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ファイブオクロック

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 実際に佐久間先生の話には違う次元に何か気持ちを誘ってくれるような話も多く、ひょっとすると、今日ここで祠を見たというのも、佐久間先生と自分の間に存在しているかも知れない、
「別の次元の扉」
 を開いたからではないかと思うのだった。
 辰巳刑事を見ていると、佐久間先生に見えてくる気がしたのは、大きな勘違いには違いないが、辰巳刑事の顔が、どこか自分と共通点があるような気がした。
 最初はそれがどこから来ているものなのか、見当もつかなかったが、考えてみるうちに何となくではあるが分かってきたような気がした。
「この辰巳刑事という人、この僕の中に佐久間先生を思い浮かべているのではないだろうか?」
 と感じた。
 つまり、三郎少年が辰巳刑事の中に佐久間先生を感じているのと同じに、辰巳刑事も自分の中に佐久間先生を見出しているのかも知れないと思うと、
――辰巳刑事と僕は、佐久間先生という人を通じて、二人だけの別次元に存在しているかのように思えるのだ――
 と三郎少年は感じていた。
 少年であっても、空想力は大人に負けない。しかも、子供ならではの空想力があることで、より洗練された発想を持っているのではないだろうか。

                防空壕の秘密

 普通であれば、
「少年の戯言なんだから、別に気にすることはない」
 という刑事が多いことだろう。
 しかし、辰巳刑事は、相手がたとえ少年であろうと、まわりから信用されていないと思われている人であろうとも、一度は自分の目でその信憑性を確かめることにしている。人のウワサを気にして、それを全面的に信じるなどというのは、捜査をするうえでしてはいけないタブーだと思っているのだった。
 だから少年が、
「祠を見た」
 というのであれば、
「そんなのは幻想にすぎない]
 と言い切るのではなく、
「幻想なのかも知れないが、幻想なら幻想として、そんなものを見るには何かの根拠があると思っている。そこに何らかのわけがあるのであれば、それがその時の事件に、まったく関係ないと言い切ることができるだろうか?」
 ということを考えていたのである。
 辰巳刑事の考え方は刑事としてどこまでいいのか分からない。何でもかんでも信用して、取捨選択できないのであれば、下手にたくさんの情報がありすぎると、頭の中が整理できずに、混乱してしまうだろう。
 しかし、本人に取捨選択を行うだけの気持ちがあるのであれば、それは容認されるべき事態として、辰巳刑事は考える。したがって。三郎少年が今回妄想したという祠というのも、何かの意識があり、そこに勘違いが生じたとしても、それなりに理由めいたものがあるのだと考えるのであった。
 辰巳刑事は、清水刑事を尊敬していた。
 清水刑事の冷静な判断力に陶酔していると言ってもいい。
「俺もゆくゆくはあんな感じの刑事になりたい」
 と思うのは、清水刑事は常に冷静ではありながら、普通なら信じられないようなことであっても、一応は信じてみようと考えるところであった。
「そんなバカな」
 などという言葉を、清水刑事の口から聞いたことはなかった。
 辰巳刑事は人の話を信じる典型のような人間と思っている自分であっても、時々無意識にであるが、
「そんなバカな」
 という言葉を口にしていることにハッとしていた。
 清水刑事は、自分のことを、
「俺は決して冷静な刑事だとは思わない。ただ、冷静でありたいとは思っているけどね。だから人から冷静な刑事と言われると素直に嬉しいし、それは自分が冷静な刑事に近づいているという証拠だと思うことで、さらに自分を顧みることができるからだと思っているんだ」
 と言っていた。
「私は、人の話を信じやすいというところがあるんですけど、本当であれば、いろいろな情報の中から的確に必要な部分だけを選ぶことができる刑事になりたいと思っているんです。すべてを信じられるとは思っていないので、その中にはウソも混じっていると思うんです。よくいうじゃないですか。『木を隠すなら、森の中』ってですね。それと同じで、真実の中にこそ、ウソが混じっているのかも知れないし、逆に、怪しいと思っていることの中に、真実が隠されているのかも知れないんですよ。そこを見極められる刑事になりたいと思うんですよね」
 というと、それを聞いていた清水刑事は、
「辰巳君が、こういう話を今まできっと誰にもしてこなかったんだろうね。話を訊いていて、よく分かる部分と、少し考えながら話をしている部分とがあって、その言葉の端々にこそ、辰巳刑事という真実の人物画いるんじゃないかと思うんだ。我々は真実を究明するのが仕事だと分かっていながら、どうしても、犯人が誰なのかを先に考えてしまう。真相を明らかにすることが大切なんだというのを、今一度考えてみる必要があるのかも知れないね」
 と言っていた。
 辰巳刑事は三郎少年の話を頭から否定していないつもりを持って、
「君はその時に、ここに祠があると思ってみたんだね? もう一度聞くけど、君が気にしているその人を追いかけてくると、日暮坂の一番上のところの四つ角をその男が左に曲がった。そこを見失わないように思って急いで追いかけて、その角を曲がると、その人の姿はどこにも見ることができなかったので、あたりを見渡すと、そこに今まで見たことがなかった祠があったので気になってしまった。それで、どうしてこんなところに祠があるのかって思って見てみると、その後ろで閃光が見えた。それで気になって祠の後ろを見たわけだね。そこで、洞穴を見つけた。光に誘われるように入ってみると、中は真っ暗だった。真っ暗な中に入っていくと、そこにある何かに躓いて目の前にあるものを見ると、そこには目を見開いた人が俯せに倒れていて、ちょうどひっくり返った時に触った顔が、冷たくて硬かったことと、瞬きをしていなかったことで、その人が死んでいると思い。警察に連絡を入れたと、そういうわけなんだね?」
 と、今聞いた話を、自分で見たかのように話した。
 話したというよりも、辰巳刑事の意識の中では、
「話して聞かせた」
 という方が正解なのかも知れない。
「ええ、その通りです。まさに刑事さんが僕の話を訊いて。分かりやすい言葉で話してくれたという感じです。分かっていただけた気がして嬉しいです」
 と三郎少年に言われて、辰巳刑事は黙って頷いた。
 それは、三郎少年への敬意と、辰巳刑事の中での分かったことへの自己満足を自分の中で感じている証拠ではなかったか。
 辰巳刑事は自己満足という言葉を嫌いではない。
「自分で満足できないことを、人に勧めることなんかできないはずだ。それができるくらいなら、説得力などという力はいらない」
 とまで考えているようだった。
「ところで、何か気になったことはあるかな? 君が最初に気になる人を見つけてここまで追いかけてくる中で、少しでも気になることがあったら、聞かせてもらいたいんだ」
 と辰巳刑事は言った。
作品名:ファイブオクロック 作家名:森本晃次