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短編集117(過去作品)

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 大学を卒業するまで、その気持ちを大切にしながら、社会人ではない自分が考えてはいけないことだと言い聞かせていた。社会人になることは自分にとって一番大切なことであり、その大前提がなければ、先のことも考えられないと思っていた。
 就職活動は熾烈を極めた。就職難の時代でもあり、これと言ってセールスポイントもない敦也は、その他大勢と同じだった。いかに面接で自分を出すかだけが焦点になる。
 どこがよかったのか、地元ではそれなりに名の知れた会社に就職できたのは幸運もあっただろうが、どこかに魅力があったからだろう。どこに魅力があったのか分からないが、それは仕事をしながら探していけばいいのだ。まずは一年しっかりと頑張ることが大切だった。
 就職してから一年間は、佳代子も気を遣ってくれた。なかなか会えない時もあったが、時々電話をくれたのはありがたかった。
――そろそろ声を聞きたいな――
 と思った時にまるで分かっていたかのように電話で声を聞かせてくれる。会話と言っても他愛もないことだが、それでもありがたい。却っていろいろなことを話しているよりも適度な会話の方が気持ちが入れ込まずに落ち着いて話ができる。きっと深い話になってしまうと、名残惜しさだけが残ってしまい、適度な会話であれば、心地よい余韻に浸ったまま電話を切ることができる。
――痒いところに手が届く――
 これが佳代子の最大の魅力に違いない。結婚という二文字が次第に鮮明になっていく。
 結婚はそれから二年経ってからだった。
 交際期間にすれば五年ほどと、他の人から見れば、「長い春」だったに違いない。だが、再会してから結婚までがあっという間だったと思っているのは二人とも同じだった。
 交際期間は長ければいいというものではない。長すぎると、どちらかが不安に陥ってしまったりするものだ。
――この人、本当に結婚の意志があるのかしら――
 と思うだろう。
 また、どちらかが相手のことを見えすぎてしまって、見たくないところまで見えてしまうこともある。片方はいいところしか見えていないので、そこに隙が出てくるのかも知れない。
 将棋の駒の布陣も、最初に並べた形が一番隙のない布陣だという。一手指すごとにそこに隙が出来る。それを考えると、何においても、最初が一番隙のない形なのかも知れない。
 その気持ちは佳代子の方に強かったのかも知れない。
 佳代子は頭のいい女性であった。敦也の次に起こすアクションを、行動でも言動でも察知してしまうのだ。しかもそれをひけらかすこともなく、包み込むような眼差しで、敦也を見ている。
 頭がいいというよりも、さりげなく相手に対して気を遣うのがうまいというべきである。それが敦也には一番ありがたかった。どちらかというと、行動パターンも言動も、まわりの人に分かりやすいタイプであるらしいことから、
「罪のないやつ」
 と言われることが多かったが、それは若干の皮肉が入っていることは分かっていた。そのこともあって、あまり自分のあからさまな性格が好きではなかったが、佳代子と再会することで、その性格が嫌いではなくなってきた。
 佳代子と再会して一番最初に良かったと感じたのは、自分を見つめなおすことができるということであった。
 結婚してからの佳代子は、少し影があることに気付いた。
 結婚までは何の欠点もない女性で、
――こんな素晴らしい女性を妻にしてもいいんだろうか――
 と思っていた。それは謙虚な姿勢というよりも、自分に対して責任感を問いてみることだった。結婚に躊躇っていたのは、それが一番の理由で、付き合っている時に何ら違和感がなかったはずの二人なので、どうして結婚までに時間が掛かったのかとその一点に尽きる。
 敦也は用心深い性格であった。それは臆病の裏返しでもあったが、臆病であることを自覚しているだけ悪いことではないと思っていた。
 佳代子もそのことは当然分かっていただろう。だから、プロポーズされるまで決して結婚を急かしたりしなかった。急かしたりすると必要以上のプレッシャーが敦也にのしかかり、それがひいては自分に返ってくることを分かっていたからだ。
 結婚するということは、一緒にいる時間が増えるということ、分かり切っていることであるが、敦也には身に沁みて感じられるようになった。
 家に帰ってくれば暖かい食事が待っている。風呂を沸かすこともなく、何も心配は入らない。
 それまで一人暮らしをしていた。大学時代からだから、六年間の一人暮らしだった。
 一人暮らしは自分が望んだものだった。高校時代までは親から口うるさく言われていて、逆らうことが性格的にできなかった。
――自分よりも先に生きている人には、基本的に逆らえない――
 という考えがあったからだ。
 親や学校の先生に対して逆らうことをせず、真面目な生徒だった。だが、それは実に疲れることである。ずっと従順でいる自分を見つめている。見えている自分は実に楽に見える。逆らうことなく人形のように従順だからだ。考えを持たずにただ従っているだけ、そんな自分を見ているもう一人の自分は、苛立ちを持っていたに違いない。
 高校を卒業する頃には、自分が嫌になっていた。受験という時期、ただでさえまわりの皆が真面目に勉強をしている。自分と比較しても、まわりと同じであった。精神的にはまったく違っているはずなのに、外見はまったく同じ、こんな世界を見ていると、息が詰まってしまう。
――皆、抜け殻のようだ――
 と考えた時、皆も自分と同じように、身体から抜け出して自分を見つめているように思えた。皆抜け殻を意識しているだけなのだ。
 受験が終わると、敦也は自分の身体に精神を戻したいと思うようになった。まわりの目を気にすることもなく、従順ではない個性を持った自分を作り上げたいと思うこと、それが一人暮らしをしてみたいという考えの発端だった。
 佳代子と一緒に暮らすようになって、すべてが新しいことのように思えた。一人暮らしをしたかった時の新鮮な気持ちがよみがえってくる。

 あれから三年が経った。そろそろ子供もほしいと思い始めていた敦也だったが、佳代子はどうもその気がないようだ。
 子供の話をしてその気があることをそれとなく気に掛けさせようとするのだが、寂しそうな顔になっている佳代子がいるかと思えば、テレビで親子の睦まじいシーンを見ると、なるべく顔を背けようとする佳代子もいた。
 子供が嫌いなわけではないと思えるが、それとなく聞いてみるのも怖くて、なかなか聞き出せないでいた。まだまだ新婚気分でいたいというわけでもなく、子供を作ること自体に抵抗があるようだった。
 昨今、子供と親、学校の問題が深刻化しているが、子供を育てるのが怖いのかも知れない。しっかりしているところのある佳代子だが、自分のこととなると、どこか自信がなさげである。
「君なら大丈夫」
 百人が百人、この言葉を言うだろうとさえ思えるくらいに、自分の考えを持っている女性だと思っていた。
――何か気に掛かっていることがあるに違いない――
作品名:短編集117(過去作品) 作家名:森本晃次