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ファイブオクロック

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 理屈的には話がうまく出来上がっているのだが、何かどこかから、
「作られた話」
 のようになり、聴いていて納得できないところがあるのだけれど、それがどこなのか分からない辰巳刑事であった。
「清水刑事はこのあたりのことをよくご存じなんですね?」
 と辰巳刑事がいうと、
「ああ、私は中学二年生から高校を卒業するまで、この近くに住んでいたことがあったんだ。あの頃はまだ昭和だったんだけど、今では信じられないような建設ラッシュの時代でもあったんだ。何しろバブルの時代だったからね。皆が皆、会社を大きくすることだけしか見ていなかった時代なんだ。だから、いろいろな事業に手を出したり、開発をすべてに対して優先させたりする機運ばかりだったんだ」
「そうなんですね」
「親の顔も見ることがほとんどないほど、残業など当たり前で、会社に泊まり込みで仕事をしているくらいだったんだ。今でいう過労死とは少し違って、労働することが美徳のように言われていた時代だね。そういえば、『二十四時間戦えますか』なんていう栄養ドリンクのコマーシャルもあったくらいなので、どれほどその頃の企業が、事業を伸ばすことだけを見ていたか分かりそうなものだよね」
 という清水刑事に対して、
「それが今度はバブルが崩壊して、進めてきた事業がすべて会社破綻の現認になったということですね?」
 と辰巳刑事がいうと、
「ああ、そうだ。広げてきた事業がソックリそのまま不良債権のようになってしまい、それまで言われてきた『銀行神話』もなくなっていったんだ」
 と清水刑事が言った。
「銀行神話ってなんですか?」
「今でこそ、銀行であっても、どこかと合併したりしなければ、倒産してしまう時代だろう? でもバブル期までは、銀行は絶対に倒産しないって言われていたんだよ。だから就職活動の時なんか、銀行家公務員であれば、安泰だなんて言われたものさ」
 と清水刑事は言った。
「そういえば、昔の銀行は絶対だったという話を訊いたことがありました。でも今では昔ならライバル会社だったところと合併なんか平気でしていますからね。あの頃にサラリーマンをやっていた人は、さぞや時代の急変に驚いたことでしょうね」
「それはそうだろう。銀行だけじゃない。どこかと合併して救済の道を選ぶか、初志貫徹を目指して、そのまま倒産の道を選ぶかの、二者択一を迫られた会社も多かっただろうな」
 と清水刑事はいう。
「昭和の時代というと、激動の時代でもあったけど、高度成長時代から、いろいろあったけど、今よりはましだったんだなと私は思っていたんですが、どうなんでしょうね?」
「昔は、結構差別的なことが横行していて。今のように差別に対して、そんなに過敏ではなかったからね。差別という言葉を叫ばれ始めた頃でも、差別があるのは当たり前だという考えが横行していたと思う。差別を壊滅させたいと思っていた人でも、どこまでできるか疑問だったはず。今ほど差別に対して過敏になる時代を、その人たちはどこまで考えていたんだろうね。意外ともっと違ったイメージを思っていたのかも知れないね」
 と清水刑事がいうと、
「それはどういうイメージですか?」
「差別という言葉にばかり敏感になっていて、今では差別用語もたくさんあって、昔は平気で言っていた言葉も言わなくなってきた。逆にいうと、ギクシャクした世界にも思えてくる気が、昔を知っている人から見れば見えてくるような気がするんだ。彼らが目指した差別のない世界に対する正解って、今のような世の中なんだろうかってね。これがもし過程だったとすると、一体どんな世の中になるというんだろう?」
 と清水刑事は溜息をついた。
 二人は、その日、現場でほとんど何も発見できなかったことを少し気にしていた。こんな洞窟の中で殺人が行われたのだから、真っ暗なところなので、殺人を行っても、遺留品は見つからないのも無理はないと思われたが、しいて言えば、被害者の近くに落ちている指輪くらいであろうか。
 その指輪は被害者がしていたもののようだ。殺されそうになってもがいている時に、指からすり抜けたのだろうか。被害者のそばに落ちていて、不自然に遠いわけではなかったので、
「争っているうちに取れてしまったのだろう?」
 ということであった。
 被害者の死亡推定時刻は、今から六時間くらい前だというので、逆算すれば、午後二時過ぎから三時くらいまでだと言えるのではないだろうか。死因は絞殺、どうやら後ろから絞殺されたのだろう。犯行現場はここに間違いないようで、洞穴というだけ、地面は土になっていて、争った跡がくっきりと残っていた。
 午後二時というと、表は十分に明るく、日差しが入ってきてもおかしくないくらいのこの場所であるが、
「どうやら後ろから不意に首を絞められたようですね。必死に抗おうという感じはしていますが、被害者が前を向いたとは思えません。ひょっとすると、自分を殺した相手が誰なのか分からずに死んでいったのかも知れませんね」
 という鑑識管の話に、清水刑事はやり切れないような表情をして、哀れな被害者に手を合わせていた。
「しかし、それにしても、この被害者は。ここに何のようがあったんでしょうね、そもそも、こんな住宅街の区画整理もキチンとされたところに、昔の防空壕の跡が残っているというのもおかしなものだよね」
 と清水刑事がいうと、
「ここは元々、表に祠があったんですよ。その祠を移動させなければいけなくなって、祠を移動させてみると、その下から防空壕が見つかったんです。きっと祠で隠していたのかも知れないですね。一度、祠を移動させる前に、神社にお願いしてお祓いをしていただいたんですが、防空壕も同じようにお祓いをしてもらったわけですが、その防空壕というのは、調べてみると、以前ここを整理する時にどうしても見つからなかったところのようで、まさか祠の下になっているなど、誰も気づかなかった。で、中を確認してみると、そこには何と数体の白骨が転がっていたんです。ひょっとすると爆弾が近くに落ちて、ここがふさがってしまったか何かで、出ることができなくなったんじゃないかってね。いわゆる生き埋めというやつです。人が死ぬ時、何が怖いかといって、ジワジワ死ぬのを待っていることほど恐ろしいことはない。しかも数人での生き埋めなので、死んでいく順番も当然違う。生き残った人は、苦しんで死んでいく人を嫌でも見なければいけない。そしていずれは自分が同じ運命になるんですよ。これほど恐ろしいことはない。だから、それを分かっている人が、祠で隠したという話があったんです。だから、祠は移動させなければいけなかったんですが、防空壕はどうしても塞ぐことはできなかった。中に入ることができないようにしてさえおけば、それだけでいいと思っていたんですね。白骨はそのまま運び出されて、手厚く荼毘に付されたのですが、ここは、いわゆる「開かずの扉」として封印することにしたというわけです。だから、ずっとここは開かずだったはずなのに、いつこんな風に出入りができるようになったのか、不思議ですよね」
 と増田警官は言った。
「増田さんは結構このあたりの事情に詳しいんですね?」
 と訊かれて、
作品名:ファイブオクロック 作家名:森本晃次