小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集117(過去作品)

INDEX|14ページ/19ページ|

次のページ前のページ
 

送られてきた写真



                送られてきた写真


 朝霧敦也は、新妻のことを気に掛けていた。
 三十歳も近くなってきて、結婚という言葉を意識し始めて結婚に至るまで、考えてみればあっという間だった。結婚するまでにいろいろな手続きがいったり、煩わしいことが嫌いだったのでなかなか結婚に踏み切れなかったが、終わってみれば忙しくはあったがやりがいがあって、それなりに楽しかった。何よりも新妻が献身的で、相手の家庭も朗らかだったことがありがたい。元々以前から家族とは懇親だったので、それもスムーズに行った原因だった。
 妻の佳代子とは幼馴染のようなものだった。小学校、中学校一緒で、高校は別のところに行ってしばらく遭わないでいたが、大学に入ってアルバイトした時に、偶然アルバイト先で彼女が事務員をしていたのだ。
 最初に気付いたのは佳代子の方だった。就職して二年が経っていて、仕事にも慣れていたこともあるのか、事務所内をテキパキ仕切っていた。何も分からないアルバイトとしてやってきた敦也にまわりを見る余裕などなかったのだ。
「すぐに気付いたわよ。朝霧君は変わっていないわね」
 佳代子から誘ってくれた昼食で、黙ってついて行ったが、二人きりになるとすぐに懐かしさがこみ上げてきて、話は弾んだ。
「そういう君こそ、ほとんど変わっていないんじゃないかな?」
 半分はウソだった。
 中学時代までの佳代子は、どこにいてもあまりまわりから意識されることのない目立たないタイプの女性だった。小学生の頃から一緒なのでかなりのことを知っているつもりだったが、面と向かって二人きりで話すのは初めてだった。
 また、敦也の方もあまり目立たないタイプの少年だった。敦也は小学生の頃や中学時代を思い出すのは嫌だった。目立たないというのが一番の理由だが、本当は性格的に自分が嫌いで仕方がなかったのだ。
 人とあまり話ができない性格というのはどこにでもいるのでそれほど気にしているわけではなかった。それよりもいつも一人でいて、気がつけば気になる女の子をじっと見てしまう自分が怖かった。
 もちろん無意識にである。相手が自分の視線に気付いて身構えた態度を取るのを見て、ハッと我に返ることがあるくらいだった。そんな自分が気持ち悪かった。
――きっと見つめられた女の子は、俺の気持ち悪い視線に身震いしていたんだろうな――
 そのことに気付いたのは小学六年生の時だった。
 四年生くらいから早熟な女の子は胸が目立ってきたりするものだ。無意識に目が行くのは男としては仕方がないことだが、如何せん敦也は異性への興味に関しては晩生だった。
 中学二年生くらいになってやっと、彼女がほしいという願望が芽生えてきたのだ。
 では、小学生の頃の視線は一体どこから来るものなのか?
 それを考えると気持ちが悪い。無意識に見つめていたというのも、男としての異性への純粋な興味ではないから、余計に気持ち悪くなってきた。
 今から思えば、女の子の視線が怖かった。佳代子に対してもそんな目で見ていたかも知れないが、佳代子は敦也に対して怖がるような視線を浴びせたことはなかった。いつも暖かい視線だったことは覚えている。
 女の子の視線の冷たさ、それがしばらく女性恐怖症に至らしめたのかも知れない。異性への興味が遅かったのも、そのせいだろう。
 女の子にとって気持ち悪い視線を浴びせた男の子というのは、ずっと忘れないものなのだろうか。同窓会があると言われても高校卒業するまでは出席を拒んでいた。女の子からの視線が怖かったからだ。
 その視線を知っていた友達がいた。
 彼は中学に進学する前に転校して行ったが、一度、
「君の視線、怖いんだよね」
 ボソッと言われたことがあった。女性に対しての視線がいやらしいものであることに気付き始めていた頃だったので、言い返すことができなかった。だが、男性に対して気持ち悪い視線を浴びせたことなどないはずで、しかも彼を見つめた覚えなどない。一体何を言っているのだろう?
 彼とは二年間一緒だった。親が転勤を繰り返しているとのことで、五年生になって転校してきたのだ。しかし、彼は紛れもなく同じ小学校で卒業した同窓生だったのだ。
 白石という名前だったと思う。当時のアイドルに同じ名前の歌手がいたから覚えていたのだ。異性への興味がなかった敦也だったが、アイドルにだけは敏感だった。
 佳代子には自分の視線の話をしてみた。あれから十年以上も経っているのだから、時効であろう。
「そんなことを気にしていたの?」
 佳代子は思ったよりも、楽天的な性格の持ち主のようだ。笑顔には何の屈託もない。
「これでも神経質なんだよ。その時は気付かないんだけど、気付いてから後悔しても遅いかな?」
「そんなことないわよ。ただ、後悔というよりも反省だったらいいのよね。物事はポジティブに考えないとね」
「そうだよね」
 話をしていると、自分のわだかまっていたものが解け落ちていくように感じた。佳代子との再会に運命のようなものを感じていたのかも知れない。
 それから急速に親しくなっていった。
 佳代子は会社での人望が厚いが、それは仕事上のことであって、プライベートになるとあまり人との付き合いはないようだった。仕事においてテキパキとその場を仕切る人間にはありがちなことではないだろうか。
 当時、まだ学生だった敦也にはピンと来ないことだったが、三年生になって就職活動が本格化してくると実感として湧いてくるようになってきた。
 一緒にいる時の佳代子は、なるべく仕事や会社のことを敦也には話さないようにしている。それが礼儀だと思っているのか、それとも仕事のストレスをプライベートに持ち込みたくないのか、無理してはしゃいでいるようにも見えるくらいだ。
 キャンパスで見かける女の子たちは、意外と一人でいる人が多いように見える。意識してみているせいもあるのかも知れないが、ベンチに座って読書に勤しんでいる女の子や、編み物をしている女の子ばかりが目に付いてしまう。
――佳代子と付き合っていなければ、声を掛けたくなるくらいだな――
 と感じるほどだった。
 女子大生という言葉のイメージを、その時佳代子に感じていた。自分の中にある女子大生のイメージが少しずつ崩れていった。だが、本当は落ち着いている女性が好きな敦也は、一時期佳代子と付き合うことに疑念を抱いていた。
 だが、彼女が無理をしているというのに気付いた時、
――仕事でのストレスが相当溜まっているんだな――
 と感じた。それを顔に出さないために、無理をしている。つまり、精一杯に気を遣っているのが分かってきたのだ。
 佳代子にとって、敦也とはどんな存在だったのだろう。
 もし、佳代子の前からいなくなったらどうなるかということを、逆の立場から考えると、佳代子のことがいとおしくなってくる。この気持ちが佳代子のことを考えた時、絶えず存在していれば佳代子のことが本当に好きなのだということになるに違いない。
 果たして佳代子のことを考えた時、いとおしさが滲み出てくる。
――やはり、俺は佳代子が好きなんだ――
 そう思った時、他の女性が見えなくなってきた。将来の結婚を考えたのはその時だったに違いない。
作品名:短編集117(過去作品) 作家名:森本晃次