間隔がありすぎる連鎖
いや、無理心中というのもありえるだおう。だが、それも、相手を殺しておいての自殺なので、人殺しであることに違いはない。やはり、他の何者かによって殺害されて、ここで火を放たれたと考えるのが一番だろう。
まずはこの二体の死体が誰なのか、なぜ火を放たれなければいけなかったのか。そして、二人の死体の関係と、この建物との関係、調べることはたくさんありそうだった。
何よりも身元が問題だった。黒焦げになっているので、どこまで身元が分かるかが問題だった。
少なくとも顔はまったく分からない。着ていたであろう衣服も燃えてしまい。男女の区別も見ただけでは分からない。専門的な捜査でどこまで分かるかであろうが、DNA検査もあるので、少しは分かりそうな気がしていた。
まずは、この倉庫の持ち主である会社の関係者を当たるのが捜査の定石。そういうことで最初に駆け付けた木下課長に話を訊いたのだが、死体が発見される前に、興味深い話が訊けたのは、よかったかも知れない。
死体が二体であること、大小と分かりやすい死体であることとは、課長が最近見た怪しげな人物に符合しているではないか。それを思うと、まったくの作り話ではないということは分かるというもの。ただこの証言によって、木下課長の立場が微妙になってきたということはハッキリしてきたと言えるのではないだろうか。
ただ、はっき利していることは、密室と思われる場所で火事が起こり、その場所に転がっている、いわゆる、
「顔のない死体」
これは、いかにも探偵小説っぽいのではないだろうか?
「顔のない死体」のトリック
探偵小説などでは、いわゆる「顔のない死体」のトリックと言われるものが存在する。昔からの探偵小説黎明期から存在するもので、昭和初期の、いわゆる戦前、戦後という時代には、よく探偵小説のトリックでは、王道のように言われていたものだ。
顔のない死体というのは、顔が腐乱していたり、首を切り取った首なし死体で、特徴のある部分を傷つけたり指紋のある手首を切り取ったりして、要するに死体が誰であるか分からないようにするという話である。
それこそ戦後くらいまでであれば、首がなく、指紋もなければ、被害者が誰なのかということは、その場の状況からでしか判断できなかった。
照合する顔もなければ、指紋もない。そうなると、後は消去法しかなかった。
死体が見つかった場所に住んでいる住人であったり、住人の関係者であったり、死体が見つかった場所が誰にも関係のない場所であれば、ある意味被害者の特定はほぼ難しいだろう。
死体が見つかった場所が誰かの住居であったとしても、死体の特定には重要な要素が必要になる。それは周知のごとく、死体に該当する人間が、一人行方不明でなければいけないだろう。
もし、行方不明者が複数いれば、どうなるだろう?
二人の場合であれば、どちらかが被害者、どちらかが加害者ということになる。二人が知り合いで、二人の間に因果関係が存在すれば、間違いなくどちらかが被害者で、どちらかが加害者ということになるに違いない。
だが、難しいのはここからだ。
どちらかが被害者であることが分かったとしても、そこまでで停まってしまう。被害者と加害者が特定できなければ、捜査は完全に当てずっぽうでしかできないことになる。それならまだ何も分からない方がマシだったりするだろう。
ある程度まで絞れたのに、そこから先が進まないというのは、ある意味ほとんど迷宮入りしたも同然だと言えるのではないだろうか。もちろん、犯人の狙いはそこにあり、それを目的に、顔のない死体、つまりは死体損壊のトリックと無理やりにでも作ったのだとすれば、この事件は犯人の完全なる勝利とも言えるだろう。
このまま迷宮入りになってしまうと、完全犯罪と言ってもいい。ただ、ここで一つ問題になるのは、この次第損壊のトリックが何かの理由で分かってしまい、被害者が誰だか分かってしまうと、犯人はすぐに分かるのではないだろうか。
死体損壊のトリックほど、他のトリックと併用できるものではないからだ。
何しろ被害者が分からないのだから、加害者、つまり容疑者が分かるはずもない。だから、アリバイトリック、密室トリック、そんなものを弄することもない。なぜなら、死体損壊トリックも、アリバイトリックも、密室トリックも、最初から明らかになっているものでなければありえないということだからである。
さらに今の時代に、死体損壊トリックというのは、あまり推理小説であっても見かけるものは少ないかも知れない。なぜなら科学捜査も行き届いていて、DNA鑑定なるものも捜査の証拠として十分なことから、何も指紋や顔の有無だけに頼るものではなくなってきた。
また、トリックの中で、一つ、
「これは、トリックとして使うには、何か意味がなければ、成立しないのではないか」
と思えるものがある。
逆にいえば、死体損壊などのトリックとは違い、他のトリックと併用しなければ、これ単独ではあまり意味のないものがある。それが、
「密室トリック」
なのではないだろうか。
密室トリックというのは、カギがかかって逃げられない場所で人が死んでいて、犯人がどこから入ってどこに逃げたのか分からない場合を指す。確かに密室トリックはフィクションであれば、謎解きなどの醍醐味はあるであろうが、何も意味がなければ、密室などにする必要などない。なぜなら、殺人事件としてオーソドックスな、
「動機を持った犯人がいて、その人が殺意を持って、殺したい相手を殺す。そこにアリバイトリックなどを弄しておけば、怪しまれたとしても、アリバイがあるのだから、犯行は絶対に不可能だ」
ということになるだろう。
しかし、密室にしてしまうと、犯人を殺す動機があったとしても、アリバイトリックをいくら弄しても、表に出ているアリバイトリックがあまり意味のないものとなる。
だが、これを逆に利用して、
「もし、密室のトリックが看破されてしまった時、その密室を作ったのが、例えば殺人現場が別であったなどというトリックを使って、死亡推定時刻が変わってしまった場合に、犯人にとって密室があった場合にはなかったアリバイが、逆に証明されたなどという風になると、これこそ完全犯罪である。ミステリー小説などは、その逆で、密室の謎が解けてしまうと、せっかくあったはずのアリバイがなくなってしまうことで、犯人もそこで分かってしまうということになる。つまり、密室を作ることで、犯人は自分のアリバイを構成しようとしたということであれば、ミステリーとしては成立するのである。ただ、完全犯罪にはならない。なぜなら、基本的な密室トリックというのは、そのほとんどが機械的に作られたトリックだからである。
もちろん、中には違うものもある。
作品名:間隔がありすぎる連鎖 作家名:森本晃次