川氏の気概であり、モットーでもあった。
その日も、出社時間に変わりはなかった。入社してから最初に出社することに快感を覚えてから、その状態は変わっていない。だから、まわりの人も普通であれば、
「副主任さんがいつも一人で早く出社させて申し訳ない」
という気を遣うこともあるのだろうが、この支店ではそのようなことはない。
「あの人、自分が好きで一番に出社しているんだから、俺たちが気を病むことはないんだよな」
と良くも悪くも、まわりに余計な気を遣わせないタイプであった。
そのため、職人肌のところもあり、絶えず孤独だった、北川氏についてくる社員はおらず、いたついてこれないと言った方が性格か、下手についていこうものなら、まわりから変わり者というレッテルを貼られそうで怖いのだ。
「昔は私のような食品肌の人もいっぱいいたのにな」
と北川氏は自分の立ち位置は分かっているようだ。
しかし、いまさら変えられないし、変えようとも思わない。もし変えたとすれば、
「何、あの人、結局信念なんかないんじゃない。まわりにいまさら媚びて、どうしようっていうのよ」
と言われるのがオチである。
北川氏の性格からいけば、そんなことを気にするような「タマ」ではない。そんなことはまわりが勝手に思うことだ。
かといって、北川氏が偏屈だというわけではない。彼くらいの年齢になれば、性格がそれほど変わっていなくても、偏屈に見える人もいるだろう。性格が変わっていないからこそ、少々普段と違うことをすれば、それが目立つのだ。ギャップとして見えている分にはいいか、変わり者と言われるようになると、孤独だけではすまず、孤立してしまうことになるだろう。
そういう意味で、北川副主任は、
「孤独かも知れないが、孤立はしないない」
と言えるだろう、
孤独は、それなりに楽しめるものではあるが、孤立になると、そうもいかない。変に委縮してしまったり、まわりの枠から、自分の枠を弾き出そうとするに違いない。それは完全に無理のある鼓動なのだ。
北川副主任も、この間、旧倉庫が火事になり、中から黒焦げ死体が出てきたことで、事情聴取を受けた。聴取したのは、横山警部補直々であり、その時の北川副主任に対しての横山警部補の印象は、
――実に冷静沈着な人だ。まるでロボットのようだな――
と感じた。
事情聴取に対しても、何も考えることもなく、その時の状況を包み隠さずに話しただけだった。
こういう時に、下手に何かを考えたり、迷ったりすると、変に警察の疑いの中に入ってしまうことくらい分かっている。何しろ相手は商売で、犯人を見つけ、新装を明らかにするのが仕事だからである、
だが、最後に横山警部補が、
「何か気になることがあれば遠慮なくおっしゃってください」
と言葉を掛けた時、明らかに表情が変わった。
何かを言おうか迷ったようだが、すぐに思い直したのだ。
「何か気になることでも?」
と横山警部補が聞くと、
「黒焦げになった死体があったとお聞きしましたが、話によると、二体だったとお伺いしたんですが、それは本当ですか?」
という意外な質問が返ってきた。
「あ、ええ、そうです、二体です。男性女性の区別がつかないほどの黒焦げだったんですが、一人は身体が大きく、もう一人は普通よりも少し小さいくらいでしたかね。それくらいしか分からなかったですね」
という話だった。
「ありがとうございます」
と北川副主任がいうと、今度は横山警部補が質問した。
「ところで、あの建物ですがね。あれは昔の本部だったとお聞きしましたが、あの建物が完全防火だったことをご存じですか?」
と訊かれて、
「というと?」
と答えると、
「あの建物は中から火をかけたみたいなんですが、中なら日が出ると、表に燃え移らないように、なっているんです。だから、逆にいうと、密室にしてあそこに火をかければ、確実に燃えるということですね。まるで火葬場のような感じだと言えるでしょうか」
と横や課警部補は言った。
「ええ、それくらいのことは知っています。火事が起こっても、そこだけで収めるようにしているということですよね?」
「ええ、そうです。それをご存じだったのかどうかと思いましてね」
と言われて、少し、北川副主任はあっけにとられたかのように唖然とした態度になったが、
「それはもちろん、知っていますよ。逆にそのことを一番知っているのは、この私だと言ってもいいくらいですからね」
というではないか。
「それは、どういう?」
「このK支店では、すっかり私が一番の古参ということになってしまいましたが、私はあの事務所を併用していた時からの勤務経験があるんです。だからよく分かっていますけど、前の事務所がでボヤ騒ぎが一度あったんですよ」
というではないか。
「昔もあったんですか?」
作品名:間隔がありすぎる連鎖 作家名:森本晃次