間隔がありすぎる連鎖
と、自分の声のトーンが低すぎたのかと少し反省したくらいだった。
逃げる時にチラッと見えた二人は、男であり、まだ若いのは分かった。一人は体格がよさそうで、もう一人は華奢だった。顔はまったくと言っていいくらいに見えなかった。フードを被っているのだから、当然であろう。
木下課長は、そそくさと倉庫に近寄った。表からプレハブ倉庫の入り口を触ってみたが、カギがしっかりと掛かっていた。途中の窓も調べてみたが、どこも開いているわけではない。高いところにある窓は調べてはみなかったが、二人が別に梯子を持っていたわけでもないので、まさか、二階の窓を開けて、そこから侵入したわけでもないだろう、そもそも二階から侵入しようとするならば、どちらかが表を開けて。そこから導くしかないのだが、表を開けたのであれば、そこから入ればいいだけの話である。したがって、倉庫は完全に密室になっていたので、誰かが侵入でくるはずもなかった。
「不思議な二人組が表から覗いていた」
というだけで、何も取られることもない。
前述のように、中には昔の書類しかないのだから、盗むにも難しいし、盗んだところでどうしようもない資料である。
ただ、ここ数日、あの二人組を見たというのは事実であり、何となく気持ち悪さを残しながら、それでいて何もないのだから、騒ぎ立てる必要もないだろう。
下手に騒ぎ立てたとしても、
「そんなの課長の気にしすぎだよ」
とまわりから言われるだけにすぎないに違いない。
そうなると、もう余計なことを考えても仕方がないと思うのだった。
木下課長は、それでも、あと二回彼らを見れば、何らかの報告をしないわけにはいかないと思った。それを思うと何となく憂鬱な気分になり、
「もう、二度と見たくない」
と感じたのだった。
木下課長がプレハブ倉庫の前を通り過ぎて帰宅したのは、午後九時少し前くらいだっただろうか。怪しげな二人を見て、倉庫のまわりを確認しただけなので、それほど時間が経っているわけではなかった。ただ、薄暗く、浮き上がっている不気味な雰囲気に、手ずっと震えていたような気がしていた。
その日はそれで終わりのはずだった。それからしばらくして、夜中に犬の散歩をさせている近所のサラリーマンが、普段は明かりなど見えない場所から、明かりが見えてきたのを不審に思って。その場所に行ってみたのが、その人の後から行った事情聴取によって、午後十一時少し前だったことが分かった。
そのサラリーマンは、仕事が終わって帰宅し、日課の犬の散歩をさせたのだが、その日は残業だったこともあって、いつもより一時間以上も遅れてしまったと言っていた。
「いつもの時間でもほとんど人がいない一角で、普段は見ることのできない明かりが見えたので、不審に思ったんです。そのうちに、イヌがやたらとそっちの方向に向かって吠えたてるので、何とか宥めようとしたんですが、普段であれば、怪しい方に向かって私を引っ張っていこうとするイヌが、その場から動こうとしないんですね。何か変だと思っていると、その明かりが、明るい時と暗い時とに微妙に分かれているのに気付いたんです。まるで瞬いているかのようにですね。それに、蛍光灯のような明かりではなく、黄色かかった。いや、赤っぽかったようにも見えたので、、明らかに普段と違いました。その変な匂いがしてきたんです。その時にやっとどうしてイヌが近づこうとしないのか分かりました。その明かりの正体が、火だったからです。そう思っていると、煙を感じるようになり、咳き込んできました。ちょうど風下だったんでしょうね。その次に目がしょぼしょぼしてきて、涙が出てくるようでした。もう疑いようもない。火が出たのだと思いました。あんな真っ暗なところで、しかも、午後十時頃に、この夏の時期、焚火なんかしているわけもない。どこかから火が出たんだと思いました。火事だと思うと明かりの方までくると、プレハブ倉庫があって、その中が真っ赤になって、手の施しようがないと思えるほどになっていました。急いで消防署と警察に連絡を入れて、後は皆さんのご存じの通りです」
というのが、第一発見者の供述だった。
――皆さんが、ご存じのこと――
つまり、こういうことである。
第一発見者の人がまず消防に連絡を入れる。。
この場所とプレハブ倉庫が燃えている旨を知らせて、消防車を呼んだ。その間に警察にも連絡を入れた。それは、その場所が寂しい場所で火の手が上がる気配がないこと、さらに夏のこの時期に火事というのもおかしいと感じたこと、さらにmプレハブ倉庫の中が異常な燃え方をしているにもかからわず、表には決して燃え移る気配がなかったのも不思議に感じたこと、もう一つは、その人はこのあたりにすんで久しい人だったので、倉庫がずっと使用されていないことを知っていたので、中だけが燃えていることを不思議に感じたというのが理由だった。
他にもいろいろ考えれば理由もあるのだろうが、すべてが、今考えたことの派生でしかなかった。それでもこれだけの理由があれば、十分に不審火である。消防が駆けつけてから消化できるまでに、約三時間くらい。表に燃え広がっていなかったことが早い鎮火に繋がったのだろう。
消防車が来てから鎮火までに二時間ほど、警察は何もできないわけではない。何しろけたたましいだけの消防車の音に、普段は閑静な住宅街が広がるこの一帯は、色めき立ったと言ってもいい。当然野次馬がやってくるのも想像ができる。警察はそんな野次馬を中に入れないようにしなければいけなかった。下手に入ってくると、火に巻き込まれて危険であった。煙だって、有毒ではないと言えないからだ。煙に巻き込まれて気分が悪くならないようにしないといけないので、警察は少々広めに、立入禁止の区域を広げていた。
消防車の威力は結構なもので、警察が考えていたよりも早く鎮火に成功した。さっそく中に入って、火元の確認や、被害状況の確認が行われた。
「どうやら、中には可燃物が置かれていたようですね」
という鑑識の調査で、すでに呼び戻された木下課長がそれを聞くと、
「あの建物の中には、昔の書類しか入っていなかったはずなんです。段ボールや紙類があったので、可燃物といえば可燃物ですが、それがここまで燃え広がるとは思えないんですけども」
と鑑識官に言った。
「ええ、もちろん、それだけではここまで黒焦げになるほどの被害はないことでしょう。どうやら、この中でガソリンのようなものが巻かれたのは事実のようですね」
という話だった。
それを聞いた木下課長は、
「ということは、これは放火事件だということになるんでしょうか?」
といい、
「そうでしょうね。普通に考えても、この燃え方は尋常ではないですよ。明らかに放火ではあいかと思います」
と言われて、駆けつけてきた刑事は、
「誰かのいたずらにしては悪質すぎますね。中でガソリンをまいて火をかけるというのは、明らかにこの倉庫を狙ってのものということになりますね」
と言った、
「そうなると、我が社への恨みを持った人間の犯行ということになるんでしょうか?」
と木下課長がそういうと、
作品名:間隔がありすぎる連鎖 作家名:森本晃次