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ファイブオクロック

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「どのような祠なのかな?」
 というではないか。
「どのようなって、お地蔵さんが中に入った、祠というよりも、ちょっと大きめの仏壇と言った方がいいかも知れないくらいのもので、お供え物もしてあったので、僕は祠だと言ったんですが、祠というには、小さすぎましたかね?」
 というと、まだ、刑事の表情は訝しがったままだった。
「祠の大きさはよく分かったんだけど、ここの前には、そんなものはなかったんだけどね。君は本当に見たのかい?」
 と言われて、ビックリした、
 それと同時に、なぜ刑事が自分をそんな訝しい表情で見るのかということが分かったのはよかった気がしたが、
――それよりも何よりも、この前に祠がないって? じゃあ、さっき見たのは、あれは一体何だったのだろう?
 と考えてしまった。
 確かに、ここの前で今までにも祠があったという意識はなかったし、今日、ここに入り込む時も、この祠を、
「初めて見たんだ」
 という意識を持っていたはずだった。
 それなのに、どうして今では祠を見たと自信をもって言えていたのか、それも不思議であったし。祠がないと指摘された今、自分がそれを不思議に思っているのか、それとも最初からなかったことをいまさらあれが錯覚だったということを認識したと考えているのか、ハッキリとしない気がした。
 確かに祠というには小さい気がしたが、実際にはあのくらいの大きさのものだろう。正直、刑事に祠を指摘され、自分が祠というものを勘違いしていたのかと思ったがそうではなかった。仏壇と同じくらいの大きさのものを、本当に祠というのだという。それを思うと、
――ひょっとすると、僕は今までにも祠というものを見たことがあったと思っていたけど、実際には今日見たのが初めてだったのかも知れない――
 と感じた。
 しかし、そう思うと、さっき見たものですら、幻だったと刑事は言っているわけだから、今までにどこかで見たという記憶はどこから来ているのだろう。いくら写真やドラマなどで見たという記憶があったとしても、いや、あったからこそ、ドラマで見た同じ光景を、今日見たことで、頭の中の記憶と現実が交錯した思いを抱かせたのかも知れない。それを思うと、三郎少年は、自分が何をどう頭の整理をすればいいのか、少し分から中唸っていた。
「実は、僕もさっきまで、こんなところに祠があるなんて知らなかったのに、いつの間に祠ができたんだろうって思っていたくらいなんです。でも実際に見たという気持ちが強くなると、本当のことのように思えたんです。だって実際に見たものよりも確実なものなんてあるわけないと思っていたからですね」
 と、三郎少年は言った。
「ああ、確かにその通りだと思うよ。そこにないものだとずっと思っていたとしても、目の前にそれがあることを確信したのだから、自分で疑うなんておかしいし、ナンセンスだからね。そのことは、私もよく分かると思っているよ」
 と刑事は言ってくれた。
 これで少しは気が楽になった。
 あの時祠を見たと感じたのは、自分の勝手な思い込みだったのだろう。ただ、そのおかげで、この死体を見つけることになったわけだが、そういう意味で、三郎少年に、祠を見せたのは、
「何かの見えない力に導かれたかのようにすら思えると感じさせるものがあるのではないか?」
 と思わせた。
 三郎少年は、それを何かの、
「虫の知らせ」
 のようなものだと感じた。
 そういえば、以前佐久間先生と夢ということについて話をしたことがあった。
「夢って覚えているのはほとんどないように思うんですよ」
 と三郎がいうと、佐久間先生は。
「僕もそう思うよ。それにね、目が覚める間に忘れてしまっているんじゃないかって思うんだ」
 と言われ、
「そうそう、僕もそう思っていたんですよ。だけど、こんな話をできる人はまわりにいないし、下手にこんなことを言うと、バカにされそうな気がしたんです。バカにされる分には、そこまで嫌ではないんだけど、せっかく話題として出したことの答えがほしいと思っているのに、、バカにされて、それで終わりだったとすれば、何となく嫌ですよね?」
 というと、
「それはそうだよ。僕だって同じ思いがするというものだ。でも、それは小学生同士だからそんな風に思うのであって、その中に一人大人の人がいれば、その人のカリスマ性で意見が導かれていくんじゃないかな? でも、その大人の人がどんな考えを持っているかにもよるとは思うので、重要なのは、その大人の人が何を考えているかということになるだろうね」
 と先生が言った。
「でも、夢の話って、誰ともしたがらないし、本当に皆何も考えていないのかな? って思うんですよ。でも、そのおかげで、考えているのは自分だけなんだって、そんな優越感のようなものに浸れる気はするんですけどね」
 と言って三郎少年は、苦笑いをした。
「でも、先生は思うんだけど、夢ということに対して、皆それぞれに考えがあると思うんだ。しかも、その根本には同じ柱があるようにも思う。だけど、その枝葉の部分で、人によって持っていた李持っていなかったりするものがあると思うんだ。話をすれば、その部分をお互いに補うことができ、話も盛り上がって、一晩くらいは余裕で夜を徹して話をするくらいになれるんじゃないかと思うんだよ。それなのに、どうして皆その話をしないのかが何とも言えないんだけど、そういうのを、いわゆるタブーというんじゃないだろうか?」
 と先生は言った。
 三郎少年は、その時の佐久間先生の顔を思い出していた。
 その時の佐久間先生の表情と、今目の前にいる辰巳刑事の表情に似たところを見出した。
 見出したことで最初は、自分を疑っている訝しそうな顔だと思っていたが、徐々に先生の表情と似たところがあると感じているうちに、次第に辰巳刑事の顔が佐久間先生に似ているように思い、刑事に尋問されているというよりも、佐久間先生と放課後話をしている時のような気持ちに近くなってきたことで、少しずつ気分が楽になっていくのを感じた三郎少年だった。
「僕は何か夢でも見ていたのかな?」
 と、相手を佐久間先生のつもりで、漠然と聞いてみた。
「そうかも知れないけど、夢というものだって、潜在意識が見せるものだと言われていることから、何か祠だと思わせる何かがそこにあったということも言えるんじゃないかな? 私はそんな風にも感じるけどね」
 と、辰巳刑事は言った。
 その言葉を聞いて、まず、
「夢というのは、潜在意識が見せるものだからね」
 とまったく同じことを言っていた時の佐久間先生を思い出した。
 そして、その次に感じたのは、
――本当に目の前にいるのが、佐久間先生ではないか?
 という思いであった。
 佐久間先生の印象は、独特なものがあり、他の人と一緒にいる時、佐久間先生のことを思い出そうとすると、いつも不可能であった。
「佐久間先生ってどんな顔をしていたっけ?」
 と考えて、その顔を思い出そうとすることすら無理だったのだ。
 それだけ佐久間先生という人の存在、いや、佐久間先生と自分が一緒にいるという世界は、今自分がここにいる世界とは次元が違っているような気がした。
作品名:ファイブオクロック 作家名:森本晃次