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短編集117(過去作品)

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 桜井に会えるのが楽しみだと思っていたが、こうやって他の友達と話をして、十年以上のわだかまりが解け落ちると、最初からこの展開を予期していたように思えてならない。
 同窓会というと、昔の話に花を咲かせるものだと思っているが、咲かせる花がない敦也にとって、出席することは勇気のいることだった。
――妻がいるから参加するんだ――
 と、妻を引き合いに出して自分を納得させていた。
 しかし、妻があまり乗り気でないのはなぜだろう。友達が多く、小学生時代に何らわだかまりなどない妻にとって、気分転換になっていいと思っていた。だが、想像は違っていたのだ。佳代子は女の子に囲まれて話をしていた。きっとまわりから見れば、楽しそうに会話に集中しているように見えるだろう。だが、意識は会話の中にあるわけではなく、まわりに向けられている。
 まわりからの見えない視線に怯えているように見えるというべきだろうか。そういう佳代子を見るのは初めてだったが、見てしまうと想像していた通りだと思えてしまうのも、時間の悪戯かも知れない。
 妻の佳代子がソワソワし始めた。まわりを必死に気にしているようだ。何かに怯えているようにも見えるが、何に怯えているのか分からない。
 佳代子は頻繁に皆から話しかけられていた。桜井との話を切り上げた敦也は、落ち着いて飲んでいるふりをして妻の様子を伺っていた。
 狭いスペースなので、なかなか移動もままならないが、時間とともに杯が進んでいくと、飲める人間と飲めない人間とで差が歴然としてくる。
 呑める連中は賑やかなものだ。誰か一人を中心に話が進んでいる。杯が進んでいくと輪が乱れてきそうに思うが意外と礼儀はわきまえている。さすがに場に慣れ親しんでいるというべきであろう。
 妻の視線は飲める人たちの中にあった。誰を見ているのか分からないが、同じように敦也も見つめてみた。
 全員で五人いるようだ。
 輪の中心で賑やかなのはやはりいつも輪の中心にいないと気が済まなかった田中だ。田中は、
「俺の名前は田中なんていう平凡な名前だけど、本当は目立ちたいんだ。だから、いつも輪の中心にいないと気が済まないんだ」
 説得力に少し欠けたが、文字だと分からないだけで、もしその場に居合わせれば、彼の主張も分からなくはない。何でもいいから言い分を作ってしまおうという力技だけに、説得に必死になるのだろう。
 その横にいるのは、一人でいる時と、団体の中にいる時とで、完全に雰囲気が違っていた坂田である。
 坂田は、一人で居る時は目立つ格好が好きなのに、皆で行動する時は地味な格好をしている。
「俺は自分をわきまえているのさ。団体の中では目立たない。だからせめて一人で居る時は目立ちたいんだ」
「二重人格なのか?」
 と聞くと、
「そうじゃない。どっちも同じ俺なのさ。自分をわきまえているだけだと思ってくれ」
 どう見ても二重人格にしか見えなかったが、それ以上突っ込んで話すまでもないと思った。
 この二人は、いつも一緒だ。といっても、坂田が一人でいることはあるが、田中が一人ということはない。田中は坂田がいてこその田中であった。
 そのまわりを囲んでいる三人。
 それぞれに思い出がある連中だ。彼らはいつも三人で行動していて、そういえば、彼らに苛められているやつがいた。
――誰だったかな――
 思い出そうとするが思い出せない。
 三人は田中や坂田と一緒に飲んではいるが、話に入っているだけで、同じ団体には見えてこない。三人と二人がそれぞれ飲んでいて、どこかに話の共通点があったため、どちらからともなく話が盛り上がったという雰囲気である。
 話の内容はすぐには聞こえてこなかったが、どうも誰かを意識しているようだった。次第に三人に怯えが走るようになり、虚空を見つめている。しかもその見つめているところを離れたところから、妻の佳代子が見つめていたのだ。
 妻の目は潤んでいる。怯えからの潤みなのか、泪目になっている。敦也は佳代子に近づいていった。
「どうしたんだい?」
 声を掛けると、ビックリしたように怯えた目を敦也に向けるが、向けられた敦也が今度は怯えが走った。だが、すぐに訴えるような目で、
「大丈夫です」
 言葉は毅然としているが、明らかに逃げ出した雰囲気になっている。時間もそろそろ午後九時近くになっている。一次会がお開きになる時間だった。
 しかし、それまで待っていて大丈夫なのか不安を感じた敦也は、幹事である桜井に、
「すまない。妻の佳代子が体調が悪いようなんだ。お先に失礼させてもらっていいかな?」
 というと、桜井はニッコリと笑って、
「ああ、いいよ。奥さん、気をつけないといけないぞ」
 さすがに桜井も佳代子の顔を見て、その青ざめた表情が尋常でないことに気付いたようだ。
「ありがとう。気をつけるよ」
 桜井の視線は終始、佳代子に向けられたままだった。
 表に出ると、風が強く。夜の帳がさらに闇を深めているようだ。
 同窓会の会場はネオンサインの煌く通りから少し入ったところに位置していて、少し足元もおぼつかない。
 それほど呑んだわけでもないのに、妻はよろけながら歩いている。敦也の寄りかかるように歩くか横を見ていると、普段、あれだけしっかりしているだけに、却っていとおしく感じる。
 おぼつかない足跡ではあるが、しっかりと踏みしめている地面を見ると、二人の影が細長く絡み合うように伸びている。絡み合った足元の影を見ていると、ふっと後ろから誰かが近づいて来ているような気配を感じてビックリした。
 衝動的に後ろを振り向く。その態度にビックリした佳代子も同じように後ろを振り向いた。
「どうしたの?」
「あ、いや、誰かが後ろから来ているように感じたのでね」
 心配掛けたくないので、本当は何も言わない方がいいのだろうが、何も言わないと却って余計な心配を強めてしまう。
「私も、何となくそんな感じがしていたの。乾いた革靴の音が聞こえたような」
 革靴は敦也が履いている。だから、その音がまわりに反響したのだと思えば、気のせいになってしまう。
 だが、敦也は音を感じたのではない。もし佳代子の感じた革靴の音が自分のものであれば、敦也は自分自身が発する音である。感じなかったとしても、そこに無理はない。自分で発するものは自分が一番分からないものだ。
 例えば匂いにしてもそうだろう。にんにくの匂いだったり、加齢臭だったり、相手にとって嫌な匂いというのは、自分では分からないものだ。
「そういえば、同窓会で君は誰かを意識していたのかい?」
 顔が一気に青ざめたようだった。
「いや、言いたくなければいいんだが」
 というと、
「いえ、白石君を思い出していたの」
「白石というと、確か、小学校卒業の時に引っ越していった?」
「ええ、そうなの。彼が来ているように思えたのよ」
 白石は最初から呼ばれていなかった。桜井に名簿を見せてもらったが、その中には白石の名前はなく、最初に予定していてキャンセルになったり、予定がある人たちは、名前に線が引かれていた。
「今回はなかなか出席率がいいようだ」
「そうなのかい?」
「ああ、何しろ君が来てくれたくらいだからな」
作品名:短編集117(過去作品) 作家名:森本晃次