ファイブオクロック
前の時のようにまたしても、防空壕の方を見ると、そこにはないはずの祠があるのが意識できた。
「また幻を見たのか?」
と思い、急いで防空壕の中に入った。
今回は懐中電灯を持ち歩いていたので、中に入る時に懐中電灯を灯して中に入ったが、そこにはまたしても、死体があった。
今度の死体は男だった。そして、同じように首を絞められているのか、首筋に赤い紐が結び付いていた。
急いでケイタイで交番に電話をしたが、交番では誰も出なかった。急いで交番まで駆けつけると、ちょうど警らから帰ってきたのか、増田警官が交番の中に入るところだった。
今回の三郎は、なぜか前回死体を発見した時に比べて、慌てていた。本来なら、現場を離れることなく、前のように一一〇番に掛ければよかったはずなのに、どうしてそんな簡単なことができなかったのか、それはあとから考えると、自分が何かに焦っていたとしか思えなかった。
何に焦っているというのか、状況判断を誤るほどに焦る必要がどこにあったのか、子供だからということであろうか? 三郎はいろいろと考えていた。
「また、あの場所で死体があったんだ」
と言って、急いで警官と現場に戻ったのだが、最初に驚いたのは、さっきは明らかにあったと思った祠が、またしても消えていた。
いや、祠がないのは最初から分かり切っていることなので、本当であれば、祠が見えた最初がおかしかったのだ。その時の三郎はすでに前後不覚状態に陥っていて。増田警官にくっついていくしかなかった。
懐中電灯を照らして中を伺っている増田警官だが、
「おや? おかしいな」
というではないか。
増田警官の後ろに隠れていた三郎が前に引き出されるような形で前面に出ると、あら不思議、先ほどはあったはずの男性の死体が消えていたのだ。
「どういうことだい? 君は確かに見たんだろう?」
と言われて、
「ええ、見ました。確かに男性の死体があったんですよ。じゃあ、あれは幻だったということなのか?」
「死体を触ってみたりしたかい?」
「いいえ、以前とまったく同じ感じだったので、てっきり死んでいると思って。通報を急いだんです。すると、連絡がつかなかったので、急いで交番に駆け込んだら、ちょうど増田さんが帰ってこられたというわけです」
と、三郎は答えた。
「ひょっとすると、その人は死んでいるわけではなく、ただ意識を失っていただけで、意識が戻って、それで帰ったんじゃないのかな?」
と増田警官は言ったが、その表情を見る限り、犯行時代も最初からなかったのではないかと言いたげであった。
「じゃあ、一応、犯行が行われたかどうか、きちんと調べてくださいね」
と言って、それ以上は突っ込めなかった。
とにかく、転がっているはずの死体がないのでは、何を言っても同じだった。
言われてみれば、時間が経つにつれて、自分も本当に死体を見たのかと言われると自信がない。一度犯罪が行われたその場所で、まったく同じような犯罪が行われるというのはどういう心理なのだろう? 普通は考えにくいと思うのは、三郎の思い込みだろうか。確かに増田警官が調べてくれたように、その場に争った跡もなく、死体があった形跡もないようだ。最初の事件での祠といい、今回の実際の死体といい。三郎少年は、いつも何かを見失いようだった。
それからしばらくして、事件と関係のないところで、同じようなことがあった。
学校で、誰かの給食費が盗まれるという事件があった。給食費がなくなったと一人が騒ぎ出したのだ。
体育の時間に教室を開けてしまった時、うっかりとカバンの中に給食費を入れたままだった。着替えを終えたままの私服が机の上に散乱した状態で教室にカギも掛けていない。そんな実にセキュリティの甘い状態だった。
誰かが忍び込んで盗みを働いても分からない。その日は少しお腹の調子がよくなくて、三郎は何度もトイレに行っていたが、その時も我慢できずに教室の前を通ってトイレに向かった。
ちょうどその時、教室の中に誰かがいたような気がして、一度通り過ぎてから戻ったが、もう誰もいなかった。
「気のせいか」
と思ったが、急いでトイレを済ませて、また表に戻った。
体育の授業が終わって教室に戻ると、一人の生徒が、
「給食費の入った袋がない」
と言い出した。
そこで、
「誰か怪しい人が教室の中にいた」
と三郎がいうと、いうと、とたんに、
「犯人外部説」
が浮上してきた。
クラスのみんなは、一歩間違えれば自分が疑われることになると躍起になっていたので、三郎が見たという犯人に対して誰も疑うものはいなかった。
だが、先生だけは浮かぬ顔をしている。皆が犯人外部説をとっていることに苦み走った表情である。
先生は、その後、給食費を盗まれたという少年を呼んで、何やら尋問しているようだった。神妙に聞いている生徒の様子が気になっていたが、翌日学校で、
「昨日はごめんなさい」
と朝一番の授業の前に、皆に謝罪しているではないか。
「どうしたんだよ、一体」
と疑問の声が上がる中、
「給食費、盗まれたと思っていたけど、実は探したらあったんだ」
という話であった。
「何だよ、それ、俺犯人を捕まえようと張り切っていたのにな」
とガッカリした生徒も何人かいた。
ただ、実はこれはお芝居であり、本当は最初から盗まれたというのは狂言だった。彼の家は貧しくて、給食費もまともに払えないほどであり、しかも家では今世間で給食費を払わない人が増えているということを知っていたので、子供に給食費を持たせなかったのだ。盗まれたという狂言は、彼の苦肉の策で、切羽詰まったうえで、
「盗まれたことにすれば、払わなくてもいい」
と感じたからだった。
だが、そんなことは担任には分かっていたのだろう。給食費はどうするかは別問題として教室での疑惑は収めなければならないということで、あのように、
「盗難はなかった」
ということで丸く収めようとした。
しかし、それが収まらなかった。
「あちらを立てればこちらが立たず」
先生は、三郎が犯人らしき人間を目撃したということを知らなかった。
盗まれたことがなかったことになってしまうと、三郎の見たという証言はどうなってしまうのだろう。
「三郎が余計なことを言ったので、俺たちはその気になって犯人を捜そうとしたんだぞ」
ということになり、三郎がウソつき呼ばわりされることになった。
三郎は、確かに見たと言い張ったが。それは説得力のないものだった。被害者が、
「犯行はなかった」
というのだから、どんなに三郎が主張しても、それは無駄であった。
後で分かったことだが、先生は被害者のように装った生徒の家庭の事情が分かっていたので、何とか穏便に済ませようと思ったようだ。そのために三郎が余計なことをまわりから言われるようになるなど思ってもみなかった。
「ウソつき三郎。お前はオオカミ少年だ」
と言われるようになった。
イソップ童話の中で、
「オオカミが来た」