間隔がありすぎる連鎖
「その可能性もないとは言えません。少なくとも、まわりには、燃え広がるような建物があるわけでもなく、しかも、建物の中にガソリンが巻かれている。普通の放火というと、建物の表から火をつけるのが一般的ですからね。ところで昨夜はこの建物。カギがかかっていたんでしょうね?」
と言われて、木下課長はハッとした。
カギがかかっていたという確証を、木下課長は持っていたからだ。しかも、怪しげな二人組を見たおかげで、えてしてカギがかかっていたという証明になるというのも、何とも皮肉なことだった。
黙っておくつもりだった怪しげな二人の話を、まさか警察に最初に話すことになるとは思ってもいなかった。
木下課長は、その怪しげな二人がここ数日自分の前に現れたことを話した。
「なるほど、別にその二人組は怪しいということがあるわけではないので、警察にも会社内でも誰にも言わなかったわけですね?」
「ええ、でも、明日の朝礼で、今日何もなければ、怪しげな人物を見たことを話すつもりではいました。ここまで来ると、私だけの胸に収めておくというのも、何かが違っているような気がしますからね」
と言った。
「何か、二人組に狙われるようなことってありますか?」
という刑事の漠然とした質問に、少し考えてから、
「いいえ、ありませんよ」
と答えたが、正直刑事の方としても、こんな漠然とした質問で答えが返ってくるとも考えていなかった。
被害者側もまず、怨恨を考えただろうから、もし心当たりがあるなら、狙われる理由を考えるはずだ。それは狙われる相手がいるかどうかという漠然としたことを考えるよりもより一層深く考えるはずなので、考えている姿を見ると、どの段階の考えかということも分かるというものだ。
木下課長の素振りを見ていると、別に怪しい感覚はなかった。それを思うと、心当たりがあるようには思えない。だから、いまさらあらたまって聞いたとしても、何も出てくるはずはないと分かっていた。木下課長が少し考えたのは、考えたふりをしたのだろう。これが普段から人に気を遣っている人のくせであり、下手をすれば、無意識の行動だったのではないかと、担当刑事は思うのだった。
木下課長が二人組の特徴を話していると、
「そういえば、以前にもそういう通報があって、放火事件があったようなのを覚えていますが、あれは、もう十年以上も前の話だったので、今とは違いますね」
と捜査員の一人が言った。
確かに事件が相当昔の話であるが、謂れてみれば、木下課長も、その話を訊いた記憶があるのを思い出した。
捜査員の話ではもう十年以上も前ということであったが、木下課長の意識としては、五年ほどしか経っていないような気がしたのだが、それは話を感じる人の個人的な想像であって、きっとそれぞれの生きてきた環境によっていろいろ感覚が違っているのだろう。
年齢的にも違うかも知れないし、平凡に暮らしてきた人、波乱万丈の人生だった人、さまざまである。
しかし、例えば波乱万丈な人の皆が皆、ここまでがあっと言う名だったというわけではないだろうが、結局は二択の中のどちらかであった。
「長いと感じるか、短いと感じるか」
というだけであるが、その感覚は、微妙に違っているのであろう。
このあたりは、治安はいい方で、あまり凶悪な事件が発生することはなかった。しかし、たまにちょっとした犯罪は起こっていて。意外と多いのは、少年犯罪だったりした。学校での苛めを背景に、溜まったストレスの発散にちょっとしたことをしてみようというもので、放火も確かにあった。
しかし、少年の浅はかな考えは、衝動的なものだという意識もあり、放火というものがどれほど厳しい罰を受けるかということを知らない。
放火をして、それが明るみになって捕まった少年、彼らは警察官から、
「放火というのは、実際には殺人罪よりも重いんだぞ。お前たちは未成年だから、極刑にはならないが、放火をして、それで人が死んだりすれば、放火殺人となって、下手をすれば死刑判決だって受けかねない」
と言われて、初めて自分たちが犯した罪の深さを知るのだった。
「どうせ、お前たちは自分のストレスのはけ口を求めて、衝動的に起こした犯罪なんだろうが、それが悪いと言ってるんだ。犯罪を犯すなら犯すだけの理由をちゃんと持っていればまだ分かるが、衝動的に、ストレスがたまったからと言って、ムラムラした精神状態でもっとも安易なストレス解消を思いつく。それがお前たちにとっての火付けなんだろうが、その後のことをお前たちはまったく考えていないだろう? 火をつければ、何でも燃えてしまうんだよ。その人の財産というすべてのものを一瞬にして奪ってしまうんだよ。それまでその人がどんなに努力をして手に入れたものか、努力もしたことのないお和えたちには分かるまい。その人が手に入れた財産だって、借金をしているものかも知れない。借金を背負ってでも手に入れたものを守ろうと皆必死に働くんだよ。だから、そんな人たちが働いてくれているから、お前たちのようなロクでもない連中だって生きていけるんだ。お前たちのような人間がこのまま大人になったって、しょせん、野垂れ死ぬのが関の山だったかも知れないな。人の命を一瞬にして奪うのが、殺人だが、お前たちのやったことは、一瞬にして人の生きがいや、今まで生きてきた証をすべて消し去る行為なんだ。それは殺人よりも罪が重いということになるのさ。どうせ今私がこうやって言っていることも、頭の中に入っていないんだろう? お前たちのようなやつは、死んでも治らないさ。死刑にするのがもったいないくらいだ」
と、その時の警察官は思い切り、自分の意見を言ってのけた。
本当ならまわりにいる人が途中で止めるくらいの話なのだろう。
「もう、それくらいにしとけ」
というくらいにである。
しかし、その時、その警察官の意見があまりにも的を得ていたということと、皆の気持ちが一致していたという思いとが一緒になって誰も止めることをしなかった。黙って下を向いて頷いているのが関の山で、本当は自分が言いたいセリフだったのかも知れない。
二人の少年は、まだ未成年ということもあり、死刑になることもなく、実刑は受けたが、今まだ服役しているのではないだろうか。
その時の警察官の言葉を覚えている警官は、今もまだこの署にはたくさんいることだろう。
あれから時々この街でも放火が発生したが、そのたびに、やつらのことを思い出し、皆嫌な気分になっていた。今までの火事は、本当に犯人にとっても衝動的なストレス解消であり、それでもあの時のようなまったく考えていないわけではなく、それなりに気を遣った犯罪だったことがよかったのか、大きな事件に繋がることはなかった。
しかし、今回の犯罪は明らかに故意に行われたことであり、悪質でもある。一様に捜査員の表情が皆緊張しているのもそのせいである。
木下課長も、管理部にいる関係で法律については、少々詳しい。放火なるものがどれほどの犯罪なのか、分かっているつもりであった。
作品名:間隔がありすぎる連鎖 作家名:森本晃次