小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

ファイブオクロック

INDEX|13ページ/28ページ|

次のページ前のページ
 

 その男が目の前にある角まですぐのはずなのに、必死になって下半身にまとわりついている水の抵抗をかき分けながら進んでいる感覚は、まさにあの時、ひっくり返らずに進めていたためであろう。本人はそこまで危ないという意識はなかったが。他人からというか、大人から見ると、これほど危なっかしいものはなかったに違いない。
 だから、その時の両親の怒りやホッとしたかのような大げさとも思えるリアクションはそんな様子からきていたのであって、だからこそ、それ以降、子供を危険に晒してはいけないという必要以上の感情が生まれたのかも知れない。
――ひょっとすると、相当な形相を自分はしていたのかも知れない――
 と、角まで必死に進もうとした三郎は感じていたようだった。
 三郎がその人を見失ってからの行動を考えていた。
――もし、曲がったその場所で立ち止まっていて、こちらを待ち受けて居たらどうしよう――
 という思いが一番強かった。
 それは、もしそうなったら、自分がどう対応していいか分からないという意味の思いが強いからであって、一番リアルに困ることだろうからであった。
 しかも、いきなり目の前にいるというのを想像しただけで、後ろにひっくり返ってしまうくらいの状況を、想像しただけでも想像の域を出ないということが分かるだけに、それ以上を思うのは恐ろしいと思ったのだ。
 また、それ以外に感じたこととして、
――曲がった瞬間にその人がどこに行ってしまったのかを見失ってしまったらどうしよう――
 という思いである。
 曲がってからというのも、昔は財閥の別荘が聳えていた場所だというだけに、次の角まではかなりの距離がある。それは分かっているので、
「まさか、見えなくなるなんてありえない」
 と思ってはいるのだが、
「もし見えなくなってしまうと、今の自分が夢を見ているのではないかと思ってしまうのが怖い」
 という感覚もあるからだった。
 しかし、半分はこれを夢であってもいいという気持ちもあった。むしろ、
「夢であってほしい」
 という気持ちが半分くらい、自分の中に潜んでいるのではないだろうかと思うくらいだったのだ。
「その人は、間違いなくその角を曲がったんだ」
 と自分に言い聞かせた。
 小学生の低学年の頃、二年生の頃までは、怖い話は苦手で、特にまわりが面白がってわざと怖い話をしようものなら、余計に拒否反応を示す方だった。
「まわりの人の策略に乗るなんていやだ」
 という思いがあったのだろうか。
 もしそうだとすれば、その思いは、自分が怖がりだということがまわりを誘発したのであって、わざとされるというのは、自分の方に非があるからだと思うからに、違いなかった。
 ゆっくりと近づいてくる角に、何かが立っているのが見えてきた。
「あれは何だろう?」
 曲がっていった人のことも気にはなっていたが、それ以上に目の前にあるさっきまで見えなかったその物体の正体を突き止めようと目を凝らしてみた。
 普段なら、そんなに目を凝らさなくても見えてきそうな距離だったのだが、少々近づいてもそこにあるものが、ぼやけて見えてしまって、何があるのか、ハッキリとしてこないのだった。
 何やら小さな祠のようだった。
 祠という言葉をまだ知らなかった三郎だったが、どこかで見たことがあったような気がしたので、懐かしさを感じた。それが祠だと言葉は知らなくても感じた時、さっきまでぼやけていたように見えていた光景がパッと晴れてきた気がした。
 真っ暗な中の街灯に浮かび上がっているその祠には三角屋根のような傘があり、その下の様子はすぐには分からかったが、記憶の中のその場所は、瞼の裏によみがえってきていた。
――ああ、あれはお地蔵さんだったんだ――
 と感じた。
 赤い涎掛けをしていたような気がする。三角形の形にした正方形の真っ赤なネッカチーフのようなものを首に巻いている。そんな光景だったのだ。
――そういえば、昔の財閥の別荘にあったもので壊せないものは、他に移動させたって言っていたっけ――
 という話を思い出したのだが、お地蔵さんの話は聞いていない。
 今までに何度も、その角を曲がったことがあったはずなのに、気付かなかったというのはどういうことだろう? 今回、たまたま最初から角を意識してしまっていたから初めて気づいたのかも知れない。
 ということは、普段から意識されることもない、
「路傍の石」
 のような存在だったと言えるのではないだろうか。
 地蔵に近づくと、その奥に、何か光るものを見つけて、その奥に壕のようなものが見えた。
「これが先生の話に出てきた防空壕というやつなのかな?」
 と思ったが、今の時代に今から七十年以上も前のものが残っているはずもないのだが、その時は冷静になれなかったこともあってか、恐怖や不可思議な気持ち悪さよりも冒険心が強く、防空壕を覗き込んだ。
 なるほど話に聞いていたようにまわりを角材に囲まれていて、少々の上からの衝撃では壊れないように工夫はされていた。
 しかし、いかんせん、その時代は物資に恵まれなかったというのも聞いていたので、粗末には見えたことでも、壊れずに残っているのを思うと、想像以上に頑丈であることを思い知らされる。
 覗き込むのは怖いことは分かっていた。だが、覗き込まなければいけないと思ったのは、今まで見たこともなかったはずの地蔵が見えたことと、その奥から誘いかけるような光が差していたことを感じ、光を意識すると吸い込まれるように入り込んだ防空壕から、何も発見できずに出ることはできないと思ったのだ。
「あの人の追跡はいつでもできるが、この防空壕を見るのは、今日しか、機会がない」
 というような気がしたのだ。
 中は真っ暗だったが、足元に気を付けながら歩いていると、次第に目が慣れてきた。二、三歩、小さな階段を下りていくと、少し低い位置に人が集まって、爆弾から逃れるための一帯があることに気づき、広い場所なら、何かに躓くことはないとタカをくくって少し前に進むと、何もないと思っていたところで何かに引っかかり、足が縺れて、目の前にひっくり返っていた。
 すると、目の前に誰かがうつ伏せになって倒れていた。
「ひぃーっ」
 と思わず声を立てたが、驚きのためか、自分の立てた声すら分からないほどにパニックっているようだった。
 自分がつまずいてひっくり返ったその真正面に、そこに横たわっている人が、少し上を向くようにしてカッと目を見開き、手は何かを掴もうとしているのか、少し宙に浮いたような状態で、硬直しているのが分かった。
 それは子供が見ても明らかに死んでいた。
 まったく瞬きをする様子もないし、ひっくり返った時に触れた顔がまるで石のように固く、そして冷え切っていたのだ。
 瞬きもせずに、じっと目を開けていられる人などいるわけもない。身体が固く冷たくなっているのも、死後硬直という言葉を小学生ながらに知っている三郎には、どこをどう考えても、自分が死体を発見したということは、紛れもない事実として受け入れなければいけないことであったのだ。
作品名:ファイブオクロック 作家名:森本晃次