ファイブオクロック
「ええ、自分が赴任する土地の歴史や風俗は調べておくようにはしているんですが、ここはどうも何か曰くがありげな感じでしたので、入り込んで調べました。なかなか分かってくるまでには苦労しましたが、なるほどこれだけのことがあったのでは、分かりにくいのも無理もないことだって思いました。やっぱりこの街は何かの呪いが残っているんでしょうかね?」
と増田警官が呟くように言った。
この街は、元々は、大都市から少し離れたところなので、この街には都会にはない、この街独自の文化のようなものが反映していたとのことだった。そういう意味ではまだまだ知られざる秘密があるのかと清水刑事は感じたが。いつの間に蚊、大都市のベッドタウンになっているのだから、そのあたりにも何か事情が渦巻いているのではないかと思えるのだった。
「戦争が終わってから、もう七十年以上も経つというのに、都会に姿を変えた場所が大半である反面、ちょっと入れば、誰も知らないような秘密を持った場所が姿を現す」
というのは実に不思議な街である。
それだけ新旧渦巻く街だと言えるのだろうが、それが妖艶な側面を浮き彫りにしているのだった。
結婚詐欺
死体の身元はすぐには分からなかった。指紋は採取できたが、前科者データに乗っていなかったし、それらしい捜索願もないことから、警察も写真で捜査を行ったが、残っている写真は、断末魔の表情では、もしその人を知っている人でも。まさか断末魔の表情まで分かる人はいないだろう。特に普段社交的な人では、写真から身元を確認してもらうのは困難を極めるだろう。
しかし、ひょんなことから身元というのは割れるもので、しかも、それが何と警察内部というところが、一種の間抜けとでもいえばいいのか、完全な、
「灯台下暗し」
であった。
被害者の身元が判明したのは、警察は警察でも、捜査一課ではなく、捜査二課の方であった。そこに一人の男性が相談をしに来ていたのである。
彼は結婚詐欺に遭ったと主張していた。いろいろプレゼントをした挙句、最初は分からなかったがいろいろと不審な点を考えているうちに、
「俺以外にも他に付き合っている人がいるのではないか?」
という疑念に捉われ、次第にそれが真実味を帯びて感じられるようになると、猜疑心の塊りのようになってしまった。何が嫌と言って、猜疑心を抱いてしまった自分がどんどん深みに嵌るのを見るのが嫌だったのだ。
「背に腹は代えられぬ」
ということで、どんな結果が出るにしろ、一番まずいのはうやむやにして中途半端で結婚をしてしまい、一生猜疑心を持ったまま、彼女から逃れられない自分を想像するのが怖かったのだ。
そのため、探偵を雇い、少々お金はかかるが、証拠固めをしてもらい、証拠が固まった時点で、警察に訴え出るという手段を考えていた。
もし、彼女に対して最悪の結果が出たとすれば、途中に民事訴訟を挟むというような中途半端はしたくない。民事訴訟も視野に入れながら、結婚詐欺で訴えるということをしなければ気が済まないということだったのだ。
その男は、ある程度まで証拠固めを済ませて、警察に被害届を出した。
その時、もちろん、証拠の品をすべて揃えてのことだった。探偵の方からも、
「これだけの証拠が揃っていれば、警察も動くことでしょう」
と言われて、警察に訴え出たのだ。
しかし、どうやら彼女の方も彼の行動に不信感を抱いていたのか、探偵が自分を密偵していることにどこかで気付いたようだ。
だが、証拠はすでに押さえられていて、もしこのまま被害届を出されれば、このままタウ歩ということにもなりかねない。女は姿をくらましたのだ。
警察が被害者から聞いた名前も住所も会社も、すべてがウソだったのだ。
「なるほど、他にも被害者がたくさんいるということでしょうね。だから彼女は何股も掛けていることから、身元がバレないように、そして警察沙汰になってもバレないように、最初から偽名だったんでしょうね」
と警察は気にしていることをスバッという。
「じゃあ、最初から結婚するつもりなんかなかったということでしょうか?」
と男がいうことに、これが刑事でなければ、
――何をいまさら。この期に及んで、あだ女が自分を好きだったなどと思っているなんて信じられない――
と思うことだろう。
だが、実際に結婚詐欺というのはこんなものである。詐欺専門の部署である捜査第二課は、そんな詐欺の手口を山ほど見てきている。その中でもこのケースはよくあるケースなので、かなりの確率で犯行が自分たちの思っているやり方で行われていると思っていた。それこそマニュアルに沿った教科書のようなものがあって、スタンダードな詐欺を行っていたに違いない。
それに結婚詐欺はなかなか立件もしにくいのではないだろうか。それこそれっきとした証拠がなければ立件できない。今回のように相手がお金を使って探偵を雇い入れてでも捜査しようと思わなければ、警察に訴え出ても、なかなか取り合ってもらえないのが関の山に違いない。
それは犯人にもよくわかっていることであり、しかも、いざとなると、姿をくらませばいいというくらいに思っている。
別に仕事をしているわけでもなく、身軽なので、全国どこにでも逃げればいいだろう。
結婚詐欺として捜査されたわけでもないので、指名手配になることもない。手配されたとしても、殺人などの凶悪犯と違って、県をまたげばさほどのこともないと思っているのだった。
彼女がどこに行ったのか、行方不明になってから、一か月が経っていた。捜索願を出そうにも、彼女には知り合いも身内も近くにはいなかった。もし、捜索願を出すとすれば、彼女と付き合っていた何股目の男か分からない人が出すことになるのだろうが、どうせその男に対しても本名も住所もでたらめなのだから、ひょっとすると、その時点でこの人も自分が結婚詐欺に引っかかったことに気づくかも知れない。
被害届を出した男の方も、探偵にお願いするまで、かなりの精神的な葛藤があった。
「あの人はそんな人じゃない。俺を愛してくれているんだ」
と思い込んでいたからである。
普段、うだつの上がらない目立たないタイプの男、もっともそんな男だから女性にもモテない。しかし、優しさという点では他の男性よりも強いかも知れない。何しろコンプレックスを抱えているのだから、相手に対して優しくなれるのも無理もないことだ。しかし、詐欺師はその部分を擽ってくる。
「思い切り甘えれば。男なんてコロッとくるわよ」
というのが、基本的な考えだった・
この結婚詐欺師の女は、元々金目当ての結婚詐欺ではなかった。もちろん、お金のありがたみも分かっているので、男からむしろとることも忘れない。しかし実際の彼女は、自分が騙そうとしている男たちと同じだったのだ。
過去に男に騙されたことが何度かあった。尽くすことだけが自分にできることだという思いが強く、一番手っ取り早いのがお金だったのだ。
「俺、今度会社を立ち上げたいんだけど」
であったり、
「今度芸能プロダクションに入りたいんだけど、お金が必要なんだ」