ファイブオクロック
「祠の件は、自分の見間違いだったのかどうか、実際に疑問ではあるんだけど。それ以外となると、あの横穴は表から見えるところにあったということなんでしょうか? 僕は実際にはあんなところに祠があると疑問には感じたんだけど、後ろの洞穴はそれほど不思議には思わなかった。でも、祠はなかったのだとすると、あの洞穴を誰も気にしなかったというのはどういうことなのだろう? って思うんですよ」
と三郎少年は言った。
「でもね、世の中には目の前にあっても、そこにそんなものがあることにまったく違和感がなければ意識しないものだってあると思うんだ。今は夜だし、君が死体を発見したことで、この洞穴が焦点のようになっているんだけど、昼間何もない平和で穏やかな時間帯であれば、誰が気にするかと思うんだよね。君だって、祠を見ていて、後ろの光が気になったから行ってみたら、そこに洞穴があって、入ってみたというわけだろう? 気になったからだということでそれが理由になるんだよ」
という話を辰巳刑事はした。
「確かにその通りなんですよ。僕もあの時、光を見て居なければ、その奥を見ようとまではきっと思わないと思うんですよね。何と言っても自分の目的は、気になっているその人を追跡するという思いだったからですね」
と、三郎少年は言うのだった。
気になったからと言って、どこまで深入りしていいのかなど、小学生では分かるはずもない。だからこそ、大人が教える必要があるのだろうが。子供の方としても、基本的にはあまり深入りしてはいけないということを意識しなければならないと思わなければいけないだろう。
「結局、その人の追跡という意味では、死体を発見してしまったことで失敗に終わったというわけですよね?」
「ええ、その通りです。でも、今から思えば、その人が角を曲がってから、僕は急いでその角まで走っていったんですよ。その間、十秒ちょっとくらいだったと思うんですけど、角を曲がってから、どんなに走ったとしても、その次の角までは結構あります。途中に見んかがあるにはありますけど、そこに入るにも結構遠いんですよ、そこまでには、石の塀がずっと続いているので、忍者でもなければ、乗り越えられないと思うんですよ。じゃあ、一体あの人はどこに行ったんだろう? と思うと、気持ち悪い気がして仕方がないんです」
と、三郎少年は言った。
「うーん、君の話を訊いていると、正直辻褄の合わないところが散見されるが、話としては理路整然としているところがある。それは話を作っていた李、盛っていた李という感じがないからかな? もし、話を作っていたり、盛っていたりすると、どこかに無理が行って、一つの矛盾からいくつもの矛盾が噴き出して、いかにも信憑性が感じられない話になってくるんだが、君の話にはそれがない。辻褄が合わないことを、ウソだとは思わずに、不思議なこととして分けて考えることができるんだ。要するに無理して作った話には、ウソが混じっているということを、自分から公表しているものだと言えるんじゃないかな?」
と、辰巳刑事は話した。
三郎少年が言いたいのもそのことであった。
自分でも納得できないような不思議な話をどのように話せばいいのか難しいところである。人によっては、
「見たもの、思ったものをそのまま話せばいい」
というだろうが、自分でも信じられないことを、本当に見たのかすら思えないことを、いかに人に伝えろというのか、どうしても、自分の中で整理できなくなり、辰巳刑事のいうように、理路整然とした話になどなるはずもなかった。
それを辰巳刑事は。
「理路整然とした話だ」
と言ってくれたのだ。
これは少年としても嬉しいことである。いや、少年であることだからこそ、嬉しいと言えるのではないだろうか。
その日の辰巳刑事の事情聴取は、それくらいしかなかった。きっと辰巳刑事の方も、これ以上聞いても、真新しい話が出てこないと思ったのか、それとも、せっかく理路整然とした話が訊けたのに、それ以上聞いて、話が却って混乱してしまうということを恐れたのか、そのどちらかではないかと思うのだった。
辰巳刑事は、その後、清水刑事のところに向かった。
「辰巳刑事、何か新しい証言でも聞けましたか?」
「そうですね、一つ気になったのは、あの少年がここに入ってきた時、ここの入り口に祠のようなものがあったというんですよ。ウソをついているようにも聞こえなかったし、何かの幻でも見たんでしょうかね?」
と辰巳刑事がいうと、
「祠? 少年が祠と言ったのかね?」
「ええ」
「あの少年はいくつだった?」
「確か、小学四年生なので、十歳ではないかと思います」
「十歳か、だったら。その祠を見たというのは、本当にただの幻かも知れないな」
と清水刑事が言って、考え込んでいた。
すると辰巳刑事が聞きなおし、
「どういうことですか?」
というと、
「ここには確かに昔、祠があったんだよ。それも十五年以上も前のことだというんだけどね。ここが住宅街に区画整理されるということで、そのお地蔵さんを祀った祠は、ここから数十メートル離れた場所に移動させられたんだが、その一帯は、以前から昔の佇まいを残したところで、そこだけは昔のまま残してあるんだそうだ。その理由をさっき増田さんに聞いたんだけど、お地蔵さんをあの場所に移したことで、余計なことをして、怒らせないようにしないといけないという市の行政の人たちの中にこの意見が数人あったそうなんだ」
「せっかく、移してきたのに、何かたたり祟りのようなものがあったのでは、本末転倒にすぎませんからね。それを行政の人は恐れたんでしょうかね」
「ああ、そうだと思う、でも、移動先をここにするように考えた時、かなり早いスピードで決まったらしい。すぐにここに地蔵を移転してから、工事は急ピッチに進んだんだけどね、最後の最後になって、けが人が出たんだそうだ。どうやら地蔵を動かした時に携わった人らしい。だけど、あとで調べた時、彼は怪我はしたんだけど、本当なら、もっと大きな事故に繋がってしまうような事故だったのに、彼の怪我は事故のレベルに比べれば軽傷だったんだって、ある意味、ここに移したことが、功を奏したのではないかという行政の人の話だったんだそうだ」
「それは誰から聞いたんですか?」
「増田さんから聞いたんだ。彼は結構この街の巡査が長いので、結構いろいろなウワサを聞いていたようで、ちょうどこのあたりのウワサとして思い出したのが、今の話だったようなんだ」
と、清水刑事は言った。
「じゃあ、このあたりの区画整理が終わってからはどうなんですか?」
「このあたりの区画整理が終わったのは、それから二、三年くらいなんだそうだけど、それ以降は何もなかったというんだ。今でこそ、このあたりには新興住宅が立ち並んでいるんだけど、区画整理を行う前までは、まだまだ昔のものが普通にいろいろ残っていたというんだ。それも違和感なく、街の中に溶け込んでいたということだったので、さぞやこのあたりだけが、他と違った世界を持っていたんじゃないだろうか」
清水刑事の話にも一理あったが、どこか辰巳刑事の中で理解できないところがあった。