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ファイブオクロック

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 さっき、最初に見た時、それがすぐに女性だと分かったのだが、この顔を見てではなかったことは間違いないだろう。暗い中で見た光景は、まるでモノクロ映画を見ているようで、カラーよりもモノクロの方がグロテスクに感じるのは、テレビ放送だからかも知れない。
 特に断末魔の表情や、鮮血などは、色がついていない方が余計にリアルさを感じさせるものであった。きっと想像力を膨らまさせるからに違いない。
 警官のおじさんを死体発見場所に案内しているうちに、表をパトカーのけたたましい音が、数台いるのか、ステレオ状態で聞こえてきた。車が止まり、中から数人の人が降りてきたのが分かったのだが、殺人現場に入り込んだ警官に対して、刑事が声をかけた。
「ご苦労様です。いかがですか?」
 と聞かれた警官は、
「私も今駆けつけたばかりで、ここおります第一学研社の少年から、死体の場所を聞いて、見ただけなんです。事情に関しては何も伺っておりません」
 と言った。
 警官は、その後、三郎を連れてきて、刑事に引き合わせた。
「こちらが、辰巳刑事です。この方がいろいろ聴かれると思うんだけど、正直い答えてくれるかな?」
 と言った。
「分かりました」
 と、言ってはみたが、正直、どこから話せばいいのか、きっかけが分からない。
 下手なことをいうと、自分が見知らぬ男を気になったからといって追いかけたことを言わなければいけなくなる。
 しかし、言わないと、どこから話していいのかが分からない。どうして、こんな奥まった洞窟のようなところにやってきたのか、説明のしようがない。
 何しろ、さっきまで、こんなところに防空壕の跡どころか、お地蔵様まであるなど知らなかったのだから、
「前からこの場所が気になっていた」
 というのもどこか嘘くさい。
 余計なことをいうよりも、正直にあの人の話をする方が、自分の話に辻褄が合うというものだ。
 まだ小学生の自分に、事件の証言を自分の都合よく説明できるような知恵があるはずもなく、ボロを出すことを思えば正直に話をするのが正解なのではないかと思うのだった。
 そうでなければ、捜査もまともに進まず、自分の言い訳も立たなくなると思えるからだ。
 さすがに刑事も小学生を犯人だなんて思わないだろうが、どう話していいのか分からず、オロオロしていると、
「あの少年は犯人を知っていて、隠している、あるいは庇っているのかも知れない」
 と思われるに違いない。

               辰巳刑事と佐久間先生

 正直、辰巳刑事は戸惑っていた。そもそも第一発見者などの一般市民への事情聴取も苦手な方だった。相手が犯人であったり、重要容疑者などとなると、本当はいけない部分もあるのだが、相手を少々攻撃しても許されるというところもあるだろう。
 何と言っても、勧善懲悪なところを隠すことなく表に出す、いわゆる熱血漢の辰巳刑事は、相手に気を遣わなければいけない相手に、何を質問していいのかに迷うのだった。
 だが、それは自分が感じているだけのことであって、今までの目撃者や参考人として事情聴取を受けた人は、結構辰巳刑事のことを、
「あの方は優しい刑事さん」
 という人も結構いるくらいで、人気もあった。
 却って自分のことを分かっているだけに、その分、気を遣って話すことが、相手に好印象を与えるのだろう。
 だが、さすがに今回は相手が子供、最初に駆け付けた警官である、増田警官にもその場に立ち会ってもらうことにした。
 辰巳刑事と増田警官は今までにも何度か事件の際に顔を合わせていて、庶民といつも顔を合わせている、
「この街の警官」
 としての増田警官に、それなりの敬意を表している。
 増田警官の方も、刑事である辰巳を尊敬していて、刑事としてだけではなく、普段プライベートでもよく交番に顔を出してくれる辰巳刑事を人間として好きでもあったのだ。
 二人は以前、一緒に捜査した事件を思い出していた。
 あの時は、第一発見者が女性であり、彼女辰巳刑事を信用して話をしてくれたことが事件解決に繋がったのだった。もし、彼女が刑事というものを信用できないタイプの人であれば、決して余計なことと思えるようなことは言わなかっただろうが、その女性が、
「思い出した」
 と言って話をしてくれた内容が、実に事件で重要な部分であり、しかも、それを辰巳刑事が信じたことで、その時の事件は、あっという間に解決したのだった。そういう意味で、その時の女性がスピード解決に一役買ったのは間違いのないことだった。
 だからと言って、辰巳刑事は別に、
「二匹目のどじょう」
 を狙っているわけではない。
「あの時は偶然うまくいったのであって、調子に乗って下手に信用してしまうと、もし、その道が間違っていると、取り返しのつかないことになる」
 というのも分かっているつもりだった。
 だから、今回は、
「お目付け役」
 という意味での増田巡査の登板であった。
 まず、少年の基本的なプロフィールを聞いて、そのあたりについては、特に言及するところもないように思われたが、
「君の通っている学校というと、佐久間先生のいる学校かな?」
 という辰巳刑事の言葉に反応した三郎少年は、
「ええ、よく先生からいろいろな助言をしてくれることがあります。辰巳刑事は佐久間先生をご存じなんですか?」
 と三郎が訊いたが、
「ああ、まあね、以前にお話をしたことがあったんだよ」
 と、少し言葉を濁していたが、これも別の事件で佐久間先生の助言から事件を解決に導いたことがあり、今でもその時のことは覚えていて、目をつぶれば、佐久間先生の顔が置かんできそうであった。
 三郎少年も佐久間先生の的確な的を捉えた話、さらに先生の博学さを尊敬しているところから、辰巳刑事は言葉を濁していたが、
「事件解決に一役買ったのが、佐久間先生ではないか?」
 という考えを持ち、その考えが自分でも的を得ているのではないかと思っているのだった。
 辰巳刑事は、三郎少年を見ていると、佐久間先生の教え子という意識も手伝ってか、さらに過去の第一発見者のいうことを信じたことが事件解決に結び付いたという事実を思い出していたことで、
――この少年の言葉も、一字一句、気にして聴くことにしよう――
 と考えたのだ。
 さすがに、
――聞き逃さないでおこう――
 などと思うと、えてして重要なことを忘れてしまいがちだ。
 そういう意味でも、辰巳刑事はあまり自分を追い詰めるようなことはしない。そこが他の熱血漢を表に出している刑事とは少し違っているところだった。
 熱血漢の刑事というのは、そこか猪突猛進なところがあり、思い込みで突っ走ってしまうところがある。元々辰巳刑事もそんなところがあったが、それを戒めてくれたのが清水刑事だった。
 清水刑事は言葉で戒めたわけではなく、彼の態度が辰巳刑事を戒めていると言ってもいい。だから、清水刑事の方としては、自分が辰巳刑事を戒めているという意識はサラサラなく、辰巳刑事としては、
「何も言わなくても、背中で語ってくれる人なんだ」
 というイメージを清水刑事に持っていた。
作品名:ファイブオクロック 作家名:森本晃次