短編集117(過去作品)
皮肉が入ったが、その表情は懐かしさで溢れていた。
「小学生のころから見れば、見違えるようになったやつもいれば、まったく変わっていないやつもいるからね」
「俺なんかどうだろう?」
「朝霧は、俺から見ればあまり変わっていないかな? でも、他のやつから見ると、きっと変わって見えるんじゃないかな?」
「どうしてだい?」
「こう言ってはなんだが、朝霧は小学生時代はまったく目立たないタイプだったからな。あまり印象がないやつが、ずっと同窓会にも来ていなくて、大人になって会うのだから、当然見違えることだろう」
「ああ、そうかも知れないな。だけど、俺は皆を見ていて、ほとんど変わっていないやつの方が多く感じたんだ。なぜだろう?」
「俺もそうなんだ。皆あまり変わっていないように見えたんだよ。今まではそんな感覚はなかったんだけど、おかしなものだ」
「君はいつも幹事なのかい?」
「そうだね。ほとんど幹事をしてきたね。でも、いつも同じメンバーなので、集まってからは、皆すぐに打ち解けてくれるので、却ってありがたいかも」
「幹事としてもやりがいありそうだね」
「確かにね。これが俺の性に合っているのかも知れないな。人の世話を焼いたりするのが昔から好きだからね」
敦也にはない感情だった。人の世話よりも、まずは自分のこと、だが、そうは思ってみても、自分のことが一番分からない。そんな微妙な気持ちが自分の気持ちをぐらつかせることもある。
桜井が妻の佳代子を見て言っていた。
「君の奥さん、何となく上の空だね。まるで虚空を見つめているようだ」
確かに上の空であることには気付いていたが、他の人が見ていても気付くほどなので、かなりのものだろう。
佳代子が気にしているのは白石だと言っていた。白石については、小学生の時に転校していったが、その後、高校になって戻ってきたという噂も聞いた。
同じ街にある高校に入学したということだが、噂はそれだけだった。元々病弱なところがあって、影も薄かったので、目立たない性格でもあった。
「白石は佳代子さんのことを意識していた時期があったようだからな」
桜井の話には少しビックリさせられる。もう時効だという気持ちと、アルコールによって、感覚が麻痺しているのか、言わなくてもいいようなことを話してくれる。
――佳代子も白石のことを意識していたんだろうか――
と考えさせられる。
同窓会の中で来ているはずもない白石を意識している妻を見ていると思っていたが、一番気にしているのは敦也本人だ。桜井から聞きたくもない話をされて、少し気持ちが舞い上がっている。
「私、桜井さんの視線が怖くなるのよ」
帰り道で、敦也に寄りかかりながら佳代子が話した。
「桜井がかい?」
「ええ、あの人にいつも見られているように思えてならないの。私がこの同窓会に来るのを躊躇ったのは、彼がいるから……」
意外だった。桜井が一番信頼できる相手だと思っていたからである。
「どうしてなんだい?」
「きっと、私のことを好きだったのかも知れないわ。あの視線には、危険なものを感じるの」
敦也の頭は混乱を始めた。
――目立たない自分は、まわりを見つめているつもりでも、見えている範囲は実に狭いものだったんだな――
今さらのように感じた。自分の知らないところでいろいろな気持ちが交錯してきたことを知らずに今の自分があることを悟ると、この十数年というものが、あっという間だったことに気付かされた。
白石という男の存在が急に迫ってくる。しかも信じていた桜井までを妻の佳代子は否定しようというのだ。
今の自分が考えられる精一杯のことだった。
「桜井さんに見られていた気がするの」
「何をだい?」
「私が白石君を崖から突き落としたのを」
声も出なかった。白石は転校していったのではなかったのか。少なくとも死んでしまったのであれば、事故であれ、殺人であれ、ニュースになるはずだ。それもないというのは佳代子の思い過ごしではないだろうか。
時々、佳代子が虚空を見つめる時があるのをなぜなのだろうと思って見ていたことがあったが、トラウマになっていたに違いない。
突き落としたと思っているだけで、本当は突き落とされてなどいない。転校していったことを佳代子が知らなかっただけではないだろうか。いや、聞かされていたとしても、自分で勝手に打ち消していて、何を信じていいのか分からなかったとも考えられる。
だが、本当だろうか?
今日の同窓会にしても、誰か一人多く居たように思えて仕方がなかったではないか。欠席のはずの白石の影を感じたのは、偶然ではないのかも知れない。
彼は本当に死んでいて、自分が死んだということを皆に分かってもらいたくて出てきた。皆は白石の存在に気付いていたのかどうか分からないが、間違いなく輪の中に入っているように思えた。ひょっとして、本当に白石が出席していたと思っていたのかも知れない。
同窓会が終わって、桜井から写真が送られてきた。写真好きのやつがいて、始まる前と最後に記念撮影をしたのだ。
最初の写真には全部で十六人が写っているが、最後の写真には十五人写っている。
――白石だ――
と思って最初の写真で白石を探すが、どこにも見つからない。逆に最後の写真を見ると、そこにはいるはずの自分が写っていない。
「俺はいったい、誰なんだ」
白石という人間が本当にいたのかも不思議に思えてきた。
写真を持っている手が、次第に透けてくるのを感じ、窓も開いていないのに、通り過ぎる風を感じた。
( 完 )
作品名:短編集117(過去作品) 作家名:森本晃次